4.王国兵の撃退法(3)



「もうひとつの強みは『聴覚』、つまり耳ですね」


 ヒントになったのは、広場で彼女が投げた『バクチク』という道具だ。


 火を付けられたバクチクは、煙と共に凄まじい音を発した。

 ロンスだって突然の爆音に驚いたし、耳がキーンとなってしばらく音が聞こえなくもなった。立ち籠める灰色の煙に視界が塞がれた。


 とはいえ、

 

 相手を全くの無抵抗にしてまうような特殊な道具ではない。

 しかしバクチクが弾けたとき、広場にいた兵士ふたりは、身体が固まってしまったかのように動けなくなっていた。


 あれは音と煙に驚いているのだと思ったのだけど、よくよく思い返してみればロンスが殴っている間もほとんど抵抗がなかった。


 それは、なぜか。


 おそらく彼らはその立派な耳のせいで、ロンスたちよりも爆音によって受けたダメージが大きかったのではないだろうか。


「正解だよ。やるじゃない」

 

 ロンスの答えに満足したらしく、サーファは笑顔で頷いた。


「正解のご褒美にもうひとつ教えちゃおう。相手の強みを潰すのも大事だけど、相手の弱いところを突くのも戦術では欠かせない。どんな相手にも何かしらの弱点はあるもので、それはコボルトであっても例外じゃない」

「コボルトにも弱点がある?」


 そうは言われても、にわかには信じがたい。

 コボルトも、オークも、ハーピーも『人種』と呼ばれる者たちは、亜人を大きく上回る身体能力を有していて、劣るところなど一切ないのだと。ロンスはそう教えられてきた。


 サーファは右手の親指と人差し指で作った円を覗きこんでいる。

 さらに左手でも同じように円を作り――、とそこでロンスも彼女がなにを言いたいのか気が付いた。


「まさか……“目”なんですか?」

「正解。コボルトは目が悪いんだ」


 しかし『正解』と言われたところで、「なるほど、コボルトは目が悪いんですね」とはならない。ロンスはコボルトが杖をつくことなく自由に歩き回っているのを知っている。


「コボルトの目が悪い……。いやしかし、とてもそうは見えないんですが」

「それはキミが自分のモノサシで相手を測っているからだよ。相手はコボルトで人間ニンゲンじゃない。キミたちの常識は通用しないよ」

「ニンゲン?」


 またしても知らない言葉だ。

 亜人じゃない、と言うならわかるが『ニンゲンじゃない』とは一体どういう意味だろうか。ロンスでなくとも亜人ならば誰もが持つであろう疑問。なんだかモヤモヤする。


「と・に・か・く! ヤツラの視力はキミの半分以下だし、視野が広い反面、焦点を合わせるのが苦手。だからコボルトは鼻と耳で周囲を視る。目が悪いという弱点を補って余りあるだけの嗅覚と聴覚で生きているんだよ」


 会話の軌道修正に無理がある。

 サーファが『ニンゲン』について触れるのを避けていることは明らかだった。


 疑問が疑問を呼ぶ。一度でも何かが気になると、他のことまで気になってくるのはロンスだけではあるまい。


「ニオイと音で視ているって、そんなことが本当にできるんですか? そもそも、サーファさんは亜人で、コボルトじゃないのに、どうしてそんなことがわかるんですか?」


 彼女は本当に味方なのだろうか。

 もしかして、この村は大きなペテンに掛かっているのではないか。


 ロンスの心が、疑心暗鬼の闇に囚われていく。

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