4.王国兵の撃退法(2)


 ロンスは果皮を剝きながら、ミカンの香りをスゥと吸い込んでみる。

 爽やかで清々しくて、頭をスッキリとさせてくれる、とても良い香りだ。

 ロンスがミカンを育てることになったのは偶々たまたまだけども、ミカンのことは食べ物の中でも特に好きな方だと思う。


 それにしても、ミカンの果皮で人種ひとしゅを退治するだなんて正気の沙汰とは思えない。


「熟したミカンがたくさんあって良かったね」


 はたしてソレは何個目なのか。

 十字に剥かれたオレンジ色の皮を地面に積み上げながら、サーファがまた一房、ミカンを口に放り込んだ。


 別にロンスは、自分がミカンを食べたかったわけではないのだけれど。

 サーファが嬉しそうにミカンを渡してくるから、ついついご相伴に預かってしまっていた。そして何より、ミカンは美味しい。


「それで……。本当にミカンの皮なんかで人種を倒せるんですか?」

「ねぇ。ヤツラのことを人種って呼ぶのもうやめない? コボルトもオークもハーピーも、種としては全然別モノなのに一緒くたにするのはおかしいよ。アレはコボルト。もしくは犬畜生。それかワン公」


 それは『犬』をおとすときの呼び方だ。

 本物の犬と区別がつかなくなるのも、きっと困るんじゃないだろうか。

 とばっちりで畜生呼ばわりするのも、犬に失礼だと思う。


「じゃ、じゃあコボルトで……」と、またしても彼女のペースに巻き込まれそうになって、ギリギリで踏みとどまる。


「じゃなくてっ! ちゃんと、こっちの質問に答えてください」

「コボルトはミカンの皮のニオイが苦手なんだよ。正確には柑橘系の皮に含まれている成分が、ヤツラの鋭すぎる鼻の粘膜を刺激するんだ」

「な……なるほど?」


 前半はわかった。しかし後半は知らない言葉が多くて、頭に入ってこなかった。

 おそらく『カンキツケイ』というのはミカンのことだろう。多分。

 鼻の『ネンマク』とは……。さて、どこの部位のことだろうか……。


 正確なところはわからないけれど、とにかく嗅覚が亜人の何千倍も鋭いコボルトにとっては、清々しいミカンの香りも鼻を強く刺激するニオイに感じる、ということらしい。


 人種……もとい、コボルトとロンスたちとでは、身体の作りが全く違うのだということを思い知らされる。


「まあ、倒すにはミカンの皮だけじゃ足りないんだけどね」


 言われてみれば、サーファは村の人たちに調理器具だとか布だとか集めさせていた。コボルトの嗅覚への対策がミカンの皮だというなら、あれらは何に使うのか。


「もしかして、コボルトの強みは嗅覚だけじゃない……ってことですか?」


 サーファは少し目を開くと「驚いたな」とつぶやいた。


「言われたことだけやっていればいいタイプかと思っていたら、ちゃんと自分で考えることもできるんだね」


 ごくごく自然な流れで、単純に悪口を言われた。驚いたのはこちらの方だ。

 当の本人は、自分が失礼なことを言っていることに気づいていないのか、意図的に失礼をかましてきたからなのか、一向に悪びれる様子もない。


 ただロンスの目を見つめ、少し意地悪な笑顔を浮かべて言った。


「コボルトのもうひとつの強み、なんだと思う?」


 ここで「わからない」と答えることは簡単だ。

 しかしそれは『ちゃんと自分で考えることもできるんだね』という彼女の評価を再び失うということ。


 ロンスは考えた。

 サーファは試しているのだ。しっかりと考えればわかる答えを、自ら導き出すことができるかどうか。ならばきっと、どこかにヒントがあるはずだ。


 昨日の夕方にサーファと出会ってから、今までの出来事を思い出す。

 このミカンの樹のそばで出会い、一緒に食事をし、王国の兵士をやっつけた。

 広場に突入したときの、サーファの鮮やかな手際。初めて見る道具。


「…………そうか」


 そしてロンスは、ついにひとつの答えにたどり着いた。

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