3.最後の選択肢(3)


「「「…………え?」」」


 広場にいた全ての村人が『何を言っているんだろうこの人は』という表情になった。今日ほど村人たちの気持ちがひとつになった日も、そう多くはないだろう。


 村人たちの誰ひとり、『戦う』という選択肢を想定していなかった。もちろんロンスも。


 なぜか。簡単なことだ。

 亜人が人種ひとしゅに逆らっても勝てるはずがない、という大前提があったからだ。


 しかし――と、ロンスは広場の樹へと目をやる。

 すっかり伸びてしまっている兵士と、事切れてしまった兵士の死体。

 ふたりもの武装した兵士を倒すのに、こちらは武器らしい武器も持たず、一切の被害さえ受けていない。

 全てはサーファと、バクチクと、マッチのおかげだ。彼女がいれば、あの不思議な道具さえあれば、人種にだって勝てるかもしれない。


 これまで絶対的な存在だった『大前提』とやらは、ついさっき消えてなくなったのだから。


 これまで意識したこともなかった『戦う』という選択肢が、村人たちの中でにわかに現実味を帯びていく。


「そ、そうか。わかったぞ! あんたが敵を、王国の連中を倒してくれるんだな!?」


 先ほどまで金魚のようになっていた細身の男が、今度はすがるような目でサーファを見ていた。

 このおよんでもなお、誰かに救われることを期待してしまう亜人の卑屈な精神こころ

 少しずつ。本当に少しずつだが、ロンスは自分たちを蝕んでいる呪いようなものに気づき始めていた。


「なにを聞いていたのかな? もしかして寝てた? 

ついさっき『キミたちはもう戦うしかない』と、そう言ったつもりだったんだけど」


 相変わらず容赦のない女性ひとだ。

 大勢の前でバカにされた細身の男は、再び顔を真赤にして、サーファに食って掛かった。


「なんだよ……。なんだよ、それ! 自殺するくらいなら、……どうせ死ぬなら戦って死ねって言ってんのか!?」

「そうだね。『どうせ死ぬなら戦って死ね』という意見には概ね賛成だよ」


 ヒステリックに声を荒げる男と、どこまでも淡々と受け答えるサーファの温度差がどうにも滑稽で、周囲は冷静さを取り戻しつつあった。


「なんだよ、それ! 意味わかんねぇよ! 死ぬために戦うくらいなら、俺はこの場で死んだ方がマシだ!!」

「そうだね。キミの意見に賛同するよ。『死ぬために戦う』なんてのは死生観が狂っているヤツの考え方だよね。戦うなら勝たなくちゃつまらない。死ぬのなら勝利の礎にならなくては、ただのだ」


 どこまでも噛み合わない。

 決して捕球されることのない、会話のキャッチボール。


「なんなんだ――」

「くだらん言い争いは、もうやめよ!」


 ぐだぐだなボールの投げ合いを止めたのは村長だった。細身の男の言葉を制止して、サーファの目を見据えている。


「そこまで言うのなら、なにかヤツラに勝つための策があるのかね?」

「もちろんだよ。策もなく戦うほど愚かなことはないからね」


 村長のサーファを見る目が怖い。

 心の中まで読み取ろうとしているかのようだ。


「そうか。ならばこの戦い、私たちは勝てるのかね?」


 返答次第ではサーファが殺されてしまうのではないか、と思われるほど殺気のこもった視線。


 彼女は村長の刺すような視線にしっかりと目を合わせ、ニッと口角を上げて笑うと、きれいな形の胸を張って得意げに言い放った。


「さあね。どれだけ策を練っても、勝負は時の運だから」

「………………クァハッハッハッハ! その通りじゃな。『絶対に勝てる』などと言い出すヤツは、ただの詐欺師よ」


 村長は答えを吟味するかのように、しばらく無言で彼女のアメジスト色の瞳を見つめていたが、やがて大きな笑い声を上げた。


 ロンスも村に来てから五年の付き合いになるが、こんな快活に笑っている村長を見るのは初めてかもしれない。


 サーファが差し出された右手を握り、村長と握手を交わした。


「人事を尽くして天命を待つ」

「なんじゃ、それは?」

「やれること、なすべきことを尽くせば、あとは天任せ、運任せってことだよ」


 サーファは広場にいる村人たちに向かって、今までで一番透き通った声で呼び掛けた。


「さぁ! 王国の犬コボルト退治を始めよう!!」

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