3.最後の選択肢(2)
「いやあ、それはムダなんじゃないかな」
涼やかで透き通った声が、血みどろの広場に響く。村人たちの視線が、声の主である赤褐色の髪の女性へと集まった。
「あんたは誰だね?」と
「こいつっ! 村長、こいつが真っ先に兵士に殴りかかったんだ! 大きな音と煙を出す竹筒を広場に投げ込んだのを、お、俺は見たぞ!」
村人のひとり。細身の男がサーファを指差し、大声で叫んだ。
この窮地を招いた原因はサーファにあるのだ、と糾弾したいのだろう。そうとハッキリ言わないのは、怪しげな道具を持つ彼女の恨みを買うのが怖いから。
しかしサーファは、そんな茶番に付き合ってはくれない。
「うんうん。確かにアイツの鼻をぶん殴ったね」とサーファが樹の幹に
細身の男が、
「そのあとボッコボコにしてたのがコイツでしょ」
兵士の方を向いていたはずのサーファの指先が、ぐるりと向きを変えてロンスの鼻の頭に突き刺さった。
まさか自分に矛先がくるとは思わず「そ、それは……、だって」と言い淀むロンスをよそに、彼女の指先は更にひとりの女性の方へと向き直す。
「で、次に隣の兵士をボッコボコにしたのが、そこの女の人だ」
サーファに指先を向けられていた女性の肩がビクッと反応し、隠れるように目を伏せた。ひとりずつ罪を暴かれていく公開処刑。
「そんで、アッチの兵隊を殺して、ソッチの兵隊に泡を吹かせたのがココにいる皆、だよね。……ムカつくヤツラをぶん殴って、ちょっとスッキリしたでしょ?」
細身の男は顔を真っ赤にして、金魚のように口をパクパクとさせた。
騒ぎの元凶が静かになったことで、広場は再び静寂に包まれる。
しかし、先ほどとは様子が違って村人の顔に小さな笑顔があった。何人かは顔を見合わせて、恥ずかしそうに苦笑いをしていた。
図星を指されたときの表情。きっとロンスも、彼らと同じような顔をしていたに違いない。
自分の心に正直になろう。
兵士を殴っている間、積年の恨みを晴らしているようですごく気持ちが良かった。あのとき、間違いなく村の気持ちはひとつになっていた。
兵士が死んでしまったことに動揺はしたが、殺してしまったことへの罪悪感はない。ヤツラは殺されて当然のことをしてきたのだから。
「それで……。『ムダ』とはどういう意味じゃ?」
村長の言葉で、再びサーファへと視線が集まる。
「この場合の『ムダ』っていうのは、『効果がない』という意味が一番近いかな」
「いや、そうではなく――」
「あははは。ごめん、冗談だよ。王国のヤツラは鼻が利くからね。死体を埋めたって、すぐに見つけられるのがオチさ。この村だって
なるほど。
言われてみれば、その通りだ。
人が死ねば死臭がする。ちょっと土に埋めたくらいではニオイでバレてもおかしくはない。
「……だったら。だったら、どうしろっていうんだよ!? 今から逃げたところで、そんなバケモノが相手じゃすぐに見つかる。見つかればひとりずつなぶり殺しに遭うに決まってる。それならもう……選択肢はひとつしかないじゃないかッ!!」
誰とはなく、不意にこぼれた村人の本音。
最後の選択肢は言葉にしなくても伝わった。
ロンスも、そして他の村人たちもきっと、同じことを考えていたからだ。
――いまここで、死ぬしかない。
捕らえられてなぶり殺しに遭うよりは、仲間の手でひと思いに命を断ってもらった方が苦しまずに済む。
村が発見され、ふたりの兵士によって広場を制圧されていた時点で、村人たちは一度死んでいたようなもの。
少し長生きできたのだと考えれば、ここで命を断つのも悪くはない。
そんなことを考えはじめたロンスに、またしてもサーファは耳を疑うようなセリフを口にした。
「そうさ! キミたちはもう、ヤツラと戦うしかないんだよ!!」
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