3.最後の選択肢(2)


「いやあ、それはムダなんじゃないかな」


 涼やかで透き通った声が、血みどろの広場に響く。村人たちの視線が、声の主である赤褐色の髪の女性へと集まった。


「あんたは誰だね?」と村長むらおさが尋ねれば、彼女は「サーファだよ、よろしく」といつもの笑顔であっけらかんと答える。


「こいつっ! 村長、こいつが真っ先に兵士に殴りかかったんだ! 大きな音と煙を出す竹筒を広場に投げ込んだのを、お、俺は見たぞ!」


 村人のひとり。細身の男がサーファを指差し、大声で叫んだ。


 この窮地を招いた原因はサーファにあるのだ、と糾弾したいのだろう。そうとハッキリ言わないのは、怪しげな道具を持つ彼女の恨みを買うのが怖いから。


 しかしサーファは、そんな茶番に付き合ってはくれない。


「うんうん。確かにアイツの鼻をぶん殴ったね」とサーファが樹の幹にくくられた兵士を指差しながら、ニコニコと笑顔で答える。

 細身の男が、言質げんちを取ったとばかりに嫌らしい笑みを浮かべたが、彼女の言葉はそこで終わらなかった。


「そのあとボッコボコにしてたのがコイツでしょ」


 兵士の方を向いていたはずのサーファの指先が、ぐるりと向きを変えてロンスの鼻の頭に突き刺さった。

 まさか自分に矛先がくるとは思わず「そ、それは……、だって」と言い淀むロンスをよそに、彼女の指先は更にひとりの女性の方へと向き直す。


「で、次に隣の兵士をボッコボコにしたのが、そこの女の人だ」


 サーファに指先を向けられていた女性の肩がビクッと反応し、隠れるように目を伏せた。ひとりずつ罪を暴かれていく公開処刑。


「そんで、アッチの兵隊を殺して、ソッチの兵隊に泡を吹かせたのがココにいる皆、だよね。……ムカつくヤツラをぶん殴って、ちょっとスッキリしたでしょ?」


 細身の男は顔を真っ赤にして、金魚のように口をパクパクとさせた。


 騒ぎの元凶が静かになったことで、広場は再び静寂に包まれる。

 しかし、先ほどとは様子が違って村人の顔に小さな笑顔があった。何人かは顔を見合わせて、恥ずかしそうに苦笑いをしていた。


 図星を指されたときの表情。きっとロンスも、彼らと同じような顔をしていたに違いない。


 自分の心に正直になろう。

 兵士を殴っている間、積年の恨みを晴らしているようですごく気持ちが良かった。あのとき、間違いなく村の気持ちはひとつになっていた。


 兵士が死んでしまったことに動揺はしたが、殺してしまったことへの罪悪感はない。ヤツラは殺されて当然のことをしてきたのだから。

 


「それで……。『ムダ』とはどういう意味じゃ?」


 村長の言葉で、再びサーファへと視線が集まる。


「この場合の『ムダ』っていうのは、『効果がない』という意味が一番近いかな」

「いや、そうではなく――」

「あははは。ごめん、冗談だよ。王国のヤツラは鼻が利くからね。死体を埋めたって、すぐに見つけられるのがオチさ。この村だって銀杏イチョウの実のニオイでバレたことをもう忘れたの?」


 なるほど。

 言われてみれば、その通りだ。

 人が死ねば死臭がする。ちょっと土に埋めたくらいではニオイでバレてもおかしくはない。


「……だったら。だったら、どうしろっていうんだよ!? 今から逃げたところで、そんなバケモノが相手じゃすぐに見つかる。見つかればひとりずつなぶり殺しに遭うに決まってる。それならもう……選択肢はひとつしかないじゃないかッ!!」


 誰とはなく、不意にこぼれた村人の本音。

 最後の選択肢は言葉にしなくても伝わった。

 ロンスも、そして他の村人たちもきっと、同じことを考えていたからだ。


 ――いまここで、死ぬしかない。


 捕らえられてなぶり殺しに遭うよりは、仲間の手でひと思いに命を断ってもらった方が苦しまずに済む。


 村が発見され、ふたりの兵士によって広場を制圧されていた時点で、村人たちは一度死んでいたようなもの。

 少し長生きできたのだと考えれば、ここで命を断つのも悪くはない。


 そんなことを考えはじめたロンスに、またしてもサーファは耳を疑うようなセリフを口にした。


「そうさ! キミたちはもう、ヤツラと戦うしかないんだよ!!」

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