第3話 最悪の呪い



それからのことは正直、話したくないことの連続だった。

 意識を取り戻したメリッサに無作法でもいいからと鼻栓を許可し、着替えを手伝ってもらった。

洗濯の済んでいる黒と紅がベースの普段着のドレスに着替え、一人では大変だったコルセットもきついくらいに締めてもらい、身なりをきちんと整える。

どこにも穢れは見当たらない。だというのに、周りの反応が私を臭いと認定している。

鼻を塞いだ侍女をメリッサが叱責するが、それを止めさせた。でないと、この屋敷から侍女という侍女がいなくなりそうだったからだ。

 自室の前にはユウリが待機していた。既に配布は済んでいたようで、ユウリの鼻にはスポンジ状のキチンとした鼻栓が刺さっている。それでもなお、私好みの顔だからこそ選ばれた整った顔立ちが台無しだった。そうさせてのは私。私なのだ。

「ユウリ……私もようやく事情を察したわ。ーー私は、臭いのね。それも、ものすっごく」

「……お嬢様。ーーーーーーはい。臭いのれす」

 ここまではっきり言われては、もう疑いの余地はない。最初から言われていたのだけれど、受け入れる準備ができる前と今とでは、聴こえ方が違っていた。

「しかも、入浴前よりも臭いれす」

「その情報はいらなかったよぉ……」

自分で感じる良い薫りが、むしろ相手を不快にさせているようだ。匂いの効果が逆転しているのかもしれない。ふんだんに使用した入浴剤が仇となったようだ。

 着替えてもダメ。洗ってもダメ。香水をつけるのは最早暴虐。自力ではどうすることもできない不可解なことが自分の身に起きていることは十分に理解した。

その原因は恐らくーー

「ーー魔物から出た、あのモヤが全ての元凶ってことよね」

「はい。あの魔物は、呪獣(じゅじゅう)です」

「じゅ、じゅう?」

「呪われた獣と書いて、呪獣です。自分を倒した相手を呪う力を秘めているのです。大量にモンスターを狩った現場に出現することが多いことから、人間に狩られたモンスターの恨みが集まった存在だと言われています」

「呪い? それで私が臭くなったというの? そんなこと知らなかったわ。どうして教えてくれなかったの!」

「あの程度の魔物を倒しただけで、呪獣は出現しません。恐らく、ここ数年単位で倒されてきた魔物の怨念があの瞬間に凝縮されていたのでしょう。私とて知識として持ち得ていただけで、遭遇したのは初めてだったのです」

「そんな……」

まさに、運が悪かった。そうとしか言えない出来事だったのだ。

「ーーそれで、その呪いを解く方法は? なにかあるのでしょう?」

「……高位の神官であれば、祈りでもって呪いを解くことが可能だという話です」

「方法はあるのね! 良かった。では、直ぐに神官を呼んでくださいな」

「……お嬢様。大変、申し上げにくいのですが。実は既に、高位の神官様にはお越しいただいたのです」

「さすが、私の騎士。根回しは済んでいたのですね。それで、その神官様はどちらにおられるのですか?」

「……既にお帰りになられました……」

「へ? それってつまり……」

「神官様の力をもってしてもお嬢様の呪いを解くことはできなかったのです」

「なんで! どうして!」

「呪いを解く祈祷には、清らかな精神を保つことが必要なのですが、高位の神官様をもってしても、お嬢様を前に精神を保つことができなかったのです。ーーく、臭すぎて」

「いやぁぁぁ!?」

 私が寝ている間の出来事をユウリは語ってくれた。

 気を失っているのは呪いの影響であると一早く察したユウリは、街のお抱えの神官に直ぐにきてもらったそうだ。

 けれど、私を前にした祈祷の最中、神官様は苦しみに呻き、逃げ出したのだという。さながら脱衣所で待機していた新人侍女と同じような状況だったのだろう。目に浮かぶようだ。

 相手は、神への祈りに3日の断食をも慣行する高位の神官。新人の侍女と比べるまでもなく、強靭な精神力を身に付けているというのに、その精神すら打ち砕いたのだろうか。

「断食よりも辛いってどういうことよぉ。私の身体、どれだけ臭いのよぉ」

 自分自身では入浴後のいい匂いでしかない。受け手の印象が私にはさっぱりわからないのだ。

「そうですね……例えるのなら、魚の内蔵と馬糞を混ぜ合わせた肥溜めの山が目の前にあるようです」

「考えられる最悪の例えなんですけど!」

「そうなのです! それほどの臭いのです!」

「臭さが伝わったからって嬉しそうにしないで!」

「も、申し訳ありません。入浴前でしたら、腐った卵に胃酸を混ぜた吐瀉物の臭いで済んでいたのですが」

「まったくフォローになってないわよ!」

 どちらにしても、かなり臭いことだけは十分に伝わった。

 これから私はどうなってしまうのだろう。不安感で押し潰されそうだった。

「神官様にお願いする他に、呪いを解く方法はないの?」

「あるにはあります。身につけるだけで呪いを無効化する貴重な神具や、神獣が操ると言われている浄化の光を浴びるなど。想像通り、容易いものではりません。神具を拝借するのは、それこそ高位の神官であってもままなりません。神獣は確かに存在すれど、出会うことはまさに奇跡とも呼べる幸運に恵まれなければなりません。高位の神官の祈りというのが一番現実的だったのです」

「そうなのね。ーー取り敢えず、他に臭いに耐えられそうな高位の神官様を探して下さるかしら? 呪いを解くには、それしか方法がないのでしょう? 」

「探してはおります。ーーですが、呪いとは時間が経てば経つほど解呪が難しくなるもの。この街に滞在している唯一の高位神官が匙を投げたとなれば

、代わりのものを用立てるのも直ぐにとはいかないでしょう。おそらくは、間に合わないかと存じます」

「間に合わないと、どうなるの?」

「呪いは解かれることなく、永劫的に呪いに苛まれます。つまり、お嬢様はずっと、臭いままにーー」

「ひっーーーー」

あまりのショックに言葉が出ない。

これは、運が悪ければという悲観的な未来図ではない。

解呪の見込みがない以上、確定的な最悪の未来を着実に進んでいるのだ。

私の輝かしかった人生は、突如として終わりを突きつけられた。

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