第22話 白い世界

 神海中央研究所の今宮信二の研究室で、俺は遡及現象について一通り報告を済ませた。


「他に何か気になることはあるかな?」


 今宮は会った時よりも真剣な顔になっていた。


「そうですね。そう言えば一度コマンドを使わずに遷移しました」


 よく考えると夢だと思っていた第三世界への遷移もあるから、一度じゃないけどな。


「なに!」と今宮。

「うそ!」と麗華。

「そんな!」と上条絹。

「うっそ~っ!」と夢野妖子。


 あれ? そんなに驚くことなのか?


「ちょっと、待ってくれ。それは何かの勘違いじゃないかい?」


 今宮は微妙な笑みを浮かべて言った。


「いえ、出来そうだなと思ったら出来てしまったので確かだと思います」


「出来そう……」


 今宮はちょっと固まって俺を見ていた。


「いやいや。そうか。分かった。事実なら、大変な話だが」事実なんだけど?


 今宮はカタカタとキーボードを打って何か書き込んだ。他のみんなは俺を珍獣を見るような目で見ている。何これ? 慣れると出来るようになったりするんじゃないの? 自転車の手放しと一緒だよな?


「わたしも聞いたこと無いよ。無詠唱の魔法じゃないんだから」と麗華。

「おお、それかも」

「えっ? 魔法少女っ?」と妖子。

「なんでだよ」

「コマンド以外で動いたら大変じゃない!」と絹。


 確かに、そんなコンピュータとかあったら怖いが。


「AIが入ってるんじゃないのかな?」


 言語理解なら普通だろ?


「あぁ、そうだな。意識表面の機能拡張でAIは動かないけど、可能性が無い訳でも無い」


 キー入力が終わった今宮はよく分からない事を言った。また、意識表面か。


「そうなんですか?」

「そう。あの機能拡張は単なるマンマシンインターフェースだからね。あれが、遷移を実行してるわけじゃないだ」


 今宮信二はあっさりと凄いことを言った。


「ええっ? じゃぁ、起動装置の本体は別にあるってことですか?」


「そういうこと」と今宮。


「うそ。遷移って私達の能力じゃないの?」と麗華。

「ほんとに?」と絹。


「ん? ああ、もちろん共感能力は君たちの能力だよ。だけど『遷移』とか、今は出来ないが『転移』なんかを実行するシステムは別にあるんだ」


 驚きの事実である。


「そ、そうだったんですか!」

「ああ、そういうことだったのね!」


 絹は納得できたようだ。というか疑問だったのか?


「って、そのシステムはどこにあるんでしょう?」


「『原初の星』にあると伝えられている」


 言い伝えらしい。さすがに調査できないしな。


「『原初の星』ですか」


 どんな方法なのか知らないが、別世界と接続できてるってだけで凄い話だ。それに、それは『原初の星』がまだ存在するという根拠にもなるな。


「まぁ、共感チェックなんかは、この機能拡張が直接実行してるんだけどね」


 どうも、コマンドによるらしい。


「だから、君がコマンドを言わずに遷移を実行出来たとなると、君が頭で考えた事をシステムが理解したことになる」


「そうですね」

「それがもし本当なら大変な話だよ。本来、コマンドしか受け付けなかったコンソールの筈なんだ」


 確かに、単純な機能を実行するコンソールだと思ってたら、いつの間にかAIに進化してたってことになるからな。しかも聞き耳を立ててるわけだ。


「まぁ、それについても、またあったら教えてほしい」


 そう言った後、今宮は端末から向き直った。まだ、あまり信用していないのかも。


「他には何かなかったかい?」

「いえ、それ以上は特にありません」

「そうか。分かった」


 今宮の用件は俺については終わったようでメモしていたウィンドウを閉じた。


  *  *  *


「それじゃ、上条絹さん」


 その後、紅茶のお代わりを淹れた今宮は、一口飲んでから絹に声を掛けた。


「あ、はい」

「白い世界に行ったとか」


「はい。初めて遷移した時の事です」

「詳しく教えてほしい」


「はい」


 絹はちょっと思い出しながら応えた。


「その時は、初めての遷移で暗転がしばらく続いて心細くなっていたんです」

「さっき言ってた長い暗転だね」

「そうです」


「続けて」

「そのあとに明るい世界に出たので最初は喜んだんです」


 絹は最初の遷移でのことを思い出しつつ言った。あの時は大変だったので、絹の表情を見たが、もう心配はいらないようだった。


「なるほど」

「ですが、真っ白なだけで何も無いんです」


「立っていたんですか?」

「はい、恐らく。気が動転していて確実ではありませんが浮いている感じはありませんでした」


「ふむ。それで?」

「何処を見ても真っ白なだけで、いつまでも変わらないので怖くなったんです」


「なるほど」


 今宮は相槌を打ちながら聞いていた。カウンセラーみたいだな。


「それで、仕事の事を思い出して早く行こうと思ったら、ふっと遷移しました」


 絹は、一瞬あの時のような表情をした。


「絹?」


 俺は思わず声を掛けた。


「だいじょうぶ」


 絹は少し笑って言った。妖子も麗華も少し心配そうに見ている。


「過去に一度だけ、白い世界については報告がある」


 少し考えた後、今宮が言った。なんだ、そういうことはあるんだ。


「百年ほど前に」何それ?


「そうですか」絹は力なく応えた。


「それと、これは伝説に近い資料なんだけど、『白球』という言葉が出て来るんだ」


 今宮は怪しい話を始めた。


「伝説ですか?」と絹。

「そう。この世界へ転移して来た研究者の手記なんだけどね」


 今宮は続けた。


「それによると、その『白球』の中は白いだけだが、全てがあると記されています」


「全てがある?」と絹。

「何か分かりますか?」と今宮。

「いいえ。思い当たりません」


 絹は申し訳なさそうに言った。


「そうですか。この手記は他にも色々面白いことが書かれていて私は今一番注目しています。書いたのは第一世界のご先祖さまで、おそらく遷移技術を確立した人の一人だと思います。そんな人が上条絹さんと同じことを書いていたので気になったんです」


「なるほど」と絹。


「全てがある」

「問題はそこですね。それだけでは解けない謎ですが」


 確かに謎だが、いくら話しても、それ以上の情報がないので先には進めなかった。あとは、先生に調べてもらうしかないな。


「遡及現象がまたあったら報告してください」


 今宮は帰りがけに念を押すように言った。


「わかりました」


「それと、上条さんは、できれば自分から白い世界に行こうとしてみてください」


「自分から行けるでしょうか?」と絹。

「以前行けたなら可能性はありますね。ただ、無理強いはしません」


「分かりました。試してみます」


 絹は、もともと研究しようと思ってたからな。


「俺も手伝うよ」


 当面、ミッションは無くなったしな。


「そうね。お願い」


 絹は、嬉しそうに笑った。


 それから、俺達は美味しいケーキを食べて帰ることにした。頭を使った後は、スイーツだよな?

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