第23話 白い世界へ
それから一週間ほどは共感定期便の依頼は無かった。
まぁ、そうそう未来を変えるような依頼があっても困る。本来、あまりないものらしい。最近が異常に多かったようだ。
俺は、いくつも依頼をこなしたので世界への影響が気になっていたのだが特に異常はないとのことだった。俺達の活動の結果、意識が世界を移動したりはしたのだが、それは大きな変化ではなく神海一族も一体となって移っているという。つまり学園村全体で未来の選択をしたことになるらしい。そして、そこに不都合な点は見当たらないとのことだった。
そういうわけで、学園村は今日も平和である。
「ねぇ。いつかの話なんだけど」
突然、上条絹が話を切り出した。
今は午後のお茶の時間だ。ここ神海探偵社のメンバーは全員、神海希美が用意してくれるスイーツに夢中なので、ちゃんと絹の話を聞いているのかは定かでない。
「ねぇ、聞いてる? 龍一!」
あれ? 俺に言ったのか?
「俺かよ。スイーツは詳しくないぞ」
「違うわよ」
「お茶なら、私が用意します」と夢野妖子。
妖子は花屋の娘なのに何故かお茶に詳しい。まぁ、植物繋がりってことは無いだろうが。
「そうじゃなくて。あ、でも、それはそれでお願いね。いつもの紅茶」
「はい。もちろんです」
「で、なんの話だ?」
「ほら、今宮さんの叔父さんの話」
「えっ?」
いきなり自分の関係者の話になって驚く今宮麗華。
「ああ、それか」
「それよ」
「白い世界か?」
「そうよ」
「クリームだったら良かったのにな」
「ほんとよね」と麗華。
「そうですね」と妖子。
みんな、スイーツのことしか考えて無い模様。
「だから、ケーキじゃなくて!」
「うん、聞いてる聞いてる」
「こんど、行って見ようかと思うのよ」
「ケーキ屋に?」
「なんでよ」
「真っ白な、世界か」
「真っ白な世界よ」
「美味しそう」と麗華。
「ふわふわ」と妖子。
絹は、さすがに別の日に話すことにした。確かに、お茶の時間に話すことじゃないと思ったようだ。
* * *
「改めて、白い世界へ行こうと思うの!」
絹が宣言した。こんどは仮眠室の会議テーブルでである。さすがにケーキは無いので安心だ。
「それはいいが、どうやって行くんだ?」と俺。
絹は、ちょっと真剣な顔で言った。
「あの日と同じようにしてみようかと思ってる」
「あの日と同じ?」
「そう。最初の訓練の時と同じにしたら、同じことが起こるかも知れないでしょ?」
「なるほど。で、俺はどうする?」
「準共感にしておけば一緒に飛べないかな?」
準共感と言うのは、共感はしていないが近くにいる共感エージェント同士の関係だ。ゆるく共感している状態になるらしい。
「ああ、一緒に遷移するのか」
「そう。未来のあの日時を目指して一緒に遷移してみましょう」
「わかった」
あの時の何が原因で白い世界に飛び込んだのかは分からないが、近い形で実行すれば確かに同じことが起こる可能性は高くなるだろう。
「あの直後だと、絹が混乱してないか?」
「そうね。こんど共感定期便の時に確認しとく」と絹。
最近は、俺と交代で上条絹も共感定期便をやってる。これは、主に未来の俺達の都合だ。上条絹は神海探偵社には就職していない。中央研究所に勤めているので、時々しか共感定期便が出来ないからだ。まぁ、全部俺がやってもいい気もするが、俺は俺で何かやってるようだ。未来のことは知り過ぎると悪影響があるので、詳しくは聞いていない。
* * *
俺と絹は八年後の未来の公園のベンチに来ていた。
ほぼ一緒に遷移したのだが、どちらも白い世界には行けなかった。
「やっぱり、だめね」
「まぁ、簡単なわけないよな」
五月も下旬になって、公園は遊ぶ人も多くなっていた。
「じゃ、今宮教授が言ってたように、白い世界を目指して遷移してみる」
「わかった」
「遷移トリガー」
絹は、俺に分かるように口に出して言った。
だが、飛べなかった。
「だめね」
絹は、何度か試した後で言った。
「あの時って、どんなこと考えてたんだ?」
俺は状況を再現しようと聞いてみた。
「そうね。普通に、八年先の私の事や、妖子ちゃんが遷移でパニックになったこととかかな」
「ああ、夢野妖子の話は聞くべきじゃなかったかもな」
「そうよね。それに世界の分離が怖かったかな」
「分離の話もか。そりゃビビっただろ?」
「そうね。知らないことだから猶更。どうしたらいいんだろうって思った」
「ホントだよな。まぁ、出来ることもないけど」
「逃げ出したいけど、どこに逃げたらいいんだろうね」
「ああ、世界が分離した時の逃げる場所か。そんなのがあれば行きたいよな」
「うん」
「あれ? もしかして、そんなこと考えてた?」
「えっ? 何が?」
「いや、だから逃げる場所のこと」
「ええ、まぁ。たぶん」
「もしかして、それか?」
「それって、世界が分離するときの避難場所?」
「そう。行きたいと思ったとか」
「そうかも?」
「行けるかな?」
「どうだろ?」
「行けるなら行きたいもんだ!」
意外なことに、それだけで目の前は暗転した。
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