第24話 白い世界にて

「ちょっと! これって……」


 俺たちは周りが全て真っ白な世界にいた。


「こ、これか?」


「そう! これよ!」

「これかっ!」


 ついに来たなと思った。


「うん、これ。だけど、これってなんなの?」


 見ると、絹はパニックではないが落ち着かない表情だった。


「分からん」


「私たち、変な世界に迷い込んだの?」


「迷い込んだ? いや、遷移だとしたら俺達がここにいたことになるけど?」


「あ、そうか。でもあり得ない! こんな所に二人でいたわけない!」


 共感遷移したのなら、この白い世界で俺と絹は何をしていたんだ?


「そうだな。ここに居たっていう記憶もない」


 共感遷移で憑依したのなら、この人間の意識や記憶がなくちゃおかしい。


「そうよね」


「って言うか、私、『遷移トリガー』って言ってないんだけど」

「あっ!」


 確かにそうだった。世界の分離の時に逃げ込む場所の話をしただけだ。


「ってことは、やっぱり『遷移』じゃないのか。じゃ、なんなんだ?」


 絹は人差し指を顎に当てて考えていた。これは、彼女が深く考えるときの癖だ。これは同棲してるとき知った。


「もしかして、『転移』?」


 ちょっと上目遣いに言った。


「マジか。いや、待て待て。無詠唱のコマンドで転移したのか?」


「確かにそうね。無詠唱ね。でも、『転移』でしょ?」


 俺にとってはコマンドを言わないことは驚くことではないが。


「ううん」


 『遷移』じゃないとしたら、今宮信二が言っていた『転移』しか思い浮かばない。


「私達がいるハズない場所に来たのは確かよね。それを転移と言わずに何を転移って言うの?」

「そうだが、ステップを踏んでほしいもんだ」

「ほんとよね」


「つまり、ここに来たいって意識しただけで転移したってことか?」

「そうね」

「ってことは、ここは逃げ場所か?」

「そうなるわね」


「しかもふたり一緒に転移かよ」

「やっぱり準共感してたからかしら?」

「たぶんな」


 絹はまだ信じきれないという顔だ。


「実は俺、コマンドを使わずに遷移したことは一度よりもっと多かった」


「うそ」

「以前、第三世界に行ったって言っただろう? あの時、夢だと思ってたのはコマンドを使ってなかったからもあるんだ」


「そうだったんだ。じゃ、無詠唱なのは珍しくないってことね」

「そうだな」

「じゃ、『転移』したことだけが特別なんだ」


 そう言って絹は白い壁を見渡した。


「そうだが、理由が分からん」


 そう言って俺も改めて周囲を見回してみるが何も分からない。そもそも、全部白だと焦点が合わない。壁があるようなないような感じだ。距離感がつかめない。


「もし、こんな変な世界に就職してたら可笑しくなりそうだな」


 俺はまだ別世界に遷移した可能性を捨てきれずに言った。俺たちのいた世界にこんな場所はないだろう。


「そうね。椅子もテーブルも無い、こんな就職先無いわよね」と絹も不満を漏らす。


「せめて、探偵社の接客テーブルくらい出せってもんだ!」


 俺は落ち着こうと、ちょっとふざけてみた。


 すると、神海探偵社の接客テーブルとソファが目の前に現れた。雲が集まるように。


「な、なんだこれ」

「どうなってるの?」


 いや、俺に言われても分からん。要求したのは確かに俺だが。


 見た感じ、神海探偵社のものと全く同じだった。俺達は、しばらく呆然と眺めていた。


「座って大丈夫かな?」


 恐る恐る絹が言った。座る気なんだ。勇気あるな。


「さぁな」


 俺は、テーブルを叩いたり、ソファを持ち上げてみたりした。大丈夫そうだ。


「座ったら、お茶が出てきたりしてな」

「怖いこと言わないでよ」


 でも、俺達が座ると、目の前のテーブルの上に暖かいお茶の入ったポットとカップが現れた。

 それを見て、二人共またしばらく絶句した。


 どうしていいか分からない。心を沈めてくれるお茶に、思いっきり心を乱されている俺達って何?

 現れたポットとカップをまじまじと見た。


「これ、神海探偵社のものと同じよね」

「同じだな。てか、お前と俺のカップそのものだ」


 そう、俺達はマイカップを持っている。

 上条絹は恐る恐るポットの蓋を開けて香りを嗅いだ。


「これ、妖子ちゃんの紅茶よ」

「マジか」


 さすがに、ちょっとビビった。いや、そこまで分かるのかよ!


「通だな」

「そういう問題じゃなくて」


「帰るか」

「帰れるかな?」

「帰れるだろ」

「帰りたい!」

「……」


 希望しても今度は転移しなかった。

 あと出来ることと言えば『遷移解除』だ。だが俺は迷った。ここで遷移解除はマズいかもしれない。俺達は帰れるかも知れないが、最悪未来の俺達がここに残ってしまう。


「転移で戻るべきよね?」と絹。

「転移で合ってるならな」


 絹は、泣きそうなのを我慢しているようだ。俺の腕をつかむ指が微かに震えている。


「よし! 転移で帰ろう! 転移トリガー!」


 俺は絹の手を取って、そう叫んだ。転移に解除は無い筈だからな。転移は必ずトリガーだけだ。


 俺達は、八年未来の公園に戻った。ぐっしょりと変な汗をかいていた。

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