第21話 遡及現象

 第二世界、第三世界との連携を確立する話は思いのほか上手くいった。

 そうなると特別な案件は無くなってしまった。いきなり、ミッションコンプリートだ。まぁ、実際の連携はこれからだし定期便もあるのだが、後は神海一族の悲願が達成される日を待ち望むだけだ。気の長い話である。

 ただ、神海探偵社としてのミッションは完了したのだが、上条絹の場合は完了していなかった。いや、むしろ始まったばかりだ。研究者魂に火が付いたからな。


「転移技術の研究を一緒にできないかしらね?」


 事務所で昼食後のお茶を飲んでいたら、絹がそんなことを言い出した。


「いや、頻繁に第三世界に行くわけにはいかないだろ。向うの絹も迷惑する」


 研究するとなったら、ただ覗いてる訳にはいかない。当然、その時は彼らの時間を占有してしまうからな。

 もっとも、俺たちにかかわったこと自体は歓迎していた。アルバイト代は安いどころか実際には正社員の数倍だったからだ。どうもふたりで旅行を計画していたようで喜んでいた。


「分かってるわよ。分かってるけど知りたいのよ」


「こっちで似たような研究をしてる人はいないの?」と今宮麗華。


 麗華には第三世界の俺達の関係は教えてある。「他の世界だから気にしない。むしろ上条さんで良かったわ」なんて言ってた。確かに、唯一の存在である麗華は他の世界にいないし気にしても仕方ない。


「たぶん、遷移技術関係の人くらいかなぁ?」と絹。


「ああ、そう言えば、中央研究所から一度寄ってくれって言われてるぞ」


 横で聞いていた意次が言った。


「中研が? なんの用だろ」

「遡及現象の話だろう」と意次。

「あ、でも上条にも来てくれって言ってたな」


 慌てて付け加える意次。


「え~っ。なんだろう。じゃ、四人で行って来るか」

「そうね。全員で聞いたほうが良さそう」と絹。


 麗華や妖子も頷いた。


  *  *  *


 そんなわけで、俺達はぞろぞろと神海中央研究所にやって来た。


 受付で待っていると、綺麗にはしているがややシワのあるスーツ姿の男が出て来て遷移技術担当の今宮信二いまみやしんじだと名乗った。神海意次より少し年上だろうか?


「叔父さん!」


 今宮は、麗華の叔父だった。


「あれ? 麗華どうしたんだ?」

「呼ばれて来たのよ」

「ああ、そうか。そうか。」


 呼び出したのは俺と上条絹だけど、麗華も関係者だと知っていたらしい。


「もう、叔父さん私がエージェントになったの忘れてたでしょ?」と麗華はふくれてみせる。

「ははは」叔父さん、適当に流す。慣れてるな。


  *  *  *


 俺達は中央研究所の今宮の研究室に案内された。

 学園村の施設なので、中央研究所も他の施設と同様に古臭い見かけになっている。研究室も冴えない雰囲気なのだが機材は最新式だ。それでも、偽装部隊が古臭く見せる工作をしているし一般に売られている機材ではないなのでバレることはない。


「遷移技術研究室の今宮信二だ。まぁ、座ってくれ給え」


 今宮は改めて自己紹介すると俺達にソファを勧めた。


 俺達はそれぞれ名乗ってからソファに座った。

 さすがに接客用のソファは満杯で、今宮自身は横の研究机に座った。人を呼んだ時のいつものポジションという感じだ。


「今日は呼び出して済まなかった。で、さっそくだが……」

「叔父さん、何か飲み物でも勧めるべきよ」と麗華が突っ込みを入れる。

「おお、そうだな。すまん。じゃ~、紅茶でいいかな?」


 今宮は椅子から立ち上がって自分で淹れようとする。


「あ、はい」


 俺は、研究室で淹れるお茶に期待はしていない。


「私が淹れる」


 そう言って、麗華は自分でお茶の用意を始めた。妖子も「私も」と言って続いた。


「あの娘は昔から気が利く」


 今宮は、お茶の用意をする麗華を見て嬉しそうに言った。


「そうですね」

「そうか、君が麗華のバディか。よろしく頼む」


 今宮は、そう言って頭を下げた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


  *  *  *


「それで、君たちに来てもらった件だが」


 それぞれに暖かいお茶が行き渡ったのを見て今宮は話し出した。


「先ずは、神岡龍一君の話から聞きたい」

「はい」


 今宮は机の上のファイルを取り上げてパラパラとめくった。


「共感遷移の時間が非常に短いそうだが本当かい?」やっぱり、あれか。


「神海意次さんから『遡及現象』の可能性があると言われました」

「うん。その話だ」


 そう言って、今宮はファイルを確認した。


「具体的には通常の十分の一の時間ということだが、いつもそうなんだろうか?」


 今宮は意次が上げたと思われるレポートを見つつ言った。


「いえ、それは一定していません。あの時は、計算すればそうなるという話でした」


 その前の定点遷移では感じなかったからな。


「なるほど。その、早かった時の遷移で気になったことはあるかな?」


 今宮は椅子から乗り出すようにして聞いてきた。


「そうですね。あ、暗転する長さが違う気がしました」


「ほう。暗転の、長さね」


「ええ、長かったり短かったり」

「うそ。そんなことあるの?」隣で聞いてた麗華が突っ込みを入れて来た。


「あの時は、確かにそんな感じだったんだよ」

「なるほど。興味深いな。暗転が、安定しないと」


 今宮はキーボードでコメントを打ちながら言った。


「でも、暗転時間が長いことは、他の人でもあるようですよ」

「うん? 他にも?」

「ええ。ここにいる、上条絹や夢野妖子も経験しています」


「そうなのかい?」


 今宮は驚いた顔で改めて二人に向き直って聞いた。


「ええ、最初の遷移の時に起こりました」と妖子。

「わたしも、最初はとっても長くて気が動転しました」と絹。


 それでも、二人が共感定期便をする障害にはなっていない。


「それは、変だな。今までは聞いた覚えがない」


 三人のケースを聞いて今宮は怪訝な顔をする。


「遡及現象は、頻繁に起こるんでしょうか?」

「ん? いや、稀に起こる特殊な現象だね」


 稀に起こる特殊な現象? 俺は何か嫌な感じがした。俺の周りで何か可笑しなことが起こっているんだろうか?

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