第20話 第三世界かよ!
次は第三世界への遷移だ。
ここは第二世界とは打って変わって、工業団地のような場所に一族が集まっていた。つまり系列企業が集まっているわけだ。
そういう所は神海一族に限らず多くあるので特に珍しいという程ではない。効率を考えればどこでもあり得る形態だからだ。
驚いたのは、遷移してみたら俺がこの工業団地の直ぐ近くに住んでいたことだ。
もちろん、まだ学生なのだが、わざわざ引っ越してきたようだ。なぜなら、この工業団地に就職が決まっていたからだ。気の早い奴だ。
もっとも、これは必ずしも就職先のせいだけでは無い。同棲している彼女の都合もあるようだ。
「上条絹!」
俺の部屋に上条絹がいることに驚いた。いや、彼女の薄着姿に驚いたわけではない。
「何かしら?」
「いや、何でもない」
「可笑しな人」
そう。俺と彼女は同棲していた。恐らく、最初の共感遷移で会った上条絹だと思う。つまり、俺はこの世界に来たことがあるわけだ!
「えっと、これから神海工業に行ってくる」
俺は絹に断って出かけようとした。
「あら、呼ばれたの?」
「えっ?」
「採用が決まってから、いろいろ言ってくるようになったわよね」と絹。そうなんだ。
「ああ。そ、そうだな」
俺の就職先は神海工業らしい。
「じゃ、私も用意しなくちゃね!」
「なんでだよ」
「えっ? 一緒に採用されたんだから当然でしょ? 龍一だけ呼ばれたの?」
「えっ? いや、そうだな。じゃ、一緒に行くか」
そんなこともあるのか! なんか、ちょっと面倒な気もするが、いいか。こうなったら、ちょっと戻って上条も遷移して一緒に行って貰うことにした。
再度遷移して俺達は一緒に神海工業へ向かった。ただし、俺達が就職する予定の開発課ではなく人事部だ。
* * *
「人事部の、特科をお願いします」
そう、受付のお姉さんに言うと、にこやかな笑顔に微かに緊張が走った。
「畏まりました。しばらくお待ちください」
「二人で行くのもいいわね」
ソファで待っている間、上条絹は俺を見て言った。既に遷移した上条絹になっている。第二世界の時は一人ずつ挨拶したから緊張したようだが今回は普段通りだ。
「まさか、私とあなたが同棲してる世界があるなんてね」絹は悪戯っぽい目で言った。
「そうだな。びっくりだな」
俺がびっくりしたのは、かなり前だけど。
「この世界には今宮さんがいないからね」絹はそんなことを言った。
「そうか。今宮がいる世界は他にないからな。むしろ、こっちが普通なのかもよ?」
「そうね。今宮さんには勝てる気がしないけど」
って、そうなのか?
「そうか? ああ、あまりこの辺の事突っ込むと、向うに戻って困るから止めとこうぜ」
「それはそうね。微妙だものね。でも、こういうことは多重世界では当たり前なことなんでしょうから、慣れないとだめね」
上条絹は、ちょっと恥ずかしそうに言った。そういう言い方されると「こういうこと」を連想してしまうじゃないか。煽ってるのか?
「ほら、担当者が来たようだぞ」
担当者らしき人が俺達を見つけて会釈してきた。
「どうぞ、こちらへ」
* * *
「是非とも、連携を強化しましょう」
人事部連携担当の
「実は、今回担当者が変わるということで、こちらも新しくすることにしました」
神海隆司はそんな説明をした。両方で新しくしたら話が進まないと思うけど? いいのか?
「私は、いままでサポートでいましたので問題無いと思います」
俺の気持ちを察したのか隆司は優しそうな表情で言った。
「こちらは、駆け出しで申し訳ありません」
「いえいえ。最初からすっきり私を呼びだしてもらえたし、問題ありません」
なんだが、以前何かあったようだな。まぁ、こっちの世界の事情もあるしな。俺達はたまたま上手く行っているだけだろうけど。
「しかも、二人ともわが社に採用予定とのことで、こんなこともあるんですね!」
うん。そうですね。本当は別の会社に行こうとしてたけどね。俺が間違って遷移して、こうなったわけだ。まぁ、運命のようなものだろう。
「では、それまではアルバイトとして来て貰えばいいと思います。遷移の日時は、お二人の都合で決めてください」と隆司。
「はい。わかりました」と俺。
「よろしくお願いします」と絹。
* * *
担当の神海隆司は人事部と聞いたので多重世界の話は出来ないのかと思ったら、全然違っていた。人事部といいうのは名ばかりで、実は第三世界中央研究所の研究員だとか。つまり、俺達に合わせて中研から出張して来ているんだそうだ。専門は転移技術だという。
「転移技術は、失われたと聞いています」と俺は言ってみた。
「おお、良く知ってますね。そうなんですよ。それで私達は頑張って転移技術を復活させようとしてるんです!」
神海隆司は、ちょっとギラついた目で言った。
「出来そうですか?」上条絹も興味津々だ。
「そうですね、もうちょっとだと思うんですけどね。あと一つといったところで、決め手が無いんです。転移装置がまだ動いていれば違うんですが」
「装置がまだあるんですか?」と俺。
「あるにはあるんですが、もう朽ちていて何が何やら」と神海隆司は嘆く。
確かに、伝説に近い時間が経ってるからな。仕方ないだろう。
「ただ、大掛かりな転移装置は別として、人間個人だけでも転移出来たらしいので、なんとかその技術を再現出来ればと思っています」と神海隆司が言う。
「そういえば、遷移技術は転移技術のサブセットだとか」
「そうなんですよ!」と神海隆司は思わず乗り出して言った。
近い近い近い。そういう趣味は無い!
「あっ、失礼」
俺は思いっきり嫌な顔をしたようだ。
「ごめんなさい、龍一はすぐに顔に出るんです」
上条絹は子供をフォローする母親みたいなことを言った。
「はい、大丈夫です」
神海隆司は不機嫌な顔もせず笑った。
「ですので、転移技術の研究には遷移技術を保持されている第一世界の方との連携が必須になります。今回、二名の共感エージェントの方に来てもらったのも運命だと思います。是非、転移技術復活にご協力ください」
神海隆司の気持ちは分かるがモルモットはお断りだぞ。
「危険なことは出来ませんが」と釘を指す俺。
「ああ、もちろんそうです。貴重な共感エージェントを失うような真似はしません」
「でしたら、協力できると思います」と俺。
「私、転移技術には凄く興味があります」と上条絹。あれ?
「そうなんですか! ああ、良かった。これなら本当に、私の時代に転移技術が復活できるかも知れませんね!」
今すぐかと思ったら、もっと気の長い話をしていたようだ。それはそうか。新しく伝説を作ろうって話だからな。
* * *
ちなみに、二人とも入社予定ということもあり社員寮を勧められた。こっちは男も入れるそうだが丁寧にお断りした。だって、同棲中だもんな。勝手なことしたら第三世界の二人に恨まれる。
俺達は早々に遷移解除して第一世界に帰って来た。二人になると、すぐキスしようするからだ。まぁ、これから帰って二人で色々話すんだろうな。いきなり、自分たちが多重世界を渡り歩く共感エージェントだと知らされたんだからな。普通、大騒ぎだよ。
もちろん、俺が就活の時に会社の倒産を教えた本人だと、すぐに分かったようで感謝していた。
* * *
それはそうと、気になることもあった。第三世界への遷移から帰ってきたのだが、上条絹がなかなか帰ってこなかった。というか、やっぱり俺が異常に早かった。帰ってから、転移室からなかなか出てこないので心配で見に行ったのだが、すやすやと寝ていた。
「龍一さんは外でお待ちください」と夢野妖子。
「そりゃそうよ」と麗華。いや、お前も外でいいだろ。
それはともかく、これは以前に意次が言っていた『遡及現象』だと思う。そうなると今寝ている上条絹は、別世界で俺と会話してるってことになるよな? なんだか奇妙な感じだ。
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