第19話 第二世界

 疎遠になりつつある神海一族三世界だが、それでも何もなしという訳にはいかない。

 別世界遷移可能な新規の要員が誕生したのだから挨拶くらいはしておく必要がある。


「そんなわけで連携の挨拶をする。まずは、第二世界だ」


 意次が仮眠室の会議テーブルで宣言した。最近は、ここでしか話していない。事務所は外から来る人もいるので煩わしいからな。

 俺と上条絹は頷いた。もちろん、バディの今宮麗華と夢野妖子もいる。


「最初なので一人ずつだ。第二世界の確率値は今、俺が行ってきたので間違いはない」


 意次は、俺達が飛ぶ直前に第二世界へ行って確率値を確認して来た。この値を目標に設定すれば、その世界へ飛べる筈だ。


「了解。じゃ、行ってきます」


 俺と今宮麗華は仮眠室に移動した。


  *  *  *


 別世界遷移は通常の共感遷移より問題が発生しやすい。

 このため神海意次が待機している状態でしか実行しないことになっている。少なくとも、今はそうだ。それはつまり最近まで別世界との連携は途絶えていたことを意味する。共感エージェントのペアが他にいなかったからだ。

 今回の別世界遷移は神海三世界連携の再開宣言でもある。


「まずは、居場所の確認ね。後は、向うの世界の龍一が今回のミッションのために時間を使えるかどうかね」


 今宮麗華はそう言った。憑依するのだから向うの世界の俺の状況を知る必要があるのは当然だ。もちろん、第二世界に麗華はいない。


「そうだな。まず、そこを確認してだめなら、すぐ帰ってくる」


 こっちの世界では神海探偵社に勤めているので共感定期便のために時間を空けているが、別世界ではそうはいかない。行った先で多少の時間を前後させることも可能だが、人と会う予定なので簡単ではない。

 俺は、ちょっと緊張して仮眠室のベッドに横たわった。


「じゃ行くわよ。遷移トリガー」


 麗華が遷移を起動した。もちろん、既に自分で起動することはできる。だが、これは共感遷移の手順だからな。必ず共感してから飛ぶわけだ。


 いつものようにふわっと浮き上がるような間隔のあと暗転した。それは、ちょっと長かった。


  *  *  *


 気が付くと、俺はひとり大学の生協でアルバイトの募集欄を眺めていた。どうも、春休みのバイト先を探しているらしい。ちょっと遅い気がするが、まあいい。


「アルバイト募集、重労働アリ……って、何だこりゃ!」


 俺は思わず悪態をついていた。何故なら異常に安い給料だからだ。こんな、悪条件のアルバイトをする奴なんていないだろうと思った。実はこれ、神海一族が出しているサインだった。俺は、この世界の俺にちょっと干渉する形でアルバイト先を決めた。


  *  *  *


「君が新しい、共感エージェントですか」


 アルバイト募集で訪問した先は、郊外の大きな遊園地だった。もちろん、この募集で来る者が誰なのかは相手も分かっている。


「神岡龍一です。よろしくお願いします」

「私は連携担当の神海小夜。こちらこそよろしくね」


 担当者は、ちょっと魅力的な笑顔のお姉さんだった。ちょっと、どぎまぎする俺。大学生くらいまでは年上の女性にこういう感情を抱くものなのだ。たぶん。


「若い新人さんで嬉しいわ」と小夜。


 うん? 意次と比較してるのか?


「実は、もう一人います」


 上条絹がいるからな。早めに教えて置こう。


「あら、そうなの? 新人が二人いるなんて珍しいわね。ちょっと期待できるかしら?」


「小夜さんは、連携に前向きなんですか?」

「ええ、そうよ。ああ、第二世界は連携にあまり熱心じゃないって聞いたの?」

「ええ、まぁ、少し」


「そう。確かに、その通りね。でも私は、そうじゃないの。いつか故郷の世界に戻らなくちゃって思ってる!」


 神海小夜は熱く語った。


「そうですね」

「でも、あなたたちは民族の話については部外者よね?」

「そうなんですけど、俺ももうひとりも学術的な意味で多重世界に興味があるんです」


 俺は素直に言った。こいいうことで嘘はいけない。俺の話を聞いて、神海小夜は改めて履歴書を見た。


「なるほど。研究畑の学生さんなんだ」

「はい、興味本位ですみません」

「そんなことはいいのよ。強い味方が出来て嬉しいわ。数は力よ!」


 なんか、とっても漢な美人さんだった。


  *  *  *


 上条絹も問題無く遷移出来た。

 ただ、残念なことに彼女は俺とは違う大学だった。それでも、学校が同じ地域に集まっているようで、それほど遠いという訳でもない。


「頼もしい担当者だったわね!」


 上条絹も嬉しそうに言った。


「ほう。いきなり、上々じゃないか!」と意次。


 心配ごとが無くなったという顔だ。


「そう。あの人、結構難しいのよ」と神海希美は言った。


 そうなのか? ああ、彼女に会ったのは意次のほうだからな。まぁ、相性というものはある。


「うん? なんだ?」


 意次は不思議そうに言う。感が良すぎるのも困る。


「でも、担当者が一人っていうのがアレですね」

「そうなんだよ。やる気のなさが伝わって来る」と意次。

「でも、優秀な人っぽいですけど」と俺。

「そうだな。それについては問題無い筈だ。変な人間を出したら沽券にかかわるからな!」


 意次は含み笑いで言う。たぶん、神海一族としてのプライドだろうか。他の世界の手前、無能な人間を出せないのではないかと思う。確かに、世界を代表しているとも言えるからな。


「そうか。世界の代表者か」

「そうよ。世界の代表者よ」と絹。

「そうね。世界の代表者ね」と希美。


「おいおい。その目はなんだ」と意次。

「別に」

「ふふっ」と絹。

「ふふふっ」と希美。


 まぁ、無精ひげが嫌われたのかも知れない。もっとも、向うの世界の意次の責任はこっちの意次には無い。


「世界が違っても、性格とか外見って同じなのかしら?」と上条絹。

「今のところ、そうみたいだな。向うで自分を鏡で見ても違和感ないし。まぁ、俺が持って無い服装だったけど」

「私も、そうね。多分、趣味もだいたい同じ感じだし」と絹。


 うん? もしかして、男の趣味もか?


「そうだろうな。それだけ近い世界ってことだ」


 意次は事も無げに言った。神海一族は近い世界に移り住んでるが、それで本当にリスク分散になってるのか? まぁ、全く違う世界というのも多重世界なんだから難しいか。っていうか、違いすぎたら住めないか。


 今日はそれだけで仕事は終了となった。後は、午後のお茶会である。

 ちなみに、第二世界の俺も上条絹も学生だったが、上条絹は俺よりも神海一族の遊園地に近い大学だった。だが、住んでいる場所が遊園地へのアクセスに難があった。もともと引っ越したかったらしいが、遊園地の社員寮を提供して貰えることになって喜んでいた。俺も行こうかと思ったが、残念ながら女子寮しか空いていなかった。

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