第18話 三つの神海一族

「実際に別世界転移を試す前に、まず神海の歴史を説明しておく」


 神海意次はそう言って神海の三世界の説明を始めた。いよいよ神海一族の秘めた歴史が明かされるのか! 俺はちょっと緊張した。


「別世界遷移するとしたら、まずこの三世界ということになる」


 昨日、神海一族が別の世界から『転移』して来たという話を聞いたばかりで、あまり実感はない。だが、実際に行くことになるんだと思うと興味が湧いてきた。一体何があったんだろう?


「歴史ですか?」と俺。

「そうだ。なぜ神海一族が三世界に移ったかだ」意次は神妙な顔で話した。


 俺達は、いつものように奥の仮眠室の会議テーブルで意次からレクチャーを受けている。俺と今宮麗華、上条絹と夢野妖子の共感エージェント全員でだ。

 希美は表の事務所で留守番である。


「まずは、そもそも神海一族が多重世界を渡ることになった経緯からだ。もちろん神海の者は皆知っている話だ」


 見ると、麗華と妖子が頷いた。


「伝承によると今から一千年前、『原初の星』が巨大『浮遊恒星』と遭遇したことが事の発端だ」

「『原初の星』?」

「そうだ。『原初の星』は神海一族のいた母星だ」


「『浮遊恒星』は?」

「単独で銀河を彷徨う恒星だな」


「そんなものがあるんだ。それで、その浮遊恒星と衝突したんですか?」

「そういう事態になったわけだ。衝突というより単に飲み込まれるだけのようだが。恐らく恒星としての寿命が尽きかけていて巨大化していたんだろう」


「ああ、赤色巨星か」

「おっ、詳しいな」


「飲み込まれなくても、太陽系の軌道がめちゃくちゃになりそうですね」

「そうだな。宇宙へ逃げ出す案も出たそうだが、生存可能で到達可能な星は無かったそうだ」


「それで、別世界に」

「そうなるな」


「その星はもう存在しないんですか?」

「普通なら、そうなるな。だが、神海の先祖は逃げ出すだけじゃなく回避策まで考え出したそうだ」


「回避策?」

「一時的に多重世界へ避難しつつ、浮遊恒星が通過するまで太陽系を隠す方法を考え出したらしい。方法は全く分からんがな」


「太陽系を隠す?」


 意次は信じられないことを言いだした。まぁ、神海一族に関わってから、そんな話の連続ではあるんだが。


「そう伝わっている。どうやったのか俺は知らないがな」

「神海のご先祖様、途方も無い事やったんだな」


 俺が言うと、麗華も妖子も誇らしそうに笑った。


「ほんとよね。想像も出来ないけど」と上条絹。


「浮遊恒星が通り過ぎたら元に戻す計画だったようだが、それはうまく行かなかったらしい」

「どうしてですか? 『原初の星』はまだあるんですよね?」


「ああ、そう聞いている。ただ、そのままでは住めないらしい。残念ながら、元に戻せなかったようだ」


「そうですか」

「だが諦めた訳じゃない」


「えっ? まだ可能性はあるんですか?」

「そう考えてる。神海三世界は、今でも『原初の星』を元に戻して故郷に帰ることを最終目的としている」


 三つの世界に分かれた神海一族の悲願という事か。


「この話、中央研究所の人なら詳しく知ってるかしら?」と上条絹。

「そうだな」意次は言った。

「今度、聞いてみたいな」と絹。


 上条絹は研究心を刺激されたようだ。


「ともかく、こうして神海一族は三つに世界に渡った訳だが……」意次は続けた。


「まず第一の世界は、一番最初に異世界へ転移した人々のいる世界。つまり、この世界だ。最初に旅立った勇敢な民族の末裔がこの世界の神海一族ということだ。知っての通り、学園村としてまとまって生活している」と自慢げに説明する。


「一千年前ですよね」

「そうだな」と意次。


 ちょっとおとぎ話が入ってそうだ。


「第二の世界は、ほぼ同じ時期に続けて転移した人々のいる世界だ。安全第一というか、ちょっと慎重派ではあるのだろうが、まぁ、今となってはあまり変わらない。というか、反動なのか享楽的なのかわからないが、彼らは遊園地を経営している」


「遊園地?」

「そうだ。まぁ、遊園地に限らず娯楽を提供する仕事に従事しているようだ」


 なるほど。テーマパークのようなものか。俺たちの学園村と大違いだな。まぁ、それはそれで楽しそうでいい。楽しませるのと楽しむのは違うだろうが。


「そして、第三の世界は一番最後に転移した人々の世界だ。故郷の世界をぎりぎりまでなんとかしようと努力していた人々の末裔だ。誇り高き、そして高い文明を持つ一族だ」


 なんか、凄そう。科学者や技術者の一団かぁ。高い文明を維持しているのも頷ける。


「今でも、高い文明を維持しているんですか?」と上条が突っ込む。

「うん? もちろんだ。ただし、人口が減っているからな。難しい状況ではあるようだ」


 確かに、最後まで対策を研究していた人達なら優秀な研究者がごろごろしていたんだろう。ただ、その子孫だとしても限界はあるだろうな。


 そこで、神海希美がお茶を持って来てくれた。いつもながら、いいタイミングだ。希美は分かってやってる気がする。


  *  *  *


「この三つの世界だが、強い連携を保ってればいいんだけどな」


 お茶を飲んで、ほっとした後に意次がため息交じりに言った。


「仲が悪いんですか?」


 上条絹が意外に思ったのか、思わず聞いた。


「ああ? うん、仲が悪いというか、思うようにいってないというか」


 意次は、奥歯に物の挟まったような言い方をした。


「このところ、あまり連絡がとれてないんだよ」と意次。


「連絡って、遷移でしょ?」と絹。

「そうだな。そうなんだが、この遷移技術を持ってるのは俺達第一の世界だけなんだ」


 さらに、意次は意外なことを言った。


「えっ? どうして?」と俺。


 高い文明を維持してる第三の世界はどうしたんだ?


「意外だろ? 俺も不思議で聞いてみたが、もともとこの遷移技術は『転移技術』のサブセットなんだそうだ」


 『遷移』は『転移』のサブセット? 世界を渡った技術だよな。


「そうなんですか」


「元々は『転移』で別世界に移動していたんだ。ただ、あるときから『転移』が使えなくなった」


「えっ? 『転移』が使えなくなったのって第一世界だけなんですか?」

「それが違うんだ。全部の世界で使えなくなった。理由は不明だ」

「それは一大事ですね」


「そうだ。そこで俺達が開発したのが『遷移技術』なんだ。これは第一世界の神海族しか使って無いんだが」


「第三の世界でも使えそうだけど。最も高い文明を持っているんでしょ?」と俺は言った。


「そうなんだがな。第三世界ではずっと『転移』を回復させる研究をしている。ただ、原因は『原初の星』にあるらしくてな」


 意次も良く分からないという顔で言った。


「異常な状態なんでしたっけ?」と俺。

「そうだな」


「『転移』を元に戻すために『原初の星』へ行きたいが、『転移』出来ないというジレンマに陥ってる訳ですね」


「『転移』に必要な何らかのファクターが失われたのかしら?」と上条絹。


「なるほど。『原初の星』に何があるんだろう?」

「そうね。私も、興味ある」と絹。


「それで、第三世界の彼らは共感遷移しないんですか?」

「そうだ。彼らは『転移』の回復に集中していたからな。遷移技術は導入しなかった」

「それじゃ、この神海三世界の連携はどうなるんです?」

「第一世界に頼りきりだ。だから風前の灯なんだ」


 第一世界の共感エージェントは俺達だけだもんな。意次は、残念そうに言った。


  *  *  *


 神海三世界の連携が無くなるということは、つまり故郷の世界の復興は絶望的ということだ。


「いいんですか?」

「いい訳はないだろう。だが、それが現状なんだ」と意次。


 見ると、今宮麗華も悲しそうな顔をしていた。夢野妖子にしてもそうだ。


「なんとかしたいわね」と上条絹が言った。ちょっと意外だ。

「うん、俺もほっといていい気がしない」


「そうだな。俺もそう思う。何故だろうな、元々外部の人間だった俺達が言うのも可笑しいんだが」


 意次は苦笑いして言う。確かに。


「ああ、私は学術的な興味もあるのよ。神海一族への思いは深くないもの」と絹は正直に言った。


 さすが、物理科の特待生だけはある。


「俺は……俺も、そういう興味はあるな。それだけじゃないけど」


 そう言って、麗華を見た。麗華は微妙に笑った。


「もちろん、私も友達のことは気がかりだよ」と言って上条は妖子を見た。


 今度は、妖子がちょっと笑った。


「外部の人達がこんなに言ってくれてるのに、情けないわね」と麗華。

「ホントですね」と妖子。


 二人の神海一族の人間はそう言うが、各世界にも思惑があるのだろう。特に第三世界などは高い技術を維持しているというから『遷移』も出来ない筈はないと思う。

 もしかすると俺たちのように直系でない人間を入れたくないのかも知れない。あるいは『転移』技術を失ったことで自信を無くしてしまったんだろうか? その状態でモチベーションを保つのは難しいだろうとは思う。


「まぁ、別世界遷移する度に、その辺の事は話してるんだけどな。担当の者はそれなりにやる気はあるんだが、一族を引っ張るのは簡単じゃないんだろう」と意次は言う。


 確かに、集団としての方向性を変えるのは難しいんだろう。


 この日のレクチャーは、別世界遷移についてのテクニカルな手順などを教えてもらって終わりとなった。


  *  *  *


 そんなことで、別世界遷移については神海三世界の連携自体がミッションであることがわかった。

 もともと、別世界であまり依存していないから別世界遷移が必要な依頼も無い。それで連携が消えつつあるのだが。


「私の研究論文のテーマにしたいくらいね!」


 上条絹が息まいた。何故かやる気になっている。研究者魂に火が付いたのか? まぁ、なんとなく以前からこういう奴だとは思っていた。


「論文にするなよ。まぁ、うちの学園村では受けるけど外に発表はできないからな!」

「それはそうね。そこが残念なところね」


 まぁ、上条絹はそう言うが、これは科学のテーマというより、その前の政治の話、あるいは民族の文化の話だからな。下手なことは出来ないのも確かだ。


「まぁ、民族全体の話は俺達の仕事じゃないだろ」


 実際、一族に入ったばかりだし。


「そうね。連絡役はするとして。私達で出来ることと言ったら、研究者の連携の手伝いとかかしらね」なるほど。

「それは、言ってみてもいいかもな。まぁでも、まだ学生だけど」

「そうね」


 とりあえず、民族の運命より学術的な興味が先行する俺達だった。

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