第17話 別世界遷移
今日も別世界遷移の勉強だ。
もちろん神海希美が淹れてくれるお茶とスイーツが最大の楽しみだ。
「さて、繊細な別世界遷移だが俺達には頼もしい味方がある」意次が宣言した。
「なんですか?」
「それは、唯一絶対の存在そのものだ!」
「あっ!」
確かに、神海一族はこの世界にしかいないのだから、この世界を判別することが出来る。
「ってことは、俺は麗華を目標に帰って来ればいいのか?」
「きゃ~っ。探して探して~っ」と麗華。
「って、どうやって探すんだ?」
「愛があれば灯台の光のように見える筈!」
「別の世界からも?」
「気合よ気合」
「絶対無理だな。っていうか、遷移解除すれば普通に戻れるだろ?」
「そうだった」
「おい、そこ! 夫婦漫才やってないで、真面目に聞け!」と意次。
「ほんとよ、羨ましい!」と上条絹。
「ほんとほんと、ごちそうさま!」夢野妖子もおなか一杯らしい。
「うふふっ」と神海希美。
「お前らもな」
相変わらずの神海探偵社だった。
* * *
「彼女を探せるかどうかはともかく、俺達は世界を認識する能力があることは確かだ」意次が言った。
「えっ? ほんとにそんな能力があるんですか?」
「ああ。この能力のお陰で、存在確率計しかなくても多重世界を渡り歩けるんだ」意次は、ちょっと自慢げに言った。
そうなのか。まだ、実感が沸かないな。
「あれ? 俺は別世界へ行けるとしても、麗華はいけないんじゃないですか?」ふと、俺は気が付いた。
「おっ、やっと気が付いたか!」と意次。
なんだよ、待ってたのかよ。
「お前の言う通りだ、この多重世界で唯一の存在になっている神海一族には、別世界に遷移できる対象がいない。昔はいたんだろうが、世界を渡ったために消えたようだ」
なんでそんなことが起こるんだろう? 世界が分離する時のメカニズムから外れているんだろうか?
「もしかして、同一空間にいるのに神海一族だけ別の成分があるんですかね? 別次元とか」と俺は言ってみた。
「お、面白いことを言うな。俺には全く分からん。お前のことを中央研究所で引き抜こうとしたらしいのは、そういうところがあるからだろうな」
意次は感心したように言った。そうだろうか? 面白い論文を書いて欲しいだけな気がする。
「理由は不明だが別世界遷移が可能なのは普通の人間だけだ。つまり、別世界遷移が必要なら俺やお前、上条絹のような存在に頼むしかないことになる」と意次。
なるほど、それでバディの片方が別世界遷移が出来る組み合わせになってるんだ。
「じゃ、夢野妖子は神海一族だから別世界に飛べないんですね」と言って夢野妖子を見る。
妖子は肯定するように頷いた。
「そういうことだ。実は、この組み合わせが重要だ。共感エージェントになれる人間は多くないが、更に別世界へ遷移できるエージェントとなると非常に貴重だ」と意次は強調するように言った。
「貴重なのか」
「貴重なのね」と絹。
ってことは、俺と絹って、ものすごい組み合わせなんだな。
「そうだ。そのせいもあるが、別世界遷移の依頼は非常に少ない」
それはそうだろうな。そうそう依頼出来るものではない。依頼出来るエージェントがいないのだから。
「訓練となると、さらに難しい。別世界遷移したことのある先輩に連れられて、飛ぶ必要があるからな」と意次は厳しい顔で話す。
つまり一度連れ沿って別世界遷移して、その世界を記憶・認識させるらしい。
「一人では飛べないんですか?」
「ん? いや、飛べるぞ。ただ、行った先が正しい目標の世界かどうか分からないだけだ。神海一族がいる場合は別だがな」
「別の世界にも、神海一族はいるんですか」
「そういうことだ。神海一族は皆、慎ましく暮らしているからな。今まで彼らの世界が分離したことはない」
なるほど。簡単には分離しないんだ。
「だから、訓練では別世界遷移は神海一族がいる世界に行く。これで普通は十分だ」
「なるほど」
「まぁ、神海一族がいない世界へ行く案件はほとんどない」
そりゃそうか。神海一族がいるからこそ別世界遷移する訳だ。
「神海一族の歴史は後で話すが、彼らは大昔に別世界へ渡った。このとき、リスク分散のためにあえて別々の世界に分かれた訳だ」
なんだが凄い話になって来た。これって極秘情報だよな? 神海一族に入ることを決めたから教えてくれるんだろうな。
「あれっ? 別世界に渡ったって、それは遷移ではないってことですか?」
「おっ、気づいたな。もちろんそうだ。神海一族は『遷移』じゃなく『転移』で別世界へ渡ったんだ」
凄い話を聞いてしまった。
神海一族はこんな秘密を隠していたのか。『遷移』や『転移』という技術的な話だけじゃない。多重世界を渡り歩けるってことか!
さすがに情報が多すぎて頭がいっぱいだ。これで今日の教育は終了となった。
* * *
「ねぇ。私達って、特殊な人間なのよね」
神海探偵社からの帰りに俺は上条絹とお茶していた。今宮麗華は夕食の買い出しに行った。
「そうだな」
「そうすると、何かあった時のためには二人は一緒にいたほうがいいわよね?」
絹は周りを気にしているのか、前のめりになって小声で言った。隣の席は空いているのだが。
「うん? 別世界でミッションを遂行する時の事か?」
「そう」
「ああ、確かに別世界だと孤立無援だからな。仲間がほしいところだ」
「そうよね。だから他の世界でも私達が協調して行動できる必要があると思わない?」
「ああ、そういうことか。うん。そうだな。けど、別世界じゃ他人の場合もあるだろう」
「そこよ。そうなると、二人が仲のいい世界を予め探しておく必要があると思うのよ」さすが、上条絹と言うべき指摘だ。あれ? この話、そこはかとなく危ない?
「なるほど。確かに、二人が連携出来る別世界は他とは違うよな」
俺はとっても仲のいい世界を一つ知ってるが、あれを教えるべきなんだろうか?
「何その顔、嫌なの?」
絹は俺を見て言った。ヤバイ。顔に出てた。
「いや、そんなわけないだろ」
「そうよね。何か気になることでもあるの?」
「いや、別に」
「ならいいけど」
「ただ、二人が一緒にいる世界を探すと言っても、大変だろう」
「そうね。目印が無いものね。だから、注意しておくって話よ。別世界に行ったときには注意しておきましょうってこと」
「ああ、別世界へ行ったらお互いの存在をチェックしておこうってことか」
「そう。どうかな?」
「いいだろう。確かに、リスクは減るだろうし」
「これは、別世界を遷移する人間同士の協定よ!」
ははぁ。『何があっても駆けつける』的な特別な仲間としての約束ごとか。船乗りの常識みたいな?
「そうだな! まぁ、俺達が喧嘩してる場合は少ないだろうから心配は要らないと思うけど」
「ああ、そうね。でも、行った先では喧嘩はしてるかもよ」
「そうかな」
「仲が良すぎて喧嘩するってこともあるじゃない」絹はちょっと謎めいた顔で言った。
「ああ、それもあるか」俺はちょっとどぎまぎした。
「そういうとき、協調して別世界遷移する必要があるかも」
「うん? 遷移した先の自分をなだめたり?」
「そうね。それも出来ると思う」
「わかった。どんなときでも別世界遷移では助け合おう」
「約束よ!」
上条絹は真剣な顔で言った。まぁ、そんな危険なミッションはやらないとは思うけど。
とりあえず、秘密でもないので帰ってから麗華にも話してみた。麗華はあっさり「当然でしょ」と言っていた。
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