第16話 別世界ということ

 今日、俺と麗華は神海意次から別世界遷移についてレクチャーを受けていた。

 これは共感能力では最も高度な技術で、多重世界の別の世界にいる自分に共感遷移するというものだった。奥義みたいなものか?


 そもそも、俺達が教わっている共感能力とは正しくは別世界共感能力といい、本来この別世界遷移のために生み出されたものだった。


 別世界遷移は、遷移先が未来ではないのでタイムパラドックを心配する必要はない。

 もちろん、別の世界だからといって世界に影響していいという事ではないし活動は最小限に抑えるべきだが、別世界での活動が自分の世界に影響しないということも確かだ。その意味では安心感があり、共感遷移よりも気楽と言えるかもしれない。


 ただし、気楽な別世界遷移にも問題はあった。それは、世界の識別が確実ではないということだった。

 現在、世界を識別するための最も信頼性の高い方法は存在確率計を使う方法だ。

 この存在確率計は共感能力の機能拡張に埋め込まれている。この測定器の数値によって自分が今いる世界を識別可能なのだ。


 世界に『存在確率』があること自体初耳だが、多重世界はそういう構造なのだという。多重世界に何個の世界が存在したとしても、多重世界全体の確率は不変だ。多重世界内部で多くの世界が存在確率をめぐってせめぎあっているということになるらしい。

 まるで固いボールの中に小さな風船がぎゅうぎゅうに詰め込まれているような感じだ。中にある風船が大きくなろうと、あるいは数が変わろうと全体の大きさは同じなのだ。


 それはともかく、ひとつの世界の存在確率は常に変化しているのだという。このため、存在確率が同じでも別の世界である可能性がでてくる。

 そうなると、『存在確率』だけでは同じ世界に行ける保証はないことになる。

 遷移トリガーコマンドで別世界に遷移する時には目標世界の存在確率値を設定するのだが、これはあくまでも指針なのだという。最終的には個人の能力に委ねられているというが、何をどうするのかは明確ではないそうだ。大丈夫かよ!


  *  *  *



「飛び先の世界を識別する方法は、この存在確率計しかないんですか?」


 俺は意識表面に表示されている存在確率計の数値を見ながら言った。

 脳内コンソールは意識表面の視覚野に表示されるので、目で見る領域とは異なる。三つめの目を開いたようで最初見たときはびびった。


「ないな」意次はあっさり言う。


「正確に世界を識別する方法を見付けたら大発見だ」


「普通はこれで問題ないんだが、保証できるわけじゃない」

「保障できないんですか??」


「そりゃそうさ。例えば同じ重さのものは全部同じか?」

「ああ、そういう事ですね」


「まぁ、いままで存在確率が同じ世界は確認されてないけどな」意次はおどけた顔で言った。

「ちょっと安心しました」

「多重世界に同じ確率の世界は存在しないという研究者もいるな」

「まだ、研究中なんですね」

「そうだ。ただ、存在確率が同じでも違う可能性があるってことは覚えておけ」


 別世界遷移というのは、あまり安定した技術ではないのかも知れない。まぁ、普通の共感遷移も安定はしてないか。


  *  *  *


 別世界遷移のレクチャーが終わった後、神海希美がお茶を振舞ってくれた。


「どうしても別世界に、行かなくちゃいけないんですか?」俺は根本的なことを聞いた。

「うん? 普通の人間なら用はないな」そりゃ、そうだろう。


「別世界に用のある人間なんているんですか?」

「ん? ああ、俺達には行く用があるんだ。神海一族のような存在は世界が分離すると片方にしかいられないからな」


 確かに、自分達がいないという意味では確実に区別できるな。分離したあとで捜索したりするんだろうか?


「そうか。分離しないんですよね?」

「そうだ。俺達は唯一の存在だからな」


「どうして、そういうことになったんですか?」さすがに、ちょっと聞いておきたい。

「それはもう伝説なんだが。多重世界に旅立った者は、どの世界に行っても異分子だからだそうだ」


「異分子ですか」

「そう、異分子だ。だから、故郷の世界に戻る方法を模索しているわけだ」

「それには共感能力が必要なんですね」

「恐らくな」


「異分子ならともかく、普通の人間の俺が共感能力を持てるのは何故だろう」俺は疑問に感じた。


 共感能力を使う民族ならともかく、使っていない人間に能力があるのは腑に落ちない。


「面白いじゃない! 私達は特別なのよきっと!」これは上条絹である。


 こいつは、これが普通だ。もともと研究者肌だった。彼女はまだ別世界遷移の勉強をするには早いのだが面白がって聞いている。『私達』と言うのは神海一族ではない俺と絹の事だろう。


「あら、絹さんも龍一も、既に一般人では無いわよ?」


 神海希美はスイーツをテーブルに置きながら言った。


「えっ? そうなんですか?」

「そりゃそうだよ。俺達とかかわってるのは、この世界の君たちだけだからな。他の世界の存在とは、完全に切り離されている」と意次。


「ああ、運命共同体ですからね」

「えっ? じゃぁ、私も運命共同体なの?」と上条絹。

「そうなるな」と意次。

「えええっ! じゃ、責任取ってね! 龍一くん」


「意味不明。なんで、俺なんだよ」

「龍一君に責任取って欲しい」

「あ、それ私も」と妖子。


「何言ってんのお前ら。俺にそんな責任はない。そもそも、俺は一人だし」

「でも、俺に任せろって言った」と絹。

「うん、私も聞いた」と妖子。

「そうなの? じゃぁ、龍一が責任取らなくちゃね! 私も言われた気がするなぁ」と麗華。


 えっ? そんなこと言ったか?


「お前には言ってないだろ」

「待ってるんだけど」と麗華。そう来たか。


 あれ? そういえば、共感エージェントになる時、付き合いをどうするとか言ってたな。ヤバイ。そのままだ。


「そうだった。じゃ、後で」

「今、聞きたい」


 麗華は真面目な表情になって言った。もう、先送りは許されない雰囲気だ。


「そうか。分かった。俺はお前とずっと一緒にいたい。だからこの仕事を続けることにする」

「そう。分かったわ。絶対一緒だからね!」

「望むところだ!」


「おめでと~っ、私もよろしくね~っ」

「おめでと~、私も私も~っ」

「お前らのそれ、意味分からん」

「龍一君わたしも~っ」と希美。ふざけ過ぎだし。ちょっと、嬉しいけど。


「おい、それは無理だろ」と意次。


 いや、その前の二人も無理なんですけど?


「うそ~っ、ちょっと年上なだけじゃない!」と希美。ちょっとなんだ。

「そういう問題じゃないだろ」と意次。


 そんなことで、俺は別世界への遷移を仕事としてやることになりそうだ。まぁ、既に別世界に行ったことあるんだけどな。

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