第15話 バディを探せ2
翌日、共感定期便から帰った俺達を待っていたのは、緊急事態だった。
俺達が戻った時、事務所には誰もいなかった。神海意次も神海希美もいなかったのだ。しばらく呆気に取られていたら仮眠室の奥から声が聞こえた。
「龍一く~ん」希美の声だ。
急いで奥の仮眠室の部屋に行ってみたら、意次、上条絹、夢野妖子と三人が並んで横になっていて、泣きそうな希美がいた。
「どうしよう。龍一君」
「希美さん落ち着いてください。大丈夫だから、ゆっくり教えてください」
「わ、わかったわ。ごめんなさいね」
俺達が戻って安心したのか希美は涙を流し始めた。それまで、我慢していたのかも知れない。
少ししたら落ち着いてきたのか少しづつ話始めた。
まず夢野妖子が指導する形で上条絹の定点遷移の訓練を始めたそうだ。これは、いつも通りだ。ただ、いつまでたっても帰ってこなかったという。
最初の俺の遷移のように何時間も帰ってこないこともあるが、それは初めから予定していたからいい筈だ。だが、定点遷移はすぐに戻ることになっている。それで、戻らないということは遷移に問題があったと思われる。
この場合は強制的に引き戻すのが本当は正解らしいが、俺が妖子の時に迎えに行ったのを思い出したようで妖子は遷移してしまった。もちろん、もう一人共感エージェントを頼んでからならそれでもいいのだが、意次や希美を呼ばずに転移してしまった。
意次と希美が気が付いた時は二時間ほど経過した後だった。初めての体験でパニック状態のまま二時間はきついと思われる。下手するとトラウマが残ってしまうかも知れないと希美は気が気でない様子だ。
希美から説明を受けている間に意次が戻ってきた。
「おう、お前ら帰ったか」
「状況は聞いてます。どうでしたか?」
「だめだ、この日時に飛んだはずなんだが見当たらない」
共感遷移ログを見ながら意次が言った。ログによると行った先は昼休みの時間だった。
「分かりました。今度は俺が行ってみます」昼休みなら、たぶんあそこだ。
「うむ。頼む」
意次に代わって上条絹の隣に横になり、俺は目的のポイントに飛んだ。
* * *
俺は、五年後の未来へ飛んだ。昼休みなので俺は事務所のソファでお茶していた。
「ちょっと出て来ます」
「おう、わかった」意次は、分かっているようだった。
俺は真直ぐ公園へ向かった。予定の場所にいないなら、ここだと思った。ここにいなければ絹の自宅くらいしかない。
公園には、ベンチでおろおろする妖子と呆けた顔の絹がいた。
「おい。どうした」と声を掛けた。
「龍一さん! どうしましょう」
妖子は俺を見てベンチから駆け寄ってきた。
「落ち着け。お前は過去から来た状態だな?」
「はい」
「で、絹は?」
「憑依してるのは分かりますが、混乱しているみたいです」と言った。
「いつからだ?」
「それが、たぶん昨日からみたいです」
どうも、一日ズレているようだ。見ると絹の目は焦点が合っていないようだった。そうなると、妖子の場合と同じで昨日に戻って何とかすべきだ。そうすれば、今日の混乱は無かったことになるからな。
「分かった俺に任せろ。妖子はこのまま帰れ」
「えっ? でも、このままじゃ放っておけません」
「ああ、そうだな。直ぐに元に戻る筈だから、戻ったら帰ってくれ。俺は昨日に行く」
「あ、はい。了解です先輩!」妖子はだいぶ調子が戻ったようだ。
「じゃあな!」
そう言って、俺は昨日の公園に遷移した。そこには絹だけがベンチに座っていた。
「おい、大丈夫か?」
そう声を掛けたが絹は反応しなかった。
「おい、上条絹!」ちょっと揺さぶってみた。
「えっ? あぁ、龍一さん。龍一さん!」
絹は、なんとか気が付いた。
「真っ暗な世界があって、それから真っ白な世界へ行って、どんなに歩いても何処にも行けなくて!」
絹は訳の分からないことを言った。
「大丈夫だ、もう大丈夫だ。落ち着け! 一緒に帰るんだ!」
「でも、わたし、わたしは」
まだ、混乱が収まらないようだ。俺は何か彼女を落ち着かせる言葉はないか探った。
「大好きな公園でピクニックしよう!」
これは、俺と絹が同棲していた別世界で絹が良く言っていたことだ。この世界の絹には意味が無いだろうが。すると、絹がぴくっと反応した。
「大好きな公園でピクニック?」
「そうだ、一緒にピクニックだ!」
「うん、ピクニックしたい!」
「そうだ! 俺に任せろ。一緒に帰ろう!」
「うん!」
絹は大粒の涙を流しながらしがみ付いて来た。妖子もそうだったが、共感遷移とはこんなに危険な仕事だったんだと改めて思った。ちょっと安易に考え過ぎたかも知れない。
「遷移離脱」
少しして落ち着いた絹は過去へ帰って行った。
今まで泣いていた絹の顔は、次第に晴れていった。
「うふっ」
「うん? どした? あ、ごめん」
「いいの。なんだか、自然な感じ。前にもこんなことあったかしら?」
絹は俺から離れながら言った。
「そんな筈ないだろ」
「そうよね」
まぁ、俺は知ってるけどな。それと、よく考えたら目の前の絹は未来の絹だ。少し変わってもいてもおかしくない。
* * *
帰ってから、絹の話は問題になった。
パニックになったことは仕方ない。それでも、なんとか耐えていたのだから十分に妖子のバディとして働けるだろう。
問題なのは白い世界のほうだ。
暗転するのは誰でも同じだが、真っ白で何もない世界については誰も知らなかった。勿論、俺も経験していない。ただ、問題にはなったが彼女以外からの情報が無いため、中央研究所預かりとなって終わってしまった。
絹の今後については少し時間を置いてからエージェントとして働くかどうかを決めてもらうことになった。止めるとしても誰も責めたりはしない。俺と同じで外部の人間だったわけだしな。俺の場合は麗華と付き合っているから違うが、絹にはそんな拘る理由は無い。
* * *
数日して、俺は絹をまたあの公園で見かけた。あの時のようにベンチに座っていたので俺はドキッとして声を掛けた。
「私、続けてみようと思ってる」
絹は、晴れ晴れとした顔で言った。トラウマはなさそうでほっとした。
「無理しなくていいんだぞ」
そんなことは、勿論分かっているだろうが。
「そうね。でも、わたしをあんな状態にした白い世界の謎を追求したいの」
絹は、思わぬことを言った。恨みがあるのか? 俺に縋り付いちゃったしな。
「追及?」
「ええ。あれにはきっと何か新しい発見があるはずよ」絹はちょっとギラギラした目で言った。
そう言えばゼミは違うが、俺と同じ学科だったよなと思い出した。しかも、絹は特待生だった。
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