第7話 共感定期便

 今宮麗華から貰った特殊能力の訓練が終了した。


「共感試験は合格だ、今日からお前は正式な共感エージェントだ」意次は俺に言った。

 共感エージェントって何? アルバイトじゃなかったっけ?


「で早速、最初のミッションだ。いよいよちゃんと仕事をして貰う」


 意次は満足そうに宣言した。


「ヤバイ仕事人ですか?」

「そんな訳ないだろ。法律に触れるようなことはしないぞ」


 ヤバイ仕事人ではないらしい。そういや、波風立てないんだもんな。


「俺達は、波風が立ちそうなのを食い止めるのが仕事だからな」


 意次は小声で言った。なんで小声なんだ?


「波風立ってしまったら、その時点で俺達的には失敗なんだ。だから、人知れず実行する必要がある」それ、やっぱり仕事人っぽいんだけど?


 あの力は法律で禁止されてはいないが、ちょっとズルい力だとは思う。使い方は気を付けないとな。


「それでだ、今回のミッションは正規のものだが、練習の延長として内部の仕事をして貰う」

「内部の仕事?」

「内部と言っても、もちろん一族の維持に必要な仕事だ」


 いわゆるミッションと言っているものの中では軽い部類で、組織の維持管理関係の仕事ということらしい。いわゆる新人用のお手軽ミッションということだろう。


「共感定期便だ」意次が言った。


  *  *  *


 共感定期便というのは組織内の連絡手段だ。

 勿論、通常の通信設備を使ったものではない。それでは同じ世界としか通信できない。だが、共感能力を使えば未来から過去へ連絡することが出来る。つまり、未来で解決困難な問題が発生した場合、共感能力で過去に依頼を送って対策することが可能なのだ。

 ただ、俺達の共感能力は未来へは行けるが過去にはさかのぼれない。過去に仕事を依頼するには、過去から依頼を取りに来て貰わなければならない。


 『過去から未来に仕事の依頼を取りに行く』これが共感定期便である。


  *  *  *


 今の俺は、この仕事を始めたばかりなので過去から共感で来ることはない。未来に行くだけだ。十年後の朝9時を目指して遷移して依頼を受け取る事になっている。

 確実に定期便が到着する保証はなく、かなりアバウトな方式だ。もちろん、緊急の案件などには対応できない。まぁ、そういう依頼は元々ないし受け付けていない。

 昨日までは神海意次がやっていたので、今日から俺が担当することになった。


「まぁ、御用聞きみたいなもんだな」と意次は言う。確かに、能力の性質上こうなるな。

「未来と直接通信は出来ないんでしょうか?」


「そうだな。俺達のような存在がいるんだから、出来そうなものだよな。実際情報は移動している訳だし不可能ではない筈だ」

「ですよね」


「一応、研究はしているようだがな。話してる途中で通信が切れるそうで、実用化出来るかどうか怪しいようだ」

「ああ、なるほど。話してる途中で未来が変化してしまうんでしょうか」

「たぶんな」


「難しそうですね。別の世界のほうが簡単かも」

「ああ、そっちもそうだな。俺達も、複数の世界間で情報交換は多少するんだが、こっちはかなり難しい」

「そうなんですか?」

「ああ、いつまで相手の世界があるか分からないしな」と、意次は怖いことを言った。


 確かに、他の世界のことまでは、面倒見切れないのかも知れない。この世界だって、結構危ないようなことを言ってたしな。まぁ、消されたりするのは特殊なケースなのだろうけど。


「じゃ、ミッションだ。十年後の神海探偵社へ行って、ボスから依頼が無いか聞いてきてくれ」


「ボスって、神海さんですよね」

「その筈だな」と意次。


 ただ、違う可能性はある。っていうか、いつの日か違う日が来る筈だ。ちょっと怖い。


「じゃ、行ってきます」

「うむ。よろしく頼む! エージェント神岡」おお、なんかそれっぽい。

「あれ? 起動装置は?」

「実は、行った先で貰うことになってる。最新の起動装置だ」


 最新か! えっ? どゆこと? 共感遷移は意識だけ飛ぶんだから、貰えないよ?


「それは……」

「行けば分かる」と意次。

「わかるのよ」と麗華。


 行けば分かるって、行きつくまで不安なんだけど? ドッキリなのか?


 そうして、俺は麗華に見守られて仮眠室から共感遷移した。


  *  *  *


「おう、良く来たな!」


 転移した俺を迎えたのは、ボスの神海意次だった。やっぱりな。


「こんにちは。意次さんで安心しました」と俺。

「なんだ、心配してくれたのか?」意次は面白そうに言った。うん、俺の心配だけど。


「いらっしゃい!」神海希美だ。


 希美はそう言うと奥に引っ込んだ。お茶の用意をしてくれるのだろう。十年経ってるとは思えないくらい綺麗だった。


「あれ? なんで俺、事務所にいるんだろ?」

「うん? 聞いてないか? 龍一は、うちに就職したからな!」


 なんだって~っ?


「他の会社の内定が出てた筈だけど」ちょっと抵抗してみる。

「そうなのか? もうずっとうちの社員だぞ? 正式な共感エージェントだ」


 あ、あれか。アレで、社員になったのか? まぁ、嫌なら別の会社に行ってた筈だよな。って、ここで言ってても仕方ないが。


「それでだ。最初の共感定期便に来た時に、共感起動装置を渡す決まりになっている」と意次は続けた。

「はい、そう聞きました」


 ちょっと俺は緊張した。どんな物が出て来るんだろう。


「そうだな。で、めでたく最新版に更新された」なに?

「どゆこと?」


「知らなかったと思うが、共感起動装置は既に実装されてたんだ。『遷移離脱』とかのコマンドが動いていただろう?」

「た、確かに。あれはコマンドだったんだ!」


「ちゃんと、使えたようだな」と意次は言った。


 そう言えば、未来の俺の事いろいろ知ってる筈だよな。社員だし。


「これからも、よろしくね!」


 そんなことを言いながら希美はお茶とスイーツを用意してくれた。


「恐れ入ります」

「まぁ、初々しいわね!」


 そう言って、希美は自分のデスクに戻っていった。まぁ、新しいのは中身だけだけどね。


「で、ここで共感起動装置の説明をしておくが、人間の意識表面に装着する機能拡張みたいなものだと思ったら間違いない」


 意次は、なんかすごい事言い出した。


「意識表面に機能拡張ですか」


 意識表面って、確か脳の一部だよな。映像や音などの外界からの情報が全て集まる場所だ。人間の意識は、ここに集まった情報を元に判断したり記憶したりすると聞いた。


「そうだ。記憶じゃなく意識表面だ。だから、ここに遷移して来た時点、つまり意識を共有した時点でインストールされる」


 確かに、共感遷移すると未来と過去の意識が重なるからな。ここに、機能拡張があるなら更新も可能だろう。


「記憶じゃないんですね?」

「ああ、そうだ。記憶というのは意識表面の情報を分析した結果だ。だが意識表面にあるのは生の情報そのものだ。例えば、見たままの映像がそのままあるのが意識表面だ。記憶に生データは無い」


「そうなんですか」

「そうだ、例えば記憶に映像そのものは入ってない。特長を分析したデータが入っているだけだ。特長さえ残っていれば十年後の顔でも判別できる」


「なるほど。面影って奴ですね」

「そうだ。で、その意識表面に共感能力の制御装置をインストールしているんだ」


「なんか、凄いですね。でも、消えたりしそうですが」

「おお、鋭いな。その通りだ。消えることがある。寝たくらいじゃ消えないがな」


「消えたらどうするんですか?」

「その時のために、バディがいる」意次は言った。

「バディから移す?」

「そうだ。今も共感しているだろ? 共感すると意識表面の一部を共有するからな」


 確かに今宮麗華が共感状態で見守ってる筈だ。


「なるほど。って、あれ? じゃぁ、麗華はバディになる前に俺を共感相手にしたってことか!」

「うん? そうなのか? 普通、断ってからバディにする筈だが」

「付き合う以上の関係に……って、あれか!」


「だ、大丈夫か?」


 意次は心配そうな顔をした。しかし、確かに詳細は言ってないが、それ以上に大事な覚悟を要求されてはいた。まぁ、俺を未来に送るにはあれしかなかったけどな。後で、よ~く話し合おう。


「はい。大丈夫です。分かりました」


「そうか。バディは大事にしろよ」


 そう言って、意次はちらっと希美を見た。


「はい。ちなみにバディがいないとき一人で遷移するとどうなるんですか?」

「いや、それは止めとけ。必ずバディと一緒だ。別世界に分離してしまうかも知れないからな。バディが一緒にいれば世界が分離しても一緒にいられるが、一人で分離すると離れ離れになってしまう」意次は真剣な表情で言った。


「あくまで、お前が分離の原因を作った場合だがな。そうでなければ大丈夫だ」意次は言って、ちょっと笑った。


 なるほど。俺が分離の原因を作ると、俺もろとも世界が分離するわけか。そうするとバディが元の世界に置き去りになってしまうわけだ。


 そう言えば、今宮麗華が言ってたな。運命共同体って。多重世界で唯一の存在だって。一人で別世界に分離したら、確実に彼女と別れることになる。さすがに、それは嫌だ。必ずバディで遷移するようにしよう。

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