第8話 儲かり過ぎだ!
十年後の神海探偵社に共感遷移して、俺は自分が正式な共感エージェントとして働いていることを知った。つまり、正社員だ。小さい会社の。
「何言ってる、小さい会社じゃ無いぞ」
小さくない会社、神海探偵社のトップ神海意次は言った。どの辺が小さくないのかについては言及しない模様。
「まぁ、なるべく控えめに存在しているがな」と言って笑った。
そういや、そうだな。なるべく穏便に、波風立てないようにだったな。態度はデカいが。
「まぁ、それはいい。ところで、早速だが依頼がある」意次は仕事の顔で言った。
* * *
意次が言うには、神海一族の家電メーカーが儲かり過ぎたらしい。
実はこの会社、家電メーカーというのは隠れ蓑で実際は一族のための高度な電子機器を開発・製造している。しかし、一応家電メーカーとしても振る舞わないとまずいので新製品は出しているのだそうだ。それが思いのほか売れてしまったのだという。
「思い切り目立っちゃってな。利益を出し過ぎるとハイエナのように色々集まって来るんだよ」
意次、結構凄い事言ってるぞ。大丈夫か?
「そうなんですか」
「うん。場合によってはオイシイエサになってしまう訳だ」
ああ。特に新興企業とか、弱小企業とかは気を付けないとね。
「なるほど。よろしくない相手も集まってくるわけですね」
「そう。単なる競争相手としてならいい。うちは沢山ヒット商品を出せるような会社じゃないから見逃されるんだが、金が動くといろいろ引き寄せるわけだ」なんか、はっきり言うな。
「ははぁ」
「でだ。開発をした時点に飛んで微妙に売れる程度の製品にしてほしいと伝えてきてほしい。これが今回の依頼だ」
「分かりました。製品名と売れた数だけ伝えればいいんですね?」
「そうだな。微妙に頑張れと」
「びみょうですね?」
「びみょうだ」
* * *
共感定期便の最大の特徴は、ただの伝達手段ではないということだ。ミッションが完了するまで付き合うことになっている。つまり、少なくとも、完了を確認するために再度未来へ飛ぶのである。
俺はさっそく三年前、つまり出発した時から見ると七年先の神海探偵社に遷移して、系列企業に依頼内容を伝えた。この家電メーカーは近くにあるので直ぐに担当者がやって来た。この街は神海一族主体で作られた街だからだ。
* * *
「売れ過ぎてしまったというのは本当ですか?」
「そうです。予定数量の上限まで売れたようです」
「まさか」
「その、まさかです」
「そんなに、優秀なのでしょうか?」横で聞いていた麗華が言った。
「えっ? もちろん、うちで出すからには製品は優秀ですよ。あまり目立たないように、突出した機能はありませんが丈夫で長持ちです」
神海美里は自慢げに言う。プライドを持ってるようだ。
「象が踏んでも大丈夫?」
「何でしょうか?」神海美里は知らないらしい。
「なんでもないです。じゃぁ、売れても当然なんですね?」
「ええ、まぁ。でも、スペックで比べたら、うちは見劣りすると思います。目立った機能がありませんから」
「なるほど。堅実さが受けたんでしょうか」
「どうでしょう?」
「だとしたら、低スペックにすればいいんじゃないですか?」
「それは出来ません! とんでもないです。製品を出す以上、責任というものがあります」と美里。
隠れ蓑だとしても真面目に作っているらしい。そりゃ、そうか。不良品なんか出したら、逆に目立つしな。
「そうすると、スペックはそのままに見た目を微妙にするとかでしょうか?」
「なるほど。そうですね。それなら、いいかも知れません」
「この際だから、思いっきり趣味に走ってしまうとかどうでしょう?」
「あら、面白いわね」
神海美里は、ちょっと興味を持ったようだ。
こうして、おちゃめというか、子供受けするような模様の電子レンジが出来たのだった。だが、話はこれで終わらなかった。
* * *
「更に、売れてしまったんですか?」
神海美里は信じられないという顔で言った。ただ、ちょっと笑みがこぼれる。
「はい。更に二倍の売れ行きになったそうです。予約で一杯です。ごめんなさい」
けし掛けたの俺だしな。
「いいんです。そうですか。私の趣味が認められて、それはそれで嬉しいですね」と神海美里。
さすがに開発担当だ。センスがいいのかも知れない。そうなると、どうやってもダメかも。
「美里さんがデザインする限り売れちゃいそうですね」
「そうでしょうか」
「分かりました。じゃ、俺がデザインしましょう」
「ホントですか?」
「はい。もう、事務的というか、機能本位というか、シンプルでつまらない奴にしましょう」
そう言って、俺がデザインして渡した。まぁ、全く売れなくて困るかもしれないが。
* * *
「また、売れちゃったそうです」と報告する俺。
「まぁ、龍一さんのデザインも受けたんですね」と美里。
「何ででしょうね」
俺なら買わないと思うんだが。
「きっと、正直な感じが良かったんだと思います」
「ううん。でも、そうなると。あ、麗華やってみるか?」
俺は、隣にいた麗華に声を掛けてみた。
「えっ? 私? いいの? これでも私、美大に行こうか迷ったくらいだから売れちゃうかも」
行くの止めたのに自慢するんだ。
「そうなのか? じゃ、芸術っぽいデザインにしてみたら?」
「えっ? 電子レンジっぽくなくなるけど」
「いいのいいの」
「そう言うことね。わかった」
結果から言うと、微妙に売れたそうだ。
無名メーカーとしては受けたというような数だったらしい。麗華も微妙な表情だった。美大止めて良かったかも?
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