第6話 遷移訓練2
俺は遷移に移行するまでの時間が異常に短いらしい。
異常というと悪いように聞こえるが、優秀ってことだ。ほんとかよ。
「遷移移行時間が短いってことは、それだけ適性があるってことだ。負荷が軽いのかも知れない。まるで、いつもやってたようだな」
意次は、俺が書いた遷移レポートを読みつつ言った。
俺の中で何がどうなると未来へ飛ぶのか分からないので、なんとも言えない。
横になってはいても寝たわけじゃない。意識がある状態で未来へ飛ぶのだが、一瞬ふわっとした感覚があった後はちょっと暗転しただけですぐ目覚める。もしかすると、その時に意識が飛ぶのかも知れない。だから時間といっても感覚でしかない。
未来の自分からすると、何かをしている自分がいてそこに過去から遷移して来た意識が重なる感じだ。その時やっていたことはそのままに、過去から来たという記憶が上書きされるような感じらしい。過去も未来も自分なので、特に違和感はないし障害もない。重なって来た過去の記録はもともと持っているものがほとんどだからな。
「料理が旨かったのか!」と意次。
もちろん、俺のレポートを見ての話だ。
「何か問題ですか?」と俺。
「いや、羨ましいな」と意次。
「あら、何かしら?」と希美。
ちょっと微妙な空気だ。
「日時も、適切だな」と流す意次。そこ、流していいのか?
「次の定点の調査もちゃんとしてるな」
希美はちょっと睨んだだけだった。
「はい。特に記憶に残らない普通の日だったので簡単でした」
「うん。それにしても、意識がしっかりしているようだな」
未来へ遷移した俺の意識のことを言っているらしい。
「いや、遷移した後は、未来の意識と重なるから、ちょっと混乱する人も多いんだ」
意次は、そんな説明をした。今までの人は、どんな風に混乱したんだろう?
「そうなんですか?」
「ああ、普通は過去から行った意識のほうが混乱する。まぁ、普通に生活してて過去から飛ばれて混乱したらやってられないがな」
それはそうだろう。飛ぶほうは心の準備をしているが、飛ばれて憑依されるほうは予定外の事だ。そういう場合の両者の調整は技術を確立する段階でやっている筈だ。
「未来の人間は普通、どう感じるんですか?」
俺は確認のために聞いてみた。俺は普通とは違うっぽいしな。
「大抵は、ああ、過去から来てるなと気付く程度の筈だ」
「なるほど」それでも、うざいだろうな。
「ただ、遷移したほうは、過去の自分の意識と未来の意識がミックスされる。しかも、未来の情報のほうが強い。まぁ、過去の自分は寝てるのもあるがな。だから混乱する」
そう言うことで、横になってるのか。確かに、未来に飛んでいるときに過去の自分の情報は不要だな。
「俺は、特に困りませんでしたね」
「そうか。それはいいことだ」
もしかすると、食後の旨かった満足感で始まったのが大きいのかも知れない。飛んでいきなり好きな人の旨い料理を食べた直後なのだ、機嫌がいいに決まってる。
あるいは、目の前に旨い料理があるという状況だった。選んだ定点が良かった。思えば、人間にはこういう時間が必要なのかも知れない。当然のように訪れる幸せな時間が。
少なくとも、そういう時間がある俺は遷移しやすいという訳だ。麗華がそういう時間を作ってくれているのだ。俺は、思わず麗華を見た。麗華はきょとんとしていた。
* * *
「次の訓練は自由遷移だ」教官の意次が宣言した。共感の教官か。面白いな。
「なんだ? 何かあるのか?」
「いえ。何でもないです」意外と感が鋭いな。寒いギャグは止めとこう。
今回の訓練は、定点遷移した後で別の時間に遷移するということだった。遷移した後、日時を細かく調整する訓練らしい。要するに、行った先が目的に合ってない場合などに日時を調整する訓練だ。
また、一発で目的の遷移ポイントへ飛べたとしても、現地で複数のポイントの情報が必要な場合もある。何度も出発点に戻るのではなく、数回小さく遷移して情報を集めてくるわけだ。
「これは、ちょっと難しいぞ。今宮もちゃんと見ててやってくれ」
「任せてよ!」麗華も真面目な顔で……というか、自信満々で応えた。
「しっかりね」と希美。優しい。
「分かりました」
* * *
意次は難しいと言ったが、俺は特に難しくは感じなかった。
既に別世界に行ったことがあるからかもしれない。あの時は、寝ていて夢を見ていた訳だからちょっと違うが、感覚的には幽体離脱だ。
具体的には頭の中で「遷移トリガー」と言うだけだ。つまり、最初は麗華の持つ共感起動装置が必要だが、一旦共感状態になると遷移トリガー自体は自由に使えた。というか、言わなくても遷移出来るようだった。気付いたら遷移していたことが一回あったのだ。
俺は、何度か遷移トリガーで時間を移動した。訓練なので直ぐに遷移せず、一応意味のある行動をしてから移動した。
意味のある行動というのは、あとでレポートに書ける内容ということだ。可能な限り5W1Hを把握するわけだ。例えば、行動は「自動ドアを潜った」程度なのだが、日時と場所を正しく認識するまでには意外と時間が掛かるのだ。なるべく手出しはしたくないし。
複数回の遷移に特に障害は無かった。
唯一気になる点としては、暗転している時間だ。何かと言うと、遷移する時の暗転している時間が長いときと短いときがあるのだ。これは、そう感じるだけかもしれない。ただ、支障があるというほどではない。もしかすると、この暗転している時間が人によって違うのかも知れない。
もっとも、長時間暗転してたら嫌だなとは思う。暗闇に閉じ込められるのと同じだからだ。
「遷移離脱!」そう言って俺は出発した時間に帰って来た。
* * *
「ちょ~早いんだけど!」遷移から戻って起き上がると、驚いた顔の麗華がいた。
「そ、そうなのか?」
「だってほら、三分しか経ってないよ」麗華は時計を見てそう言った。
「嘘だろ? 五回遷移したんだぞ? それぞれ三分としても十五分は経ってると思ったんだけど?」
「それでも早いけど」
「そうなのか? 何でだろうな」
とりあえず、共感遷移のレポートを書く俺。忘れないうちに書かないとマズい。
「私がやってたら、三十分以上は絶対掛かる」
そんなことを話しながら仮眠室から出た俺は、やっぱり驚いた顔の神海バディに迎えられた。
「お前! まさか、さっきの課題終わったのか?」
「あ、はい。ちょっと早いみたいですね」
「いや、ちょっとじゃないよ。レポート見せてみろ」
意次は俺の手からレポートを奪い取った。
「問題は無かった?」
希美が心配そうに声を掛けてくれた。
「はい。お陰様で」
「そう。なら良かったわ」
希美は、安心したように笑った。
「なるほど。確かにな」
意次は、ざっとレポートを読んだようだ。
「目標の日時には飛べたと思いますが、秒数までは記憶していません」
「そこまでは無理だ。これで十分だ。実際はミッションが成功すれば、細かいことは関係無い」
「そうなんですか?」
「ああ、そんなに正確に飛べる奴もいないからな。最初でこれは異常に正確だぞ」
「はぁ」
「ほんと信じられない。っていうか、未来で過ごした時間より短いってどういうこと?」
麗華が驚きの声で言った。バディだから、尚更気になるようようだ。
「そうなのか? う~ん、確かにな。理由は分からんが」と意次。
「ねぇ、もしかして……」
希美が何か気が付いたように言った。
「うん? いや、そんな筈はないだろ」
「でも、それ以外考えられないでしょ?」
「うう」
神海意次と神海希美は何かを知っているようだ。
「なんですか?」ヤバそうな雰囲気に俺はビビりながら聞いた。
麗華も真剣な表情で聞いていた。
「いや、違うと思うが。遡及現象の可能性がある」
「遡及?」
「いや、違うとは思うんだが、とりあえず情報だけは上層部に上げておく」
「遡及現象ってなんですか?」
「ええとだな。中央研究所の人間しか詳しい話は知らないんだが、共感遷移でこういう遷移時間が極端に短いケースがあるんだ。それを遡及現象と言っている。稀にしかないがな」
「まんまですね。何がおこってるんです?」
「ああ、つまりだな。遷移で未来の時間を経過して戻ると、同じ時間だけこっちでも経過している。これが普通だ」
「そうですね」
「だが、お前の場合は、想定時刻より前に戻ってると思われる。つまり、帰ると同時に過去に遡っている訳だ。まぁ、最後に遡及するのか全体に時間が縮むのか、まだよく分かっていない
」
「遡及か」
「あ、後で研究所から呼び出しが来るかもな」
意次は、そんな嬉しくないことを言った。俺って、その研究所でモルモットにされるのか?
「モルモットは嫌だな」
「いや、そんなことはしない。詳細は聞かれるだろうがな。今はまだ、案件を記録している段階だそうだ」
「そうすると、龍一の場合、大体時間が十分の一になってるわけね?」麗華が言った。
「あ? ああ、そうとも言えるな」と意次。
「つまり、龍一は未来で十倍の時間を生きて来たってこと?」と麗華。
「そ、そうなるのか?」
「ほ~っ」と意次。
「まぁ!」と希美。
「お前、とんでもないな!」と意次。
いやいや、そんなこと言われても俺は知らないし。てか、俺を誘った麗華のせいに違いない。麗華を見ると、『玉手箱はないのかしら?』とか言ってる。
ね~よ。未来は竜宮城かよ。ってか、
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