第5話 遷移訓練1
翌日も、俺と今宮麗華は探偵社を訪問した。
大学は既に春休みに入っている。
「仕事は、必ず『バディ』と共に、つまり二人で行う。まぁ、今は起動装置を持ってるのが麗華だけだから一人では飛べないが、決して一人で飛んではいけない」と神海意次。
「飛ぶことは飛べるんですか?」
「ああ、だが危険だ」
「危険?」
「そうだ。世界がな」
なるほど。
「二人で行動するのは、飛んでる最中はバディが監視を担当するからだ。本人は知らないで世界に影響するようなことをしてしまう場合がある。そのときは、バディが君を引き戻す」
「ずっと、見張ってるんですか?」
「いや、違う。起動した人間は未来へ飛ばないだけで共感はしているんだ。君の状態をモニターしている。寝ていても君に何かあると気が付くようになっている」
なるほど。さすが、運命共同体だな。うん? 共感?
「もしかして、未来で俺が何してるか分かるとか?」
「いや、さすがにそれは分からない」神海が笑って言った。ちょっと安心した。
「なになに?」
横から今宮麗華が突っ込んできた。横でお茶を飲んでいるだけではなかったようだ。
「俺のケーキも食べていいよ」
「そう、ありがとう」と言いつつ、ちょっと怪しい目をした。
「あら、なら、こっちもどうぞ」
神海希美が別のスイーツを持って来て麗華の横に座った。女性陣二名か。
「いえ、わたしはもう十分」と麗華。ちょっと我慢している?
「横にいるのが麗華ちゃんで安心よね?」希美はそんなことを言った。
あれ? もしかして、希美さんって意次のバディなのか?
「希美さんって、ボスのバディ?」
「そう。私は、意次のバディよ」希美は嬉しそうに言った。
「そう言えば、まだ言ってなかったね」麗華は暢気に言った。
意次は、ただ希美が持って来たスイーツを食べていた。
* * *
「そういえば、未来へ飛ぶ人間はバディのどっちか決まってるんですか?」
「ん? ああ、そうだな。内容によるな。特に決まってる訳じゃない」
意次は、スイーツを食べる手を止めて言った。
「大丈夫なんですか?」俺はちょっと心配になって言った。
「いや、だからスパイとかじゃないから。女性じゃ危ない事とかしないから」と意次。
「あ、麗華ちゃんのこと心配なんだ」と希美が軽口を叩く。
「え~っ? ほんとかな~っ」麗華もふざけて言うが、ちょっと嬉しそう。
「いや、だって」
俺は何て言っていいか分からなかった。
「まぁ、龍一君は、まだ正式なミッションをやってないから実感湧かないだろ」と意次。
「そうね」と希美。
「確かにね」
「そうだよ」
麗華のことは、もちろん心配だよ。
* * *
「さて、じゃ訓練の話をしよう」
昼食後、お茶して和んだあと意次は言った。
俺達は、奥の部屋に移動していた。そこは仮眠室と言っているが実は遷移室で、事務所以上の広さがあった。
ドアを入ったところにホワイトボードと会議テーブルがあり、奥には二人部屋の仮眠室が三つあるという構造だ。
俺達は会議テーブルについた。
「今日やってもらうのは、定点遷移だ」意次が言った。
共感能力で意識を未来へ飛ばすことを『共感遷移』と言うのだが、定点遷移は『共感遷移』で未来のある特定の日時に行ってくることだ。
「遷移先は10年後、9年後、8年後の三つだ。それぞれ一回行って来てくれば終わりだ」
「行った先で、何かしなくていいんですか?」
「何もしない。俺達の仕事の基本は、『未来へ行って、見て、帰ってくる』ことだ。ただ、そこで見たものをよく覚えて来てくれ。帰ったら見たものを記録する。俺達の能力では、記憶することは重要だ。これは、正確な点への遷移と、未来の情報を収集してくる訓練だ」
「分かりました」
一口に記憶と言っても、覚える内容によって違うだろう。ちょっとゲームっぽいなと思った。
さっそく、俺は今宮麗華と仮眠室へ入った。
そこは、仮眠室というには明るく広い部屋だった。ただ、シングルベッドが二つと小さいテーブルが置いてあるだけだが。
「まるで、ビジネスホテルだな」
そうは言っても水道などは無い。
「仮眠室としては、上等でしょう?」
「そうだな」
俺は服を着たまま横になった。ベッドと言っても薄い毛布があるだけだった。
「じゃ、まずは、10年後。一番遠いポイントへの遷移ね。次に飛ぶ9年後のことも調べて来てね。」
「了解」
共感能力で遷移するポイントは、遷移トリガーでは指定できない。遷移する者が自分で探し当てるしかないのだ。
「帰る時は『遷移離脱』だからね! じゃ、いくわよ。遷移トリガー!」
今宮麗華は『遷移トリガー』を起動した。何処にあるのか、まだ教えてもらっていない。
俺は、再び十年先へと遷移した。ただし、就活していたときとは違う世界に移っている。ちゃんとした会社に就職している筈だ。
* * *
気が付いた時は、夕食を食べた後らしい。ほぼ狙った通りの時間帯だ。
キッチンには今宮麗華がいた。どうも、俺達はうまくいっているようだ。テーブルに置いているのは仕事関係の資料らしい。俺はタイトルだけを読んだ。
そして日時を確認し、一年前の自分を思い出したあと帰還した。
帰るのは簡単だった。『遷移離脱』と頭の中で言うだけだ。これで、なんでうまく行くのかは分からない。いつの間にか何かを埋め込まれているのだろうか? 就活の情報を得た時は『遷移離脱』とは言っていない。麗華が引き戻したようだ。あの時は、戻る前に寝てしまったのでさらに別の世界へ遷移してしまった。ということは、明確に意識すれば帰れるような気もする。
「早~い」俺が目覚めたら、今宮麗華が驚いた声で言った。
「お前が作った夕食を食べた」
「あら。美味しかった?」
「うん。ただ、満足感しか残ってなかったのが残念だ」
「なんだ、食べたわけじゃないんだ」
「ああ、もうちょっと前に飛びなおすか」
「だめよ。今回は定点遷移なんだから」
「そうか。後は、日時がわかった。それと、仕事の資料があった」
俺は一通り記録を取ったあと、再び横になった。そして、9年後、8年後と順に飛んだ。
遷移は順調だった。同じ夕食時を狙ったので、今宮麗華の料理を食べられることもあった。今でも時々作って貰ってるが、さらに腕を上げていた。
「私も食べたかった~っ」
「いや、お前が作るんだけどな」
「そうだった」
「更に旨くなってたよ」
「ふふ。頑張ってるんだ」
「そうだな」
そんな話しをしながら部屋を出ると、会議テーブルにいた神海意次と希美が驚いた顔で俺達を見た。いや、自分達だけでおやつを食べてるのを見付かったような顔するなよ。
「どうした? おやつ食べるか?」
「何か忘れ物?」
「いえ、三回飛んできました」
「まじか」と意次。
「ホントなんです」と麗華。
「凄いわね」と希美。
「何が?」
やっぱり早かったらしい。俺としては他の人が何処で時間が掛かるのか分からない。もしかして、遷移するのに時間が掛かるものなのか?
とりあえず俺達は、おやつを食べてから考えることにした。
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