第4話 共感能力

 よく分からないが、俺は神海探偵社の臨時社員になったらしい。怪しい探偵社だが。

 いや、探偵社はみんな怪しいのかも知れない。


 ともかく、次に神海探偵社に出社して呆れたのは、意次の席の後ろにこんな額縁を掲げていたからだ。


 『なるべく穏便に、波風立てないように』


「これ、社訓か何かですか? この間、こんなこと言ってましたよね。まさか即席で描いたんじゃないですよね?」


「何言ってるんだ。当然、さっき書いたばかりだ。なかなか名言だと思うぞ」


 神海意次は悪びれもせず言った。

 これが、社訓だというなら、いつも波風立ててるのか?


「そんなことより、仕事の話だ」


 意次は俺の考えなど気にせず話始めた。

 俺は意次の前にある接客テーブルに座って、神海希美が淹れてくれたコーヒーを飲みながら彼の話を聞いた。


  *  *  *


 分かってはいたが、ここは探偵社ではない。

 探偵社と一応看板には出ているが、一般の浮気調査とかは受け付けていない。探偵社の看板は単なる隠れ蓑というわけだ。

 一応、申し訳程度にそれらしいこともするようだが、それはついでだという。


「まずは、俺達の能力について、ちゃんと知っているか確認する」と意次。

「はい」

「その後、この能力の訓練をする。使い方や注意事項もあるしな」

「なるほど」


 なんだか今更な気がした。それって、使う前に言うんじゃないのかな?


「ミッションをこなすのはその後だ。その時までに仲間に入るのかどうか考えておけ」

「わかりました」


 ミッションは正式な一族に加わってかららしい。つまり、それまでは仮採用のようなものなのだろう。


「じゃ、まずは、能力についてだ」

「はい」


「俺達は、特殊な能力を持っているが、この能力には二つの要素が必要だ。人間に備わっている性質と、能力を起動する装置だ」

「装置ですか?」


 俺は、驚いた。超能力みたいなものはともかく、麗華がそんな装置を使ったところを見ていないからだ。


「起動装置については、正式なミッションをこなすまでは明かせないし渡せない」


 隠れて使っていたのか?


「分かりました」


 その装置を使ったから俺でも能力を使えたのかもしれない。


「ただ、君には既に特殊な能力が備わっていたのも事実だ。これがもう一つの要素だ。少なくとも、その性質を君は獲得していた」


「特殊な性質ですか?」いつの間に?

「そうだ。世界を渡れる性質だ。これについては、出来る者と出来ない者がいる。理由はまだ研究中で分からないが、君が出来る事は証明された」


 確かに、俺は未来に飛べた。

 もしかして、飛べなかったら冗談で済ますつもりだったのか? 俺は麗華を見ると頷いた。


「そうなんですか」

「それ自体は、それほど特殊という訳ではない。単なる、性質だ」


 なんだ。脅かすなよ。俺は特殊な人間かと思うところだったぞ。


「ただし、だからと言って、今の君が普通という訳でもない」どっちだよ。


「この能力を知ってるし、ちゃんと使えたからな」


 意次はちょっと含み笑いのような表情をした。

 ちゃんとって? この能力ってコントロールが難しいのか?


「もしかして危険なんですか? 後遺症が出るとか?」

「肉体的には危険はないが、精神的には負荷が掛かる場合もある。そういう意味で適性が必要だ」


「適性がないと、ちゃんと使えない?」

「そうだ。そして、君がこの能力、詳しくは『別世界共感能力』と言うが、この『別世界共感能力』を正しく使えることも分かった。起動装置があれば、未来へ飛んで活動することが出来る」


 意次は『正しく』を強調するように言った。


「もしかして、飛べることは飛べても、違ったところへ飛んでしまう人もいるとか?」

「おう、感がいいな。そういうことだ」


 なるほど。俺は未来へ飛べるだけじゃなく、目的の日時へ飛べたからな。思惑と違う未来へ飛んでも意味ないからな。


「確かに、十年後の自分と言っても漠然としていますしね」

「そういうことだ。知らない場所に行くのが難しいのと同じで、知らない未来を探索するのは難しい。ナビでもあれば別だがな」


 過去なら、昨日の出来事、おとといの出来事と思い浮かべられるが未来はそうじゃない。


「まだ見ぬ未来の適切な時間に飛んでミッションをクリアするというのは、簡単な事じゃないんだ。だが、初めてなのに君は必要な情報を得て帰って来た」


 横道にそれたり混乱もしたけどな。


「つまり、君は特殊な性質と、ミッションを実行する能力を証明してみせたという訳だ」


 何故か、ドヤ顔の意次。


 そうか。使った時間はともかく、今思えば確かに簡単では無かった。

 麗華に言われるまま飛んでただけだけど、俺がミッションをクリアしたのも事実だ。


「単純にはいかないケースもあるんですか?」

「そうだな。何か思い当たるのか? 飛んだ先でどう動くかは、自分だけが頼りだからな」

「そうですね」


「まぁ、今日はこんなところだ。その気があれば続きをやろう」


 神海意次はそう言って、今日の話を締めくくった。

 確かに、結構やばい話を聞いたと思った。今後のことは良く考えないとな。


  *  *  *


 色々聞いてしまったので、帰って自分の中で整理する時間が必要だと思った。

 だが、帰る前に確認したいこともあった。俺は、希美が入れてくれたコーヒーのお代わりを飲みながら聞いてみた。


「この能力は、他人にも飛べるんですか?」


「いい質問だ。この能力の飛び先は自分だけだ。他人には飛べない」意次は即答した。


「ということは、俺がいる時間にしか飛べないと言うことですね?」

「そういうことだ。その意味で、この能力を使っている限り、不慮の事故で死ぬことは無い」


 あっ、なるほど。未来に自分がいるんだからな。

 そうか、そう考えると、これはとてつもない能力だと思った。未来が普通にあるのなら、それまでの時間は保証される訳だ。

 この能力を得るためなら、人はどれだけ大枚をはたくだろう?


「な? 凄いだろ?」


 意次は俺の考えを見透かしたように言った。たぶん、俺は相当驚いた顔をしてるんだろう。


「ただし、この世界の未来へ飛んでいる限りはだ」


 ん? この世界? そういえば、多重世界がどうとか?


「あ、そうか。別世界の俺に飛ぶことも出来るんだ」

「そういうことだ。まだ君は経験していないだろうが、別の世界の自分に飛ぶのは、非常に難しいんだ」


 この世界とは違う別の世界の俺に飛ぶ。それって……。


「別の世界の俺が事故死してる場合は?」


 ちょっと思い付いてしまった。


「その場合は飛べない。その世界には飛べないことになる」


「なるほど。自由に別世界に飛べる訳じゃないんですね」

「そうだな。むしろ『限定的に飛べる』と考えたほうがいい」


 別世界へ飛ぶのは、たぶん問題ないだろうとは思った。

 最初の共感遷移で見た上条絹との夢のことだが、今思えばあれは別世界に行ったんじゃないかと思う。


 意次の顔つきを見るに、下手なことをしたら世界から消されるといった類の話なんだろう。この能力を使って別の世界に干渉しようとする訳だからな。

 でも、それなら十分危険な能力だよな?

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