第3話 薄い探偵社
かなりヤバい話を聞いてしまった。
今宮麗華が『薄い人間』ってなんだ? いわゆる超能力者とは違うのか? そもそも、俺にあんな凄い能力を使わせて良かったのか? 彼女に何の得があるというんだ? 一族に利益があるのか?
「そうね。だから一族に入って貰うってことよ」
「入って貰う?」
「私達、一族の人間を増やしたいのよ」
「なるほど」
確かにな。ちゃんと付き合うって、そう言う意味だよな。普通に男女の結婚とかでも昔はそういう意識だったようだが、この場合はそれ以上の事だろう。
「私達は特殊な一族だから、一族を存続させるのは繊細で難しいのよ。力を使いすぎると消されるし、かといって仲間を増やさないと滅亡するし」
「ああ、確かに人口を維持しないと文明は崩壊するよな。そういう話だろ?」
「そういうこと。民族の文化を維持することが重要なの」
俺はどうすべきだろう。確かに彼女を失いたくない。だけど、普通に女子と付き合うのとは違うのだ。しかも、あの能力は中途半端な気持ちで使っていい能力では無いようだし。
就職先を選ぶ手伝いをしてくれたのは嬉しいが、ここは断るべきだろうか? あまり、深く関係する前に彼女と別れるべきだろうか?
* * *
彼女との付き合いをどうしようか思いあぐねている俺をよそに、彼女は神海探偵社という怪しい会社に俺を連れて行った。そこは繁華街から少し外れた雑居ビルにある冴えない事務所だった。すぐ前にある公園で遊ぶのだとばかり思っていたんだが。
「なんだここ?」
訝しむ俺に構わず、今宮麗華はすました顔で入ろうとする。
「就職も決まったことだし、息抜きよ息抜き」
いや、決まってないけど? 止めただけだし。てか、息抜きで探偵社に来る奴はいないんじゃないか?
「こんにちは~っ」
麗華は、かまわずドアを開けて気安く声を掛けた。
「あら、麗華さん、いらっしゃい」
中から明るい声が聞こえた。どうも、顔見知りらしい。
「ボスいる? 新人連れて来たわよ」
ボスって? 新人ってなんだ?
「おう、いるぞ」
パーティションの先から、ちょっと渋い声が聞こえた。
「新人ってなんだよ」
「いいから、いいから」いや、全然良くないだろ?
ボスというかパーティションの先にいたのは三十歳くらいの無精ひげを生やした男だった。男は、俺に接客用のテーブルを勧め、自分も俺の目の前に座った。
「
いや、何も知らないのに、よろしく出来ないんだけど?
「こうみ?」
「意次だ」
「おきつぐさん?」
「あれ? 何も説明してないのか?」
意次は俺が微妙な顔をしているのを見て言った。
「うん。全然」と麗華。
「なんだよ。酷いな」麗華にそう言ってから俺を見た。
「それは、済まなかったな。君の就職先の話は今宮から聞いている。俺達は彼女と同じ一族の者だ。これからこの一族の話と、この探偵社のことを話そうと思う」
「ちょ、ちょっと、待ってください。まだ、彼女と付き合うと決めたわけじゃないんです」
「そうなのか?」と意次。
「そうなの?」と麗華。
「まぁ、そうなの?」受付の女の子だ。
「えっ?」
「あら、ごめんなさい。私は、
受付の子も自己紹介した。
「もしかして、奥さんですか?」
「いいえ。意次の義理の従妹よ」
なるほど。一族の人間ってことか。俺達って言ってたもんな。
「もちろん、今宮さんも神海一族よ」希美は、そう補足した。そうなんだ。
「はぁ」
「彼女に不満があるのか?」と意次は難しそうな顔で聞いた。
「いえ、彼女に不満なんてありません」
俺は正直なところを言った。不満があるなら、付き合ってない。
「ああ、俺達の一族に関係すべきか迷ってるってことか」
「そうなの?」と麗華。
「まぁ」と希美。
いや、そこは普通迷うとこだけど? なんでびっくりするんだろう?
「そうか、そういう奴もいるんだな。俺なんか、聞いた途端に飛びついちまったよ」意次は言った。
この人も誘われた一人らしい。確かに、あの能力に魅力はある。いや、魅力があるなんて程度では無いかも知れない。正直ちょっとわくわくしている。だが、もしかすると自分は能力に溺れてしまうかもしれないという恐怖があるのも確かだ。
「すみません。どこか麻薬のような感じがして」
俺は、ちょっと言い訳のようなことを言った。
「ああ、なるほどな」そう言って意次はちょっと笑った。分かるのか?
「確かに、大金持ちになれそうな誘惑はあるわよね」と麗華が言った。いや、それもそうなんだが。
「ふふ。そうね。強い意志が必要なのは確かね」と希美。
「大丈夫よ、私が隣にいるじゃない!」と麗華。
確かに無制限に能力は使えないだろう。
「そうか。まぁ、無理強いは出来ない。じゃ、そうだな。もう少し、この能力に慣れてから決めればいいんじゃないか? 止めることはいつでもできるぞ?」
「えっ? そうなんですか? 一族を抜けたら粛清されるとかは?」と俺。
「ははは。そんなこと気にしてたのか。麗華、どういう説明してんだよ」と意次。
「え~っ、そんなこと言ってないじゃん。ああ、一族の運命に関係するって言ったから?」
「うん。裏切ったら大変なことになるんじゃないかって」
「マフィアじゃないから」と麗華。
「まぁ、敵対行動というか、ルールを無視して行動するとマズい事にはなるかもな」意次は、真面目な顔で言った。
「消されます?」
「あ? いや、消されるとしたら世界からだ」
「世界、からですか」
相手がでかすぎるんだけど? そこ、心配にならないの?
「まぁ、落ち着いてくれ。話がでかくなってしまった。普通は、そんな事は無いし、常に気にしているわけじゃない。あ、希美、彼にお茶を出してやってくれ。何か甘いものも。」
「あ、ごめんなさい。つい夢中になっちゃって、ちょっと待っててね」そういって、希美は奥に行った。
いや、甘いものに騙されないぞ?
* * *
「俺達は極端なことはしないんだよ。なるべく穏便に、波風立てないようにしている」
神海希美が淹れたお茶を一口飲んで意次は言った。
「でも、あんな凄いことを」
「そこだよ。凄い能力だからこそ、目立っちゃダメなんだ」
「はぁ。こっそりとやる?」
「そう。それも、気にするのは人目じゃない」
「人の目じゃない?」
「いや、人の目もあるが、それだけじゃない」
「世界の目ですか?」
「世界に目は無い。あるのは存在確率だな」意次は、意味不明なことを言った。
「存在確率?」
「そうだ。世界の存在確率に大きく影響するようなことをすると、世界から弾き出されたり消されたりするんだ」なんだって~っ?
「なんか凄そうです。よく分かりませんが」
「そうだな、すぐに分かれとは言わない。だが、近くで今宮が教えてくれるから大丈夫だ」
本当に大丈夫だろうか? 麗華を見ると、うんと頷いた。いや、それだけで納得はできないぞ。
「ちょっと、危ない気がします」
「そうか。いや、その気持ちは大事だぞ。俺達の仕事は、その危険を回避することだからな!」
神海意次は、そう自分達の仕事を説明した。神海一族の危険を回避するために、この力を使うことが彼等の仕事らしい。
それも、控えめにだ。
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