第2話 薄い彼女
彼女、今宮麗華の能力は、より正確に言うと二つあると思う。
一つ目は「十年以内の可能な未来へ意識を飛ばすことが出来る」というものだ。ちょっと分かりにくいが、十年以内なら未来の自分に憑依できるということだ。しかも行先は『可能な未来』だ。これは未来が一つではないことを意味する。彼女は、そう説明した。
そして、もう一つは、彼女のこの特別な能力を他人に貸し与えることが出来ると言うものだ。一時的ではあるようだが、普通の俺でも能力を発揮できたのだから疑いの余地はない。まぁ、洗脳とかされてなければだが。もっとも、破って捨てた馬券を後で確認してみたが、嘘じゃ無かった。というか、一枚だけ使えるものがあったので、後でこっそり換金してみた。その馬券は、ちゃんと換金出来た。まぁ、利益は出ていない。てか、交通費がマイナスだ。
なんにしても、今宮麗華の能力は俺の常識を覆していた。
俺は未来は一つだと思っていたが違うらしい。沢山ある未来の中から、自分が一つ選択するという意味では未来は一つだ。しかし、選択しなかった世界も同時に存在するのだという。その世界では俺は別の会社を選択しているというわけだ。色んな俺がいるらしい。
今回は、十年後の俺に飛んだ。そして、その結果、会社が倒産するのを知った訳だ。初めて能力を使ったこともあり、必要な情報を知るのにちょっと苦労した。何度もトライして一週間もかかってしまった。どうも、就職してしまうと会社の経営には無関心になるらしい。
「どう? 凄いでしょ? こんな情報何処からも入らないんだから」今日も俺の部屋に遊びに来た今宮麗華が自慢げに言った。
確かに凄い。これは未来予知というレベルを超えている。タイムリープとも違う。タイムリープは行った先々で世界を変えてしまうという。しかし、この能力は違う。麗華の話では世界に影響は殆どないという。意識が未来を垣間見て帰るだけだからだ。つまり未来の意識はちゃんと別にある訳だ。
世界に影響があるとしたら、未来の意識に逆らって強引に行動したときくらいだという。もちろん持ち帰った情報をもとに新たな行動を取った場合には未来は当然変化する。
「なんでこんなことが出来るんだ?」
「ううん、まだあまり詳しくは言えない。私の家系に関係する能力というところかな?」家系ということは、こんな能力持ちがゴロゴロしてるのか。凄いな。
「これ以上は、私と正式に付き合ってからでないと教えられないよ!」麗華は言った。まぁ、麗華のことは好きだし俺は付き合ってると思っているけど。この話を聞くと、そんな軽い付き合いという意味でないことは明らかだ。家系と言っているが、多分一族とかだよな? 内容的に、相当ヤバイ種類の話だ。もう既に、帰り道は断たれている気もする。
「あ、もちろん、私と別れると、この能力は使えないからね」
「うん、それはそうだろう」俺にこんな能力は無い。
「私がいないと起動できないから。おとぎ話でしかなくなる。だれも信用しないでしょうね」
俺は、麗華と付き合うかどうかより、その先にある俺が経験することになる世界が気になっていた。とてつもない能力なのは確かだ。
* * *
次の日の朝、麗華が作ってくれた朝食を食べたあとコーヒーを飲んでいたが、話題はやっぱり昨日の話になった。
「なぁ、この俺に、あの能力を使わせる代わりに付き合えってことじゃないよな?」俺はちょっと気になっていた。
「そんなわけないでしょ? スイーツと一緒にお金もあげるようなものじゃない」
「ん? お前ってスイーツなのか?」
「違うの?」
「スイーツです。ごめんなさい」
「自惚れは、身を亡ぼすわよ」
「ごめんって」
「ふふ。私と付き合うのが条件なのは、運命共同体つまり一緒に世界を渡るからだけど。それだけじゃないの」そう言って麗華は、ちょっと真顔になった。
「私はあなたが飛んでいる間、見守る必要があるのよ」
「寝ている俺を見ている?」
「そう。あなたが安全に能力を発揮するのをね」
「隣で寝てるだけかと思った」
「寝てるけど、近くにいなくちゃだめなのよ」
「そうなんだ。っていうか、あれって危険だったのか?」
「そりゃそうよ。リスクなしで、こんなこと出来るわけないでしょ?」
「知らんけど。ってことは、俺は俺の都合でお前に負担を掛けたってことだな?」
「今回はそうね。実は、私達一族にも影響があるの」
「まじか。そういうことは、最初に言ってくれよ」
「うん。でも、初めから言うと委縮してしまうでしょ?」
「そうだけど」
「もちろん、今回のことは責任を感じなくていいのよ」
やっぱり大変な話らしい。
「俺の、将来のために使っていい能力だったのか?」
「そりゃ、あなたにだけ利益があるようなことならダメね。今回のことは私や一族にもいい影響があるからいいの」
「そうなのか? 良く分からないな」
「この能力はね、特定の個人の利益を追及するのは禁止されてるの。例えば、馬券を換金するとかね」あれ? 換金しちゃったよ。ヤバイのか?
「なんだよ。一番おいしいところだろ?」
「そうね。だから問題なの。そういう事に、この力を使うと。消されるの」
「なに? そ、組織に消されるのか?」そんなヤバイ組織なのか? マフィアとか?
「あはは。違う違う。そんな、優しい話じゃないの」と麗華。
マフィアの何処が優しいんだろう?
「世界から消されるの」国際的マフィアか?
「へ? 世界?」
すると麗華は、俺に向き直ってから言った。
「私達がいる、この世界から消されちゃうのよ」
「それって、俺がいなくなるってことか?」
「そうね」
「物理的に?」
「そう。ただし、今、意識がある世界からだけどね」
なんだかすごい話になって来た。
「ちょっとでも、利益を得ちゃだめなのか?」
「いえ、そういうことじゃないの。ただ、それを許すと切りが無いし、放っておくと世界に大きな影響が出る。そうなると、世界から消されることがあるって話」
そうなのか。とりあえず今は大丈夫らしい。換金した馬券の金額は、こんど募金箱にでも放り込んでおこうと思った。
「別の世界の俺も生きているのか?」俺はちょっと気になったので聞いてみた。
「そういうことね」
「別の世界のお前も生きているんだよな?」
「あ、それは違う。私は別の世界にはいないの」
麗華は、よく分からないことを言った。だが、これは大事なことだと感じた。
「なに? なんでだよ」
「私は、この多重世界では一人しか存在できない。薄い存在確率の人間なのよ」
多重世界? 薄い存在確率? 何のことだ? 俺は何と遭遇しているんだ? 彼女は何者なのだ?
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