第18話 影と光

「急患です」

 ストレッチャーが走り回る。

 ある交差点で、人身事故があった。

 

 おれは、神御 導生(かみお みちお)24歳。

 大手とはいえない。しがない、中古車ディーラーの営業。


 営業用に、いかがですかと。絨毯爆撃のような飛び込み営業。

 最近はメーカーのリースや、残価設定ローンで、ズブズブというか変更ができない様だ。

 今日も断られ。駐車場へ重い足取りで向かう。

 営業中のパーキング代。うちって自腹なんだよな。


 そうぼやきながら、赤信号の点る横断歩道手前で立っていた。

 左手には、資料を詰めた鞄。

 くそ重たいだけの役立たず。

 何か後方で、待てとか聞こえたが、大抵は俺には関係ない。

 そう大抵は。


「どけやこら」

 そんな声が聞こえ、「きゃあ」などという。声も聞こえる。

 さすがに。なんだよと。振り向こうと思ったが、だれかにぶつかられて、よろめく。

 俺にぶつかったやつは、躊躇無く。赤信号の点る。横断歩道へ飛び出て行く。

「バン」

 そんなスチールのドアを平手で叩いたような、少し重い感じの音を残して、交差点側。つまり、左側に飛んでいった。

 目の前には、結構大きなトラックが、タイヤから煙を吐きながら止まる。


 その瞬間。何かが流れ込んできて、俺は意識を手放した。


「あーなんだここ。白いというか。光に埋め尽くされた感じだな」

 ただ漂う。意識は一応ここにはあるが、向こうにもある。そんな広がりを示す変なところ。俺は自身の心に触れる何かを捕まえた。いや、取り込んだ。

 うん多分。


 実は、これとそっくりな事を、総も行った。

 彼の場合は、闇の中だった。

 しかし、そんな高次元の中で、何かを取り込んだ。


 そして、意識を戻し。総と等しく10日ほど、高熱を出した。

 そして退院の報告を、会社に入れる。だが、おめでとうなど言われるはずも無く。

「はい? 首ですか。ああいえ。苦情なんて。労基? 行きませんよ。今まで、ありがとうございました」

 10日寝込んだら、あっさり首になった。


 入院費用は、交通事故の被害者扱いで、トラックがかけていた保険屋さんが出してくれたそうだ。


 とぼとぼ。歩いて帰るが、必要が無くなったパンフレットやカタログの重みが、指に食い込む。途中ですれ違う、のんきそうな高校生に、思わずイラッとする。


 高校生のくせに。女の子2人も、侍らせやがって。



 その晩、寝ようとしたが寝られず。

 ビールを一缶空ける。

 何だ。このムラムラした衝動。と、言うか飢餓感? 入院をしていて欲求不満か?

 寝れば良いのに、ふらふらと出かけてしまう。


 ふと聞こえる、言い合い。

 光に誘われる蛾のように。おれは、ふらふらと路地へと入っていく。

「おら。全部出せや。客を取ったんだろう」

「これまで取られたら。生活が。あたしだって、家があるんだ」

「やかましい。ここいらは、俺たちの。がっ」

 やかましい男は、ちょっと殴れば、頭が無くなってしまった。


「ひぃぃ」

 驚いた女。

「ああ。なんだか。気持ちいい」

 なにかが、流れ込んでくる。そうか。

 その時。なにかがつながり、使い方が、よく分かってきた。

「ああ。便利だな」

 手のひらに。光の玉を創る。


 おびえて、涙を流す女。

 結構美人だ。


 そして、足下の男だったもの。

 光に、食らえと命令すると、ぼやっと光る光たちが、男を包み込む。

 あっ。しまった。探して現金は抜き取る。


 薄ぼんやりした光の中で、彼女に聞く。

「これ。ひょっとして旦那か?」

 涙を流し、震えながら、首を振る。

「なんだか、僕が悪者みたいだね。僕は正義の味方だよ。かわいい子が泣いていちゃ。駄目だよ」


 そう言って、彼女の頬をそっとなで。涙を掬う。

 彼女は、今。この男の背後で消えていく、男だったものと。自身の目の前でにやけている男。やばさは、確実に増した。頬をなでられたとき、体中の力が抜け、なにかが、自身へ入ってきた。

「おっ。こんな感じで使えるのか。へぇ。そんなに怖がらなくて良いよ」

 彼がそう言った瞬間。気持ちがはじけた。


「あっはい。ねえ。今日はどうするの。あっ大変。ご主人様の名前をまだ聞いていない。ねえ教えて。ああ良いわ。娘と二人だけど、うちへ来て。ゆっくり話をしましょ。何ならそれ以上も。うふっ任せて。私上手なの」


 上機嫌で腕を組み、闇へと消えていく。


 その後。数週間で、色々なパワーバランスが崩れ、警察がマークしていた組織は消えてしまった。



「最近、売り上げが減ったな」

「常連だった人が、居なくなったみたい」

「居なくなった?」

「うん。○○駅を中心に、変なグループが仕切っているみたいで。次々と客だった人が居なくなったのよ」


「それはそれで、困るな」

「柄の悪いのは困るが、軒並みだとなあ。誰か仕切っているやつを見たか?」

「フードで、顔を隠していますが、若そうでしたよ」


「じゃあ襲って、うちで働いてもらおうかな」

 そう言って、数週間前におとなしく控えめだった男は、すっかり光を纏う。邪悪な感じになっていた。




「ねえ。あなた。一美の幼馴染みだよね」

 目の前に、清楚な感じの女の子が突然現れた。

「誰あんた?」

 そして当然。二人からの威嚇が入る。

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