第3話 補習と女の子達

「うん? おう。今日は来たのか」

「昨日、おどしたのはどなたです? 今日来なければ夏休みがなくなる。俺は仕事がはかどるし、手伝いたいだろうと」

「大丈夫。脅しじゃない。真実だ。時間が空けば、俺は色々と用事が出来る」

 真面目な顔をして、この教師は毒を吐く。


「明智はこれ。斉藤はこっちだ。終わったら職員室へ持ってこい」


 そう言って、スタスタと先生は出て行く。


「あー今日で最後だ」

 明智君が、机に突っ伏する。

「早く済まそう」


「そういえば、昨日の夜。港の方で、騒ぎがあったみたいだぞ」

「どんな?」

「虫がさ、人を襲ったらしい」

「最近よくある話じゃないか」

「まあ。そうだけどな」


 そう。浜辺では、ゴカイやアオイソメが人の足から食らいつき、足を切断することになったとか。カラスなど鳥が動物を襲うとか。リアルケルベロスのチワワがいたとか。その手のニュースは非常に多い。


 そういえば、さるが槍を持って、熊を襲っていた動画も上がっていたな。

 体長3mを越えるイノシシが目撃されたとか、鹿の角が光って、周りから命を奪っていたとか。


「世の中、急に物騒になったな」

「そうだな」

 生返事をしながら、問題を解いていく。

 大体、範囲が広すぎ。


「物騒と言えば、まだ刺されていないのか」

「なんで」

「1年生の子と、連絡取ったんだろ」

「ああ。助けてくれたこと、感謝しています。だってさ」


「いつものパターンか?」

「そうだな。どうしてかな」

 そう言って、遠い目をして天井を仰ぐ。

「また脈絡もなく、おっぱい見せてとか、言ったんだろ。違うか?」

「えーああまあ。少し違う」

「何を言ったんだ?」

「写真を撮らせてくれって」

「そりゃ。アウトだな」


「別にアップしたりしないのに。それに、黙って撮ったら犯罪だから。きちっと同意を求めた。俺は悪くない」

「まあ。同意を得るのは正解だ」


「ああっ。ぼくは、ちょっと素直なだけなのに」

「自分の欲望にと言う、枕詞がつくから駄目なんだよ」

「そんなの。誰にだってあるだろ」

「あるけど、普通はある程度で、我慢とかをするんだよ。したい事をしたいなら、それ以外では、我慢をするんだよ。皆がしたいことを好き勝手にやり出せば。世界は終わる」

 そう言うと、首をひねる明智君。


「なんで?」

「勝手気ままにやり出すのを、秩序がない状態。無秩序と言うのだよ。誰も野菜を育てず、食い散らかせば無くなるだけ。食いたけりゃ、まず植えて育てなきゃな」

「そんなの。金があれば」

「金はあっても、物がなければ買えないの。金で買えるのは、誰かが育ててくれているからだろ」


「まあ。そうだけど。俺の場合と、どう繋がるんだ」

「最初は育てるのだよ。プラトニックな状態から」

「でも。ある程度すると、男は血涙を流して、我慢する生活になるって。親戚の兄ちゃんが泣いていたぞ」

「おう。そういう事もある」

「恋愛も、勝つか負けるかだな。メモしとこ」

 ああやばい。話が盛り上がって、進んでいない。



 噂されている女の子達。

 体操部部室で、練習後。だべっていた。

「助けてくれた先輩と、連絡先交換したじゃない」

「うん」

「あんたの所にも、連絡来た?」

「来てないよ」


 私たちは、一昨日助けられた2人。

 午前中に行われた、ハードな練習で、疲れ果てていた所で捕まった。

 上級生は平気でこなすメニューだが、1年生には辛い。

 背の低い方は、浅井くみ。158cm 46kg。高い方は前田花蓮(かれん)。身長161cm 53kg。選手としては、ちょっと重い。

 基本的に、体操は真面目にやればやるほど筋肉がつき、背が伸びない。暴言だが、少年クラブから真面目にやった人間は、意外と背が低い。その代わり、身体能力は化け物だ。男子など、ウェストで選ぶと、普通のスラックスでは入らず、特別にタック付きの許可が出ている。


「そう。それなら良いけど。連絡が来て、のっけからよ。散々、自分はこれがすごいって言う自慢話が、延々続いて。……最後に、おっぱいの写真撮らしてって。どう思う?」

 それを聞いて、のんびり屋で細かいことを気にしない、くみだが。さすがに顔が曇る。


「それって、どっちの人?」

「明智って言う方。名前は賢そうなのに。すごく残念な人だわ」


「もう一人の、斉藤さんは?」

「連絡来てない。でも、明智が残念野郎だから。どうかな。ちょっと暗い雰囲気だし」


「そうかな。先生と話しているとき、聞いた感じだと。基本、頭がいい人だと思う」

「でも二人とも、補習中だって、言ってたじゃん」

「斉藤さんは、熱でテストのとき、寝込んでいたって」

 それを聞いて、花蓮の顔がにんまりする。


「あんた。いつの間に、そんなことまで。なぁに。お気に入りかな?」

 肘でくみを突っつく。

「うーん。ちょっと気になるかな」

 そう言いながらくみは、ちょっと困った顔をする。


「えーどの辺が」

「どう言ったら良いんだろ。暗いのじゃなくて、影がある感じ?」

「影? なにか挫折でもして、引きずっているとか」

「うん。何か秘密を抱えているみたいな?」

「なんか、それって危なそうね」



 一方教室では。

「ぐわー。出来た。地理と歴史は必要ない。文科省に嘆願書を出そう」

「ああ。激しく同意だ」

 二人で見つめ合う、不気味な空間が一瞬できあがる。


「さっさと片づけよう」

「ああ。これからどうする?」

 明智君が聞いてくる。


 彼の脳内は、補習が終わったことで、きっと満開の花畑になっているのだろう。

「よし。カラオケでも行くか」

「そうだな。今日くらいはいいか」

 俺もまあ、それを受ける。

 糖分が欲しいし。ドリンクバーで補充だな。


「ちーす。先生終わりました」

「明智。なんだその挨拶は、やり直せ。面接の練習だ。日々やって、とっさの時に備えろ」


 とっさってなんだよ。道を歩いていて、突然面接なんか始まったらびっくりだぞ。

『いやー君。良いね。うちの会社に入らない? よしここで面接だ』とか?


「へーい。では。失礼。ごめんつかまつる。先生様。無事終了したで候」

「なんだそりゃ。おまえ、歴史だけじゃ無く。古文も問題するか?」

「結構つかまつる。遠慮するで候。これにて御免」

「よし、先生に頼んで、問題を出して貰おう」

 明智はそれを聞き。両拳を顎下に添え、上目遣いで。本人は目一杯かわいこぶって、いやいやをする。


「やめろ。気持ち悪い」


 なんだかんだで、少し時間を食い、外へ出る。

 校門へ向かっていると、後ろから声がかかる。

「先ぱぁ~い。お疲れ様でぇ~す」

 振り返ると、嬉しそうに手を振る女の子。

 それとは、対照的に。それはそれは、とてもいやそうに。こちらを見る女の子がいた。

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