第17話 獅子の国 想い

 薬を飲み、発作が落ち着いた翌日、改めてミューズは謝罪を行なった。


「申し訳ありませんでした。あの時は必死で、失礼な事を言ってしまって」

 すっかり元気になったミューズは頭を下げる。


「……」

 だがティタンは声を上げることも出来ない程に驚いていた。


 一応部屋に入る前に再度医師が説明をしたのだが、ここまで変わるとは思っていなかったのだろう。


(体の成長があるって言っていたが、ここまで成長するのか?)

 想像以上に変化した容貌に戸惑いを隠せない。


 身長は少し伸びたようだが、小柄なのは変わらない。


 綺麗な金の髪も宝石のようなオッドアイも相変わらずつぶらで可愛い。


 一番変わったのは体型だ。

 明らかに子どもとは言えない体つきになっている。


 胸元が目に見えてふっくらしているのだ。もともとはゆとりのある服を着ていたはずなのに、今はとてもきつそうだ。


 目のやり場に困っていると、医師がトントンとティタンの体をつついた。


 その目は、「早く声を掛けてやれ」という思いが込められているのがわかる。


「とにかく、ミューズが元気になってようで良かった。もう大丈夫なのか?」

 結局なんの病だかわからなかったが、元気になったなら良かった。


「はい。薬のお陰ですっかり落ち着きました。お医者様もありがとうございます、最悪な事態を免れましたので」

 ミューズは二人に頭を下げ、感謝を伝える。


「そうですね、こちらとしても国際問題に発展するかとヒヤヒヤしましたが、薬も早く手に入って良かった」

 医師もホッと胸を撫で下ろした。


「本当にもう大丈夫か? つらいところはないか?」

 心配そうにそう言われ、ミューズは頷いた。


「心配して頂き、ありがとうございます。暫くはこの薬のおかげで発作も出ないと思います」

 ミューズはホッとする。話には聞いていたが、こういう発作は初めてであった。


 成人したら気をつけてとあんなにも言われていたのに。


(きっと私が好意を持ってしまったからだわ)

 裏表なく優しくしてくれるこの人に好意を抱いたからだと思いあたる。


 でも、そんな事はいえない。

 彼はただ善意で世話をしてくれていたのに、そんな思いを抱いてしまったと知ったら、ふしだらな女と思われそうで、怖い。


 そうでなくとも本来なら手の届かない存在だ。


「このまま告げずに済むことを願いますよ」

 心配そうな医師の声にハッとする。


「そう、ですね。そう願います」

 身分も違うし、この国にはメリットがない。


 ミューズがもしも願ったとしても了承はされないだろう。今だって反対されているのに。


 ティタンが居ない時を狙って、何度苦言を言われただろうか。


 王子を誑かす悪女だと。


 しかし断っても断ってもティタンは自ら来てしまう。


 そのうちに共に過ごす時間に癒やされるようになっていた。限界がきたかもしれない。


 ミューズは貰った薬を大事に胸に抱く。


「今までありがとうございました。二、三日後にはここを発ちたいと思います。この怪我ならばもう歩けますし」

 熱もひき、傷口も大分塞がった。歩くのも覚束なくなっている。


 これならコニーリオまでの馬車に乗って帰れるだろう。


 もうこれ以上負担をかけたくなかった。


「しかし、あのような熱を出しだ後だ。もう少し滞在した方がいい」

 ティタンは帰国を拒む。


 あれだけ返してやりたいと望んだのに、今は返したくなくて仕方ない。

 心配なのだ。


「このくらいならば大丈夫でしょう。それにミューズ様のご家族も心配してるはずです」

 あちらの王族も、さすがにここまで長い滞在だとは思っていなかっただろう。


 家族、と言われると悩んでしまう。


 引き止めたい気持ちと、会わせてあげたいという気持ちが。


 だが、ここで帰したらもう二度と会えなくなるのではと思うと、素直に送り出すことが出来ない。


「とにかく今はもう少し休むといい。湯浴みとそれと食事もしないとな」

 昨日から何も食べず、着替えも出来ていない。


 今更ながら自分の格好に恥ずかしくなる。


 昨日からの熱で汗を掻いたし、服も取り替えてないから皺になっている。


 そもそもサイズがあっていない、豊かさを強調するような胸元に気づき、ますます恥ずかしくなった。


「……ありがとうございます、そうさせて頂きます」

 赤い顔を隠すように毛布を引き上げ、小さい声でお礼を言う。


「気にせず今はゆっくりとしてくれ。ようやく帰れる目処も立ったのだし」

 シュンと下がる耳にも可愛らしさを感じるが、ティタンは複雑な心境だ。


(元々可愛いのに、成長して綺麗さも増すなんて)

 昨日までは家族に対するような愛情だった物が、今は異性に対するものに変化していた。

 見た目の違いでこんなにも心変わりするとは自分でも驚きだ。


 しかし先程コニーリオに帰すと約束した。ならばそれを果たさなくてはいけないだろう。


「良かった。これで家族に会えるのだから」


「……はい」

 ぎこちないその笑みに違和感はあるもののティタンはミューズの頭を撫でると、部屋を後にする。


 愛着を持たないなどもう無理だった。


「それでも、ミューズが幸せならば耐えられる……」

 胸の痛みから目を逸らせるように、足早にミューズの部屋から遠ざかっていく。


 その日はティタンはもうミューズに顔を見せることはなかった。






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