第16話 獅子の国 無知と変化

「何故あんなにも辛そうなミューズを一人にするのだ」

 医師は直ぐ様コニーリオ国に使いを出すと、ティタンに向き合う。


「今は誰も近づけないほうがいいのです。その方がミューズ様の為です」


「だから何故? 一体何の病だ」


「病ではなく特性です」


「特性?」


「えぇ。ミューズ様の種族はとても弱い。だから生きるために仕方ないものなのです。それでもこんな事になるなんて……僕の落ち度です、早々に国に返すべきでした」

 怪我をし熱を出したからと、仏心を出したのが過ちだった。


「だから何なんだ、はっきり話せ!」

 尚も本題に入らず、しかも怪我をしたミューズを祖国へ送り返せばよかったなどの言葉に苛立ちを覚え、思わず声を荒げてしまった。


「責任を取らなくてはいけないかもしれません」

 医師はため息をついてティタンを見る。


「責任? 可能な限り俺が取る、だから早くミューズの苦痛を取り除いてくれ」


「……ミューズ様を娶る覚悟までおありでしたか?」


「何だそれは?!」

 思わず座っていた椅子から転げ落ちる。


「何故そんな話になる」

 頬を赤らめ、視線を逸らすティタンは目を泳がせている。


「ミューズ様は恋をしました。その為に大人になろうとしているのです」


「恋? それに大人とは、もう成人してるという話だろ?」


「年齢的には確かに大人です。ですが、体はこれから成長するのです。恋する人と結ばれるために、成長しようとしているのです」

 医師の言葉に息を呑む。


「恋? 誰にだ?」

 医師は呆れる。


 異国の地で怪我をし、心細いところを見返りなく親身に世話をしていたのだ。

 気持ちが傾くことだってあるだろう。


「……それはミューズ様が元気になりましたら直に聞きましょうか。後、このことは他言しないでください。知られればミューズ様の尊厳も命も危険なので」

 そんなに酷いのかと驚いた。


「死にはしないのだろうな?」

 まさかの可能性に縋るように聞く。


「死ぬ程辛いでしょうが、死にはしません。ですから、薬が届くまで絶対にミューズ様に近づいてはなりませんよ」

 再三釘を刺された。


 納得はいかないものの、ティタンは大人しく従うことにした。

 今自分に出来ることは何もない。





「ミューズ様、お薬です」

 夜半に届いた薬を届けようと、医師はドアをノックする。


 返事を聞き、テーブルに水と薬を置き、すぐに外に出た。


 今は長居するべきではない。


「ありがとう……」

 小さな声でお礼を言われ、医師はホッとする。


 まだ意識は保てているようだ。


「急な体と心の変化に戸惑っているかもしれませんが、そちらで落ち着きますから」

 ゆっくりとベッドから起き上がり、震える手で水と薬を飲む。


 火照った体が鎮まり、高鳴る鼓動が落ち着いていく。


「良かった、これで何とか過ごせそうだわ」

 深呼吸を繰り返し、熱で体力を失ったので横になる。


「明日ティタン様に会ったらきっと驚くわよね」

 だが今は眠くて頭が回らない。


 重くなった瞼をゆっくり閉じた。



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