第15話 獅子の国 誤解と病

 甲斐甲斐しい世話は数日続き、ようやくミューズの熱も下がってきた。


 それでもまだ移動の手伝いが必要だろうと乗り気であったのだが、さすがにそろそろ止めねばとお付きの騎士が進言する。


「だいぶ容態も落ち着いて来ましたし、さすがにもうお止めになっていいと思いますよ」


「しかしこのようなところで迷子になってしまう可能性もあるし、心配だ」

 子どもの足で歩くのは大変だろうと心配だ。


「コニーリオの王族であるミューズ様にその心配は不要かと。それよりも成人されている女性に理由なく触れる方が問題です。熱もないならばもう抱えて歩く事は必要ないですから」

 言いにくそうにしながらも赤髪の騎士、ルドが丁寧に説明をしていく。


「えっ?! ミューズって王女なのか!」

 初めて知ったというその顔に、嘘はなさそうだ。


(本当に知らなかったの?!)

 その反応にミューズもビックリだ。


 ずっと知ってるものだと思っていた。

 だからあんなにも親身に接してくれて、情報を探ろうとしたのかと警戒したのに。


「知らなかったとはいえ、すまない。色々な無礼をしてしまって」

 ティタンは焦ったように謝る。


「いえ、無礼だなんて。寧ろお世話をしてもらったのですから」

 全ては善意からだったのかと、寧ろ拍子抜けした。


「こんな知り合いもいないところで心細いかと思ってだな。もしや成人しているというのも、本当に本当だったのか?」


「わ、私は本当に大人です!」

 あれだけ言ったのでもう終わった話だと思ってたのにと、つい反論してしまう。


「悪かった、許してくれ」

 ティタンは再び謝罪し、頭を下げた。


 だが、今度はやすやすと許す気にはなれない。


(確かに小さいけれど、何だかとっても悔しい)

 一人の大人として、女性として見られてなかった事にがっかりしてしまう。


 彼には対等に見てほしいと思うようになっていた。


 いつかは別れが来るけれど、こうして優しく接してもらえた事で、情が湧いて離れがたくなってしまったのである。


「これからはもう子ども扱いしないでくださいね」

 ぷくっと頬を膨らませ、ミューズは視線を逸した。


 その拗ねている仕草はおおよそ大人とは言い難い。


 思わず笑みがこぼれかけたが、これ以上怒らせてはいけないと頑張って堪えた。






 それから少ししてミューズはまた熱を出す。


 傷によるものではなく、原因不明だ。


「ごめんなさい、今は一人にして」

 赤い顔をしたミューズが、見舞いにきてくれたティタンから顔を逸らす。


 今はまともに見ることが出来ない。


「大丈夫か? すぐに医者を呼ぶから」


「やめて!」

 ミューズは大声を出し、それを嫌がった。


「でも心配だ、何があった?」


「……」

 ミューズは言いづらそうにしており、けして理由を明かしてくれない。


(辛そうだ。やはりこれは医者を呼ぶべきだな)

 例え拒否されようが、このままではなにも解決しない。


「熱も酷そうだ」

 そっと赤い頬に触れるととても熱い。


「あっ……」

 うっとりとしてミューズは寄せられた手に頬ずりをする。


 潤んだ瞳にドキッとした。


「気持ちいい……」

 思わず呟いた自分の言葉にミューズはハッとする。


「と、とにかく出て行ってください」

 ティタンの手を振り払うその手すら弱々しいものであった。


「すぐ医師を呼んでくるから待ってろ!」

 ティタンは大慌てで部屋の外へと出て、医師を呼びに走っていった。


 誰かに頼むことすら惜しく、自ら駆ける。








 ティタンが医者を呼んで戻ると、ますますミューズは苦しそうにしていた。息が荒い。


「あの、ティタン様。一度部屋の外に出るのは可能でしょうか?」

 診察しようとしても、さすがにじっと見つめられたままなのはたまらない。


「何もなければいい。だが、心配なんだ」

 睨まれるように凝視されてはやりづらくて仕方ない。


「ではせめて後ろを向いていてください、あと耳も閉じて。部屋を出ないと言うならば、それくらいしてもらわないとなりませんよ。本来なら女性の診察に付き添うなんて常識外れですからね」

 きつく叱られるが、それでも部屋を出ることはせず、渋々言われたとおりにしている。


「この症状、心当たりはありますか? 恐らくコニーリオ独自の症状だと思うのですが」

 医師の問いかけにミューズは目を伏せる。


「先生の言う通りで、間違いないと思います……」

 辛うじて返事はするものの、目が合わせられない。


「困りましたね。この国にはコニーリオの者は極端に少ない。発作を抑えるよりも、別な薬のほうが需要がある。まぁ夫婦円満なのはいいことなのですが」


「はい……」

 言ってることはわかる。

 だから恥ずかしさで顔を上げられないのだ。


「連絡して急ぎ薬を取り寄せますが、待てますか?」

 待ってもらわないと困る。このまま致しては国際問題だ。


「何とか待ちます……ですから先生、お願い」

 ギュッと毛布を握り、ミューズは震える。


「頑張って耐えていて下さい。ティタン様は連れていきますから、安心して休んでぐださい」

 安心させるようにそう話し、ティタンの手を引いて退室を促す。


「話は終わったのか?」


「えぇ。原因もわかりましたので、別室にて話しましょう。ティタン様がいると熱も下がりませんからね」



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