後日談 『明日キミは、あの人の彼氏』 その3

「あれから容態はどうですか?」


 俺のそんな声が、喧騒から一本離れた裏路地に、小さく響く。


『あはは……ちょっとずつ元気に……けほっけほっ!』


 スマホのスピーカーから聞こえた、くぐもった咳き込みに、俺は小さく息を吐いた。


 なんであんなシリアスから、熱出すかなぁ。この人。


 久々に、かっこいい、なんて思ったのに、これじゃ即落ち2コマもいいところだ。


「いや、むしろ悪化してるじゃないですか……ご飯とかちゃんと食べられてますか?」


『んー。こほこほっ……食欲湧かなくて、何も食べてない……かな』


 あはは。とスマホ越しの愛想笑いに、俺はまた小さく息を吐く。


 これはもしかしたら、俺だけでも帰ったほうがいいかもしれないな。


「……もしあれだったら、俺、そっちに行きましょうか? 流石に病人を放っておくわけには」


『それはダメ』


 スパッと切るような返答に、思わず言葉が詰まる。


 スマホ越しの、彼女の言葉が続いた。


『……ダメだよ、湊くんがこっちに来ちゃったら、きっと風花ちゃん、悲しむと思う。だから……』


 彼女の言葉に、俺はふふっと鼻を鳴らす。


 てっきり、移っちゃうからだめ。なんて言われると思っていたのだが。


 ……ほんと、この人はどこまで行っても優しい人だな。


「分かりました。でも、俺もこれだけは言わせてください」


『ん?』


「こんな時に、一緒にいてやれなくて、すみません」


『湊くんは悪くないよ。でも、ふふっ。優しいね』


 彼女のやんわりとした声に、何だか胸が熱くなるような感覚を覚える。


 だけど、きっと通話の時間が少々長引いてしまったからだろう。


 先程までは持っていなかったメロンパンを片手に、莉奈と風花ちゃんがこちらをじーっと見ていた。


 はむはむと可愛らしい動きをの頬とは裏腹に、莉奈の目には何だか迫力を感じた。


「おにぃちゃん、電話、誰としてるの〜?」


「あぁ、ごめんね風花ちゃん。電話はね」


「浮気相手」


「おい待て」


 ボソリと呟いた莉奈にツッコミを入れる。


「ん〜? うわきー?」


「あぁ、風花ちゃん気にしないで。電話はね、文乃さんとしてるんだ」


「わぁ〜! センセ〜! ねぇ、おにぃちゃん! 代わって代わってぇ〜!」


 と、こちらに手を伸ばす風花ちゃん。


「あー、文乃さんちょっと調子が悪いみたいで」


 そう、無邪気な顔に言った瞬間。


『ううん。大丈夫だよ。私もちょっと風花ちゃんと話したいかも』


 スピーカーからそんな声が聞こえて来た。


 俺は息を飲むと、分かりました。と、風花ちゃんにスマホを渡す。


「せんせー! こんにちわ! カラダはだいじょ〜ぶ?」


 あどけない様子で話し始めた可愛らしい様子を、俺と莉奈で見守る。


 時々笑った顔や、「次はせんせーも一緒ね!」と言う声に、俺たちは微笑ましく笑った。


「うん! あ、おみやげ買うね! バイバーイ!」


 元気にお別れを告げると、スマホをこちらに手渡して来た風花ちゃん。


 『通話終了』の表示が書かれた画面に鼻を鳴らす。


「それじゃあ、そろそろ行こっか」


「うん! 次はどこー?」


「次はね、水族館だよ」


「わぁ〜! 水族館〜!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねた、金色の髪の毛に、俺と莉奈が鼻を鳴らす。


「ね、風花ちゃん」


「んー?」


 莉奈が風花ちゃんの目線に合わせてしゃがむと、スマホの画面を見せる。


「水族館ついたら、このポーズで写真撮ってもらおっか」


「うん! 写真撮る!」


「お、いいなそれ。じゃあ俺も……」


「楽しみだね風花ちゃん。湊、写真撮るのめっちゃ上手いから」


「うん!」


「おい、ナチュラルに俺をハブくな」


 はぁ。と、ため息を吐き出し、2人の顔を眺める。


「あははー! 写真楽しみ〜!」


「うん。私も楽しみ♪」


 まぁでも、この2人が楽しそうなら、それでいいか。


「それじゃ、行こうか」


「うん!」


 そうして俺たちは歩き出す。


「あ、そーだ! 莉奈ねぇちゃん! おにぃちゃん!」


「ん?」


「どーしたの? 風花ちゃん」


「えーっとね……えい!」


 可愛らしい声が聞こえた瞬間。


 俺の左手に小さくて、でも温かい感触が伝わった。


「風花ちゃん?」


「こーするとね! 楽しいが伝わるんだよ!」


 小さく華奢な手は俺の左手と、莉奈の右手を握って。


 眩しいぐらいの笑顔でこちらをのぞいていた。


 ふと持ち上げた視線の先で莉奈と目が合う。


 そして、お互いに鼻を鳴らし頬を緩める。


「そうだね風花ちゃん。これならみんなで楽しいね」


「うん!」


 莉奈の言葉に、大きく頷いた風花ちゃん。


 そして俺たちはゆっくりと歩き出す。


 目指すは、下町の摩天楼の如く、白く聳え立つスカイツリー。


 その足元の、青と黒の世界。


 すみだ水族館へ。


 

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る