後日談 ヤナこと、三日坊主。
体育祭が終わった次の週。
月曜日、早朝。
莉「……」
湊「……」
……。
湊、莉「「あのさ……」」
……。
お互いに腫れ物を触れ合うような、ぎこちない会話で、通学路を歩いた。
心なしか、いつも通り腕を伸ばしても、その肩には触れられそうになかった。
湊「先、そっちから話せよ……」
莉「いや、湊こそ……」
……。
湊、莉「「じゃあさ」」
……。
莉「……ぷっ! あっははは!」
湊「なんだよ、急に怖いだろ」
莉「だって湊、おかしいんだもん」
湊「おかしいって……」
莉「まぁでも、それが湊なのかなって、ちょっと安心した」
そう、しおらしく呟くと、以前みたいに肩をぶつけてきた莉奈。
いつの間にか短くなっていた暗めの茶髪から、新しいシャンプーの匂いがした。
しっとりとした、彼女の肌が触れて少しだけドキリとする。
莉「あ、いまドキッてしたでしょ?」
湊「……なんでわかんだよ」
俺がそう返すと、莉奈はいつも通り鼻を鳴らす。
心地よさそうに、安心したように。
莉「だって、好きな人のことだもん、わかるよ」
湊「……すまん、そのことなんだが」
莉「わかってる」
莉奈は遮るようにそう言うと、大きく一歩踏み出し、俺の前に出る。
大人びた瞳の背景で、ボブカットになった暗い茶髪が揺れる。
莉「湊と先生が両思いなのも、それ以上の関係なのもわかってる……」
莉「……でーも。そんなことでくよくよしないし、それに私、ヤナこと、三日坊主なの」
莉奈はそう言うと、くすりと鼻を鳴らし、言葉を続ける。
莉「それにさ、それが、湊を好きじゃなくなる理由にはならないでしょ? 先生と生徒だと正式な交際とか、結婚ってできないわけだし、その間に私が湊にアピールするのも、湊が私を好きになっちゃうのも、しかたないよね?」
湊「……いや、まぁ……問題なくないこともないけど……」
莉「ふふっ。だからね……」
すると莉奈は華奢な左手をこちらに伸ばし、俺のみぞおちに人差し指を立てる。
莉「私はこれからも、湊に好きになってもらえるように、急に手を握ったり、デートに誘うと思う。これまでも、これからも、ずっと好きって気持ちを伝えていくと思う」
莉奈はそこで一息つくと、その人差し指を上に撫で上げていく。胸から首元へ、そして俺の唇に人差し指が触れた。
莉「だから、うっかり私のこと好きにならないように、頑張ってね。じゃないと、また篠崎先生泣いちゃうよ?」
ふふっと鼻を鳴らした莉奈。その表情はまるで、楽しんでいるとも、挑発的とも取れた。
まぁ、つまるところ、莉奈なりの挑戦状を突き付けられたのだ。
彼女の手を優しくつかみ、下におろす。
湊「なめんな、そんな簡単に折れる訳ねえだろ」
莉「あはは。やっぱり湊はそうじゃないとね。うん、なんか面白くなってきた」
そんな会話を交わして、俺はゆっくりと歩きだす。その横に莉奈がいつも通り足並みをそろえる。
二つ分のローファーの音。
視界の端で揺れる、きれいな髪の毛。
莉「ね、湊」
湊「ん?」
莉「好き」
湊「はいはい、遅刻しそうだから急ぐぞ」
莉「えー、反応冷たぁ~」
莉奈は幼馴染。
この先、俺と文乃さんの関係がどんどん深くなっていっても、それは変わらない。
だから、これまでも、そしてこれからも。莉奈のことを大切にしていけたらいいなって。
そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます