第30話 

「……」


「……」


「へぇ〜そうだったんですか! 鹿島くんと文ちゃん先生って、親戚だったんですね!」


「あはは、そうなんだ〜。でも、このことは、門外不出ね?」


「え〜、どうしようかなぁ〜」


「それじゃ、今日は私が奢るから。ね?」


 やったぁー! と両手をあげて喜ぶ和茶。そんな彼女を横目で見ながら対峙する俺と莉奈。


 まぁ、控えめに言って地獄である。


 バッタリと出会ってしまった後、立ち話はなんだし……。と話を切り出した文乃さん。


 その後ショッピングモールの中に入っている、大手ファミリーレストランの席に腰を下ろした。


 それから莉奈は、額に手を当てたまま視線を伏せてるし、その付き添いに危うく、俺と文乃さんの関係がバレそうになるし。


 一応和茶には、俺と文乃さんが親戚という事で誤魔化せたが……。


「……」


 きっと……いや、莉奈は絶対に無理なのだろう。


 だって、俺たちはお互い、長くいすぎた。


「いやぁ〜知らなかったなぁ。てか、莉奈ちゃんも知ってるなら教えてくれればよかったのにぃ〜」


 そう莉奈の肩を揺らす和茶。あぁ、今だけは絶対にやめた方がいい……。


 と、そんな不発弾に触れるような感覚でそれを見ていると、莉奈が静かに口を開く。


「……ごめん、和茶。に悪いと思って。ほら、こういうのって血胤関係絡むと厄介じゃん……」


 莉奈のその呼び方に、俺は視線を伏せる。きっと莉奈は俺に合わせてくれたんだと思う。だって、俺と莉奈が幼馴染なのに、莉奈がその関係を知らないのは、筋が通ってないから。


「さっすが莉奈ちゃん、大人ぁ〜。でも、さっきから元気なくない? そんなに俯いてると……」


「あ、あの!」


「ん、どしたの鹿島くん?」


「と。とりあえずドリンクバーでも注文しません? 俺ジュース持ってくるんで」

 

「お、いいね〜。それじゃ追加でポテト二人前と、ソーセージっと、あ、文ちゃん先生、お金とかダイジョーブ?」


「う、うん。大丈夫だよ」


「えっへへ〜やりぃ! それじゃ、呼び出しボタン押してっと……。あ、店員さん、これお願いしま〜す!」


 店員に注文内容を書いた紙を渡すと。軽くドリンクバーの説明を受ける。


「そんじゃ、私メロンソーダ! 文ちゃん先生は?」


「あ、それじゃ、アイスココア頼んでいいかな?」


 わかりました。と言って、莉奈の方へと顔を向ける。


「……莉奈は」


「……いい、自分で持ってくる」


 そう言って静かに席を立った莉奈。


 その横顔は髪に隠れて見えなかったけど、たぶん良い表情はしてなかったと思う。


 


「じゃ〜ね〜 莉奈ちゃん! 文ちゃんせんせー! えーっと、鹿島くーん!」


 ショッピングモールを出て、高校近くの駅まで帰ってきた俺たち。


 改札口を出ると、和茶だけが反対方向の方へと歩いて行き、こちらは必然的に3人で帰る事になる。


 俺と文乃さんが並んで歩き、俺の少し右後ろをついてくる。


 ピリピリとした空気に、俺たちは一言も話す事なく、アスファルトの上を歩いていた。


 視界の端から聞こえる、莉奈のサンダルの音が妙に重く感じた。


 すると突然、「あ! そうだ!」と文乃さんは手を鳴らした。


「な、なんか喉乾いたね! 私、そこのコンビニで飲み物買ってくるから……二人は何がいい?」


 すると莉奈が静かに言う。


「そういうの、いいから……」


 すると、文乃さんは「あはは、そっかぁ」とぎこちなく返す。


 苦笑した後、文乃さんが顔を逸らしたのを見て俺は莉奈に言った。


「そんな言い方ないだろ」


「……」


 莉奈は一瞬びくりと肩を震わすと、顔を逸らす。

 

 遅れて「ごめん……」と小さく呟いた。


「ううん、気にしないで。でも、私の一つ買い忘れ思い出したから、そこのコンビニ寄って行くね」


 二人は先に帰ってて。そう言って、黒くて長い髪の毛を、深い青色のワンピースの背中で弾ませ、コンビニの方へと歩き出す文乃さん。


 その背中に、「え、でも……」と手を伸ばした瞬間、逆の右手を莉奈に掴まれる。

 

 俺は一瞬莉奈の方へ顔を向けて、すぐに文乃さんの方へと顔を戻す。


 すると文乃さんは小さく首を横に振り、やんわりと微笑んだ後、コンビニの方へと歩いて行った。


 うちのマンションのエントランスに入るには、専用のカードキーが必要で、文乃さんはそれを今日、自分の部屋に忘れてきた。

 

 よって、文乃さんがエントランスに入れる手段として、カードを持っている俺と一緒に通り抜けるか、もしくは管理人に電話をするかの、どちらかなのだが……。


「……」


 先ほどから、俺の手を掴む莉奈の手が震えている。こっちはこっちで放っておく訳にはいかないだろう。


 はぁ、とため息を吐いて莉奈に言った。


「とりあえず、ウチ上がれよ」


「……うん」


 小さく頷いた莉奈の手を引いて、ウチまで歩いた。





 多分、莉奈がうちに来るのは久しぶりだった。

 

 小学生の頃はほぼ毎日本を読んでいたソファーに、オフショルダーの黒いトップスから覗く白い肩と、短いデニムスカートから伸びる、白い足は、すごく、新鮮な感じがした。


 まぁ、食えよ。とテーブルにプリンとカフェオレを置く。


 ありがと。と小さく呟いた莉奈の隣に腰を下ろすと、俺は小さくため息をついた。


「あ、とりあえずゴミ箱そっちにあるから……」


「……ん、ご馳走様」


「……相変わらず食うの早いのな」


 俺の言葉に、一口カフェオレのストローを咥える。


 カフェオレを吸い上げて、小さな水音と共に、ストローを口から離した。


「せんせ、隣に住んでるんだ……」


 莉奈が小さく口を開く。


 正直このまま何も聞かれないまま終わって欲しいとも思っていたけど、それは流石に無理だよな。


 こくりと生唾を飲み込んで、俺は口をひらく。


「まぁ……な」


「て、ことは、あの時のもそうだったんだ」


 莉奈の言うあの時、というのは、以前にあった莉奈からの誘いを断って、文乃さんと一緒に服を買いに行った、あの日で間違い無いだろう。


 すまん。俺が呟くと、莉奈はまたストローを咥えた。


 その後は、お互いに沈黙して、ふと窓の外の灰色に、なんか雨が降りそうだなって。そう思った。


 もし雨が降ったら、文乃さんは大丈夫なのだろうか。


 そんなことを考えていた。


 すると、突然だった。

 

「ね、湊」


 そんな声と同時に、俺の左手の上に、莉奈の手が重なる。


 思わず顔そちらに顔を向ける。


 視界のすぐ先で、莉奈がふふっと鼻を鳴らす。


 そして、



「私のこと、好き?」



 莉奈は、妖しい笑みを浮かべた。






 湊くんから連絡が来たのは、コンビニ前で別れてから約30分ほど後の事。


 コンビニで適当に甘いものとコーヒーを買って、その横のイートインスペースで時間を潰していた。


 座る場所があったから、そこまで苦ではなかったけど、私が思っていた以上に短かったような気がする。


 食べ終わったものを、ゴミ箱に捨てると、私はコンビニを後にした。


 いつの間にか、灰色になっていた空。なんか雨が降りそう。


 そんな気持ちに急かされて大きくなった歩幅は、すぐに小さくなった。


 自分の家に近づけば近づくほど、莉奈ちゃんと遭遇する確率が高くなる訳であって、やっぱりそれは気が進まなかった。


 いや、もっと簡単に言葉にするなら、今は莉奈ちゃんに会いたくなかった。


 バッタリ遭遇してしまった瞬間の、あの表情や、一緒にご飯を食べている時も、湊くんの手を掴み震える手も。


 その全てが私のせいな気がして。


 話を聞く限り、湊くんと莉奈ちゃんの関係は絶対的なものであって、二人の、いや、もっといえば莉奈ちゃんの、湊くんに対する執着的なものがすごく強い。


 でも、私もその気持ちがわかるから。


 だから、もし私が莉奈ちゃんだったとして、湊くんがポッと出の女と一緒にいるところを想像したら、なんか嫌な気持ちになる。


 ずっと見てきた彼が……私にだけ見せてくれた笑顔が、言葉が。全て、誰かのモノになるのが嫌だと思った。


 まぁ、とは言え、私と湊くんの関係にはやはり、法律上の大きな壁があって、そこを非難されてしまえば私は身を引くしか無いのだろう。


 もし、そんな時が来てしまったら、私が大人にならなくちゃ。


 誰でもない、湊くんのために。


 しばらく歩くと、彼らにとって『いつもの』、私にとってはまだ『見慣れてきた』T字路を曲がる。


 そして、この街だと比較的背の高い、白色のマンションの入り口が近くなった時だった。


 私は思わず足を止める。


 そこから出てきたのは、先ほど別れたばかりの湊くんと莉奈ちゃんで。二人が手を繋いでいた。


 少し遠くからでもわかるぐらい、莉奈ちゃんの顔はどこか安心したような表情をしていて、湊くんは……いつもの落ち着いた表情をしていた。


 でも、やっぱり、その繋いだ手を見ると、胸が苦しくなった。


 そして、その次の瞬間だった。


「……え」


 視界の先で、二人の体が近づき、お互いの唇が重なった。


 たぶんほんの一瞬だと思ったけど、私にはそれが何分にも引き延ばされたように感じて。


 一瞬こちらを見て目を細めた莉奈ちゃんに、びくりと体が震えて、私は来た道を走って戻った。


 T字路を曲がったところで、膝に手をついて息をする。


 苦しい……痛い……。


 ……怖い。


 刹那、ポツリと私の背中のワンピースを、雨粒が濡らした。


 



 

 



 


 


 


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