第16.5話 わがまま。
「今日はごめんね、湊くん」
オレンジの柔らかい街灯が照らすマンションの廊下。
自分の部屋の前に立つと、彼から荷物を受け取った。
湊くんは少し困ったような表情を浮かべる。
「あ、いや、そんなに気にしてないですよ……それに、なんて言うか……」
「ん?」
「上手く言えないですけど、また行きたいなって、次のこと考えるぐらい面白かったです」
だから……。そう言って、視線を壁の方に逸らしては、どこか恥ずかしそうに頭を掻いて、
「『ごめんなさい』より、『ありがとう』って言われた方が、嬉しいです」
そう言葉を続けた。
湊くんはきっと、言葉を選んでしまうタイプだと思う。
どうやったら相手に最大限伝えられるのか。それを考えて、結果、上手い言葉がみつからず、面白かったとか、楽しかったとか。そういう言葉になる。
だけど、私はそれが好きだ。
私のために最大限言葉を探してくれて、その結果、嬉しいとか、楽しいとか、そういう平たい言葉になってしまったのなら。
そのまっすぐな言葉は、好きだ。
私が鼻を鳴らすと、湊くんはゆっくりとこちらを見る。
いつも通り、こちらを伺うように。
だから私も。
「そっか。それじゃ湊くん」
……。
「今日はありがとね♪」
いつも通り、彼に笑顔を見せた。
湊くんとのデートが終わり、シャワーを浴びると、私はすぐに床に着く。
時刻は21時、大人の人が寝るにはまだだいぶ早い時間。
でも、それが私のいつも通り。
今日はちゃんと、しっかりした自分を演じられたかな? とか、なんか疲れたな。とか、そんな事を考えながら、布団を被る。
何もない私には、夜遅くまで起きてる理由がなかった。
暖かいはずなのに、寒い。
でも、今日はちょっとだけ違った。
ずっと湊くんのことばかり考えていた。
湊くんの笑顔とか、手の温もりとか、あと、彼の心臓の鼓動とか。
考えれば考えるほど、心地よくて、暖かい。
でも、私はわがままで、こんな自分を治さなくちゃいけないと思う一方で、湊くんと一緒にいたいと思ってしまう。
私がこのままいれば、湊くんも私を見てくれる。
そんな事を期待しながら、きっと明日も彼の名前を呼ぶのだろう。
ちょっとの罪悪感と、幸福感を感じながら意識が沈んでいく。
その最後に頭に浮かんだのは、湊くんが電車で言ってくれた、あの言葉だった。
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