第13話 それって、実質デートなのでは?
意外と時間が経つのは早いもので、文乃さんとの半同棲生活が終わり、気がつけばカレンダーはもう、終わりから数えた方が早くなっていた。
いきなりほぼ全裸で現れた文乃さんに驚いた新学期初日の早朝。
しかし、彼女との半同棲生活も学校でのギャップも、慣れてしまえば何も変わらない日常での一コマで。
日が暮れて隣の部屋で何かを落とした音や、文乃さんの悲鳴に鼻を鳴らしているうちに、気がつけば桜の花びらも、そのほとんどがアスファルトに落ちていた。
時刻は18時。今日も俺はキッチンで包丁をまな板の上を滑らせる。
「そろそろ、かな」
一人、呟いた瞬間。隣の部屋から『ガッシャーン!』みたいな大きな音が聞こえてきて、鼻を鳴らす。
「やっぱりかぁ……」
一度作業を止め、手を洗うと、玄関へ向かう。案の定そのタイミングで鳴り響いたインターフォン。鍵を開けて、ドアノブを下げる。
もうここまで来ると、デジャブを超えて同じ日をループしているんじゃないか? と思ったのも、もう一週間前のこと。
だから今日も、
「み、みなとぐぅ〜ん! 買ってきたばかりのお弁当、おどしじゃったぁ〜!!」
「毎度毎度、どうしてそうなんですか……。まぁ、とりあえず上がってください、夕飯、すぐ作りますから」
ずびぃ、と鼻を啜り、「ありが、ぐすっ……ありがとぉ〜!」と、泣いてるのか喜んでいるのか分からない声をあげて、俺の背中に腕を回す文乃さん。
ふわりと香るムスクのような甘い香りと、胸元に感じる、柔らかい圧力。少し早くなる心臓。
この人は本当に、俺の気持ちを理解してくれない。
「あぁもう! 暑いので離れてください!」
「やだやだっ! 私、重くないもぉん!」
「重いじゃなくて、あ・つ・い! つーか、いい加減離れろ!」
すると彼女もぎゅうと腕に力を込め、是が非でも離れない意志を物理的に示す。
生徒との距離が近い先生には好感を持てるが、この姿は先生として、本当に正しいのだろうか?
とりあえず、ご近所さんに見られると色々詰みそうだったので、彼女の背中に腕を回し、ドアノブを握る。
そのままドアを閉めるのと同時に、文乃さんごと部屋の中へと引き込んだ。
今日の献立は、手作りのハンバーグと、ちくわのバター炒め。それとネギの味噌汁と、白米だった。
向かい側に座る彼女の右手が、何かを探して彷徨う。それに対して俺は醤油と緑色の小瓶を彼女の前に置いた。
「醤油と山椒でいいですか?」
「そうそう、それだよぉ〜!」
彼女は醤油と山椒を両手で持つと、にへらと力の抜けたような笑みを浮かべる。
「ありがと、湊くん」
見慣れたはずのその笑みに、思わずどきりとした俺は、味噌汁を飲むふりをして、お椀で顔を隠す。
出汁よりも、味噌強めの味噌汁を舌の上で転がすと、俺は少しだけ、唇の端を持ち上げた。
別に味噌を多く入れようとか、醤油をわざと焦がして作る、ちくわのバター炒めだとか、正直そこまで意識はしてない。
だけど、気がついたら全て彼女好みの味になっている。
それがなんだか可笑しくて、心地よかった。
夕飯を食べ終え、満足げにため息を吐いた文乃さん。今日の彼女の服装は、濃い緑色のブラウスと、黒色のワイドパンツだった。
普段の白基調のふわふわした印象とは一変、今日のは『文ちゃん先生』をより強調するかのような、洗礼された服装という感想を抱かせる。
だが、しかし。
「文乃さんって、服装、ほとんど同じですよね」
食器を洗いながら、幸せそうな表情をする文乃さんに言う。そう、今の所文乃さんが学校で来ている服は、白のブラウスとブラウンのロングスカートか、今着ている服装しか見たことがないのだ。
すると彼女は、ブラウスの袖に鼻を当てて、恥ずかしそうに呟く。
「……毎日、洗濯はしてるんだけど……もしかして」
「いや、その匂いがするとかじゃなくて、なんか文乃さんって、全体的に白いか、全体的に暗い服装しか見たことないなって」
俺の言葉に、細い線の顎に人差し指を添える。
「ん〜。言われてみれば、私の部屋のクローゼット、スカスカかも?」
そう言って、再びこちらに視線を戻すと、えへへ。と気に抜けるような笑みをこぼす。
特に何を思った訳ではないけど、すんと鼻を鳴らして俺は食器洗いを続ける。そんな俺に文乃さんは言葉を続けた。
「それじゃあ、今週の土曜日、一緒に洋服買いに行こっか」
「はい……って、え?」
ほぼ機械的に返事をしてしまったが、よく話を聞いていなかった。
すると文乃さんは、小さく頬を膨らませる。
「もぉ、ちゃんと聞いてから返事してよぉ〜。土曜日、一緒にお買い物行こう?」
文乃さんの、白くてもっちりした頬と、大きくて綺麗な瞳が小さく揺れる。
大人っぽいような、でもどこか子供っぽい表情をする彼女に心臓がキュッと締め付けられた。
思わず文乃さんから視線を外すと、俺はこくりと首を縦に振る。
「今週の土曜日ですね、わかりました」
「うん。それじゃ決まりね!」
大きな目を細めて、声のボリュームを大きくした文乃さん。彼女のガッツポーズと同時に揺れた黒い髪の毛は、やっぱり綺麗だなって思った。
その深夜、俺はなかなか寝付けないでいた。
ずっと、とあることを考えていたのだ。
文乃さんと、二人でショッピング。朝から晩まで、二人っきり……。
それってつまり……。
「実質デートなのでは?」
そんなこんなで、朝を迎えてしまった俺は、大バカ野郎なのかもしれない。
ほんと、思春期とは大変な時期である。
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