第10話 かくしごと。
「うわ、どーしたの。目の下のクマ、月のクレーターみたいじゃん」
「それは誇張しすぎだろ」
待ち合わせのT字路。午前7時半。やや引き気味に息を呑んだのは、幼馴染みの市川莉奈。
今日も彼女の暗めの茶髪は、サラサラと風に揺れていた。
「あぁ、まぁ、昨日色々あってな……そんで寝るのが遅くなった」
俺が言葉を返すと、莉奈は「ふーん」と生返事を返す。
先に歩き出した莉奈の横に並んだ。
「で、昨日はなに? 動画? 画像? あ、それとも音声? さすが湊、マニアックだね」
「勝手に俺を変態にすんな」
つーか、そのどれでもねえわ。とため息混じりに答えると、莉奈はふふっと鼻を鳴らす。
「それじゃ、昨日はなにしてたの? 別に彼女がいるわけでもないのに」
彼女の言葉に、飲み込んだ唾が気管の方に入って、盛大にむせた。
さすがに言えない、文乃さんのエグい下着について、話し合っていたなんて。
「え、大丈夫? 死ぬの?」 と中々辛辣な言葉を吐きながら、俺の背中をさする彼女の優しい手つきに、少しだけ心臓が速くなる。
できれば、言葉の棘を全て取り払って欲しいところはあるが、これを無くしてしまったら莉奈ではなくなってしまうのだろう。
せめて、俺が莉奈にとって、毒を吐ける場所であれば良いなと思った。
「はぁ……はぁ……、すまん、『死』から100歩ぐらい手前まで行った」
「へぇ〜。でも、あと100歩ぐらい根性で何とかなるでしょ。私が応援してあげるから、ほらファイト。がんばれ」
「その根性使って、あと100歩ぐらい下がっとくわ」
ふふっと隣で彼女が心地よく鼻を鳴らす。
華奢な手が俺の背中から離れると、莉奈はスマホを取り出した。
「そう言えば今日の放課後、養護施設のお手伝いに行くんだけど、湊も行く?」
小さな歩幅と一緒に揺れる、綺麗な前髪越しにこちらを覗く。
莉奈の大人びた視線に、あぁ、そっか。と口から言葉が溢れた。
莉奈は2週間に一度、金曜日に児童養護施設のボランティアに参加しているのだ。将来は保育士になりたいという彼女に、付き添う形で俺も参加しているのだが、
「早いな、もう2週間経つんだな」
「なにそれ、おじさんみたい」
「ヤバいな、老後のための2000万貯まるかな」
「ふふっ。そんな事言ってるうちに、本当におじさんになっちゃうかもね」
唇の端を持ち上げた彼女は、言葉を続ける。
「それでどうする? 湊も行くなら、連絡しとくよ?」
「まぁ、いつも行ってるしな。今回も行くわ」
「ん、了解」
そう呟いて莉奈は、スマートフォンの画面上を指でなぞっていく。
俺もポケットからスマホを取り出して、犬のアイコンをタップした。
『文乃さん。今日、遅くなりそうなので、学校のどこかで鍵、渡せませんか?』
そんなメッセージを送信する刹那、機嫌良さそうに唇の端を持ち上げた、莉奈の横顔を見て、送信ボタンを押す。
何となく、莉奈に隠し事をするのは、初めてだったような気がした。
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