第3話 篠崎せんs……って、文乃さん?
俺が教室に入ると、新しいクラスの面々や、「一緒になれたねぇ〜!」と手を握り合う女子の声がやけに響いていた。
そう、今日は進級して新学期一日目。クラス替えが行われたばかりなのだ。
これから始まる高校二年生にきっと。それぞれが心を躍らせているのだろう。だが、俺にはそんなこと関係はない。
自分で言うのもなんだが、俺には友達と呼べるような、交流の深い同級生は一人もいない。
だから、どこのクラスに行くことになったとしても、常に同じコンディションでいられるのだ。
俺は黒板の席表を見て、自分の席を確認すると、一番後ろの窓際の席に腰を下ろす。
この席は俺みたいなボッチにとって、最良物件だった。テストやプリントを後ろの席に回す事もないし、おまけに、夏はクーラーの風が、冬にはヒーターの風がよく当たる。
まるで、『駅近、1LDK、家賃4万』のようなお宝物件に等しいだろう。そんなところに当たるなんて、早々ラッキーだな。
しかし、次の瞬間、「げっ……」という、嫌悪マックスな声に、俺は視線を向ける。
「よぉ、さっきぶり」
彼女の親友であるという、『和茶ちゃん』とギャルトークが終わったのだろう。そこにはすごい嫌そうに瞼をぴくぴくさせる莉奈が立っていた。
まぁ座れよ。と彼女に声をかけると、莉奈は偶然横を通りかかった、一番前の席の女子に声をかける。
「ごめんっ! 私視力落ちてきちゃったみたいで……席変わってくれないかな?」
「いやお前、この前の視力検査、両方ともA判定だろ」
「ん?」
髪を揺らしながら、こちらにバッと振り返る莉奈。満面の笑みから漂う、異様な圧力を感じて、俺はスマホを眺めた。
すると、頼んだ女子も視力が悪かったのだろう。断られた莉奈は渋々俺の隣に着席する。
「はぁ、なんか窓近いのに、なんか暗いかもぉ〜。でも日焼けしなくていいかも?」
「おい、オブラートにディスるな」
経験上、彼女は、「左の男子が邪魔くさい」と言いたいのだろう。自分で気付いてしまう悪口が一番傷つく。
……まぁ、莉奈はいつものことだから、また別枠みたいなもんだが。
すると、その時、どこからか新任の先生についての噂話が耳に届いた。その男子は職員室で目撃したらしいが、大人っぽくて、美人で。何よりもおっぱいが大きい女性の先生が、このクラスの副担任を務めるらしい。
美人で女性の先生というのは結構ありがちな話だが、俺が一番気になったのはおっぱいが大きいという点だ。
今までは、エロ画像なんかで見るおっぱいが全てだったのだが、今日の朝、それを全て塗り替えられてしまった。
あの柔らかさ、あの暖かさ。むっちりとした谷間。あれは一体何カップに当たるのだろうか。俺はそのプリンとも、マシュマロともとれる文乃さんのおっぱいを思い浮かべていた。
「みなとくん、どーしたの?
なにか考え事?
とりあえず、そろそろ先生来るみたいだよ?
キになるね? どんな人かな?
モぉ待ちきれないね!」
「テクニカルにディスってくんな」
莉奈にそう返すと、俺は顔を窓の外に向けてため息を吐く。
普通の幼馴染もこんな感じなのだろうか。もしそうじゃなかったとしたら、なぜ莉奈はこんなふうになってしまったのだろうか。
……まぁ、別に気にしてないけど。
すると前方のドアが開いて、担任の先生が入ってきた。時代に取り残された様な角刈りと、角ばったメガネを押し上げる。
それを合図にゾロゾロと、みんなが席につき始めた。
「おはよう、それじゃホームルーム始めるぞ……っと、その前に。今日からこのクラスの副担任を務めることになった先生を紹介する」
拍手で迎えるように。と言ってから、担任は廊下へ顔を向ける。そして、
「それじゃ、篠崎先生。自己紹介お願いします」
今日から副担任を務める先生の名前を呼んだ。てか、篠崎?
今朝聞いたばかりのその名前に、若干のデジャブを感じていると、
「はい」
華奢な声が、ドアの向こうから聞こえた。そして次の瞬間、俺は思わず目を見開いた。
ブラウン色のロングスカートと、純白のブラウス。その細い線の方に垂れる綺麗な黒髪と、白い首筋。
一歩、また一歩足を踏み出すごとに、たゆんと揺れるそれは、まさに巨峰と呼ぶにふさわしい。
そして、教卓で足を止めると、こちらへ体を向ける。少し遅れて綺麗な黒髪がさらりと背中を舞う。
どこかで見たことのある、可愛らしい大粒の瞳の上を、長いまつ毛が行き来した。
「初めまして、本日からこのクラスの副担任を務めます」
一息ついて、彼女が視線を全体に配らせると、ふと俺と目が合う。彼女も一瞬驚いたように目を見開いて、すぐに余裕のある笑みを浮かべる。そして、彼女は言った。
「篠崎、文乃と申します。これからよろしくお願いしますね♪」
ふふっと篠崎先生……いや、文乃さんはもっちりと頬を持ち上げた。
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