第2話 『オタクに優しいギャル』、俺にだけ厳しい。
「って事があってよ」
時刻は午前七時。太陽もだいぶ高い位置に登り始め、少しずつであるが額に汗が浮かぶような気温になってきた。
きっと今日も暑くなるのだろう。すると俺の隣を歩く少女から、「ふーん」という、興味のかけらもなさそうな返事が返ってきた。
視界の右端で揺れる暗めの茶髪を見て、はぁっとため息を吐く。
すると俺のため息に不服でもあったのだろう。彼女、『
「は、なに?」
迫力満点のセリフに俺は思わずびくりと肩を震わせる。やっぱり、幼馴染とはいえギャルは怖い。
「い、いや、話聞いてたかなぁーって」
「あれでしょ、朝起きたら隣に知らないお姉さんが寝てて、しかも事後で、責任取ることになったんでしょ。お姉さんかわいそうだね、私だったら死んでる」
「おい待て、内容の半分があってない上に、俺が被害者だ。そんで最後のはお前の感想だ」
「でも、湊初めて女性の体触ったんでしょ? 良かったじゃん、一生のズリネタが出来たね」
「お前に対して不服を申し立てる」
「くだらない。却下する」
莉奈はそう言い切って再びイヤホンを左耳に戻す。これだけワイヤレスのイヤホンが流行っているのに、彼女は未だ、一昔前の白い有線を風にたなびかせた。
莉奈は、俺が小学生の頃に引っ越してきた時に初めて出会った。
地毛であるという暗めの茶髪と、まだ幼いのに、切長の大人っぽい目が印象的な女の子だった。
当時は小さくて、表情の起伏も少なく、クラスの隅で本を読んでいるようなやつだったのに、それが中学、高校に上がる頃にはスクールカーストの上位に位置していた。
大人っぽい雰囲気に、美人率多めの顔立ちと、誰に対しても等しく、明るく、そして、優しく接するその姿勢がモテるのは納得できるだろう。
そう、幻の『オタクに優しいギャル』は、俺の隣に存在したのだ。
白いシャツから伸びる華奢な腕が、心地悪そうにスクールバッグを揺らす。
「バッグ重いだろ、持ってやるよ」
「やめて、湊に持たれるぐらいなら、いますぐそこのドブに全部投げ捨てる」
……。
みんなに対して平等に優しいと言ったが、ちょっと訂正。
俺にだけアイスピックを突き立てるような態度は、中学生の頃からブレないらしい。
今日も彼女の肩で揺れる髪の毛からは、ムスクのような甘い香りが漂っていた。
「そういや、今日の帰りはどうする? 喫茶店で待ち合わせるか?」
同じ制服を着た学生が互いに挨拶を交わし合う昇降口。
短いスカートを揺らしながら、上履きを履き終えた莉奈は、小さくため息を吐いた。
「学校に来た瞬間、帰りの話するあたり、さすが湊。私じゃなかったら聞き逃しちゃう」
「お、なんか褒められた?」
その思考回路が羨ましいわ、と莉奈は小さくため息をこぼす。先に歩いていってしまった莉奈の背中を追いかける。
「おい、せめて答えてくれてもいいだろ」
「……はぁ。行かないし、学校で私に話かけてこないで」
莉奈はそう言い切ると、その鋭い眼光をこちらに向ける。だからその目怖いんだよ……。
すると、どこからか騒がしい声が聞こえてきて、その女子が莉奈を呼んだ。
それに反応するように、莉奈は表情をパッと明るくすると、
「あ、おはよぉ〜!
俺に話す声よりも数段高い声を出して、その女子に手を振った。その声は一体どこから出ているんだ……。
……ギアッフォーs
「は? 今あんた、なにか言った?」
「……何も言ってねえよ」
エスパーかお前は。
背中に嫌な汗が浮かぶのは、久々だった。
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