神級魔術
神級魔術……それは、天上の力を模して編み出された希代の魔術。
魔術と銘打ってはいるが、魔術の本質である自然界へと繋がる事を全く無視している。自然界へと通じるのではなく、寧ろその逆で、自然界とは逸脱した、もう一つ上のステージに繋がる魔術。神に近しい者のみが扱える、魔術を超えた神術。
「エアリアル……お前は」
神級魔術に、反魔術は通用するのか。
いや、自然界の現象を基盤に作り上げた反魔術だ。恐らく効力は無いだろう。
だがグラムを守っている反魔術を解除はしない。疲労から見るに、この術は相当の魔力を消費するはずだ。いくら莫大な魔力量を持つエアリアルでも、おいそれと乱発は出来ないはず。
「神の力と、魔王の力……確かに、お前は強い」
あの光の剣に並みの魔術では太刀打ちできない。
ここは冷静に、相手の意識を逸らす事に懸命にならなければな。
俺の雷魔術は速攻と絶大な威力を持つ魔術だ。
何も上級魔術を使う訳でもない。一撃で、相手の意識を削ればいい。
一瞬だ、一瞬の隙を突けばいい。
俺の無詠唱の電撃で制せるかもしれない。
「だが不思議だな。そんなにも強ければ、それなりの欲も出てくるだろう。いつまで、お前は【四天王】だなんて、魔王の側近で居続けるつもりだ?」
いや勿論、その魔王がアイツよりも強いという可能性も勿論ある。
何しろ当代の魔王は――歴代魔王の中でも最強と噂される程の人物だそうだ。
エアリアルが忠誠を誓うに値する人物であれば、エアリアルは多いに怒る事だろう。
もしそれで俺に攻撃の手が行けば、それはそれでいい。さて、どんな反応を見せる事やら……。自身の命を代価に行う壮大な賭けが今、始まった。
だが、エアリアルは予想外の反応をしてくれた。
「何故、私がその様な事をすると? いつそう言う素振りを見せた?」
その反応は果たして、どちらと受け取れば良いのか。
分からない、だが口は勝手に動いていた。
「お前は、俺とどこか似ているからだ。上っ面の奥底に眠るお前の『
俺はそうエアリアルを見ている。敵であれど、強者には敬意を表さなければならない。それが剣神の教えでもあり、俺も個人的にエアリアルの事は尊敬している。
種族間のいざこざでさえ無ければ、俺たちが交わすのは拳では無く握手だったかもしれない。仲の良い友にはなれなくとも、酒を呑む程度には仲良くなれたかもしれない。
「まさかお前にそこまで高く見られていたとはな……だが、それは私も同じだ。人の身でありながらここまでの領域に達するとは、百年近く生きてきたが、お前の様な才能溢れる者はそういなかった。誇ってもいい――お前はいずれ、私を超えうる者になろう」
対するエアリアルも、話の話題を逸らすかの様に俺をそう賛美した。
だが、悪い気はしない。奴ほどの魔術に秀でた者に認められるのは、魔術師として嬉しいものだ。エアリアルに察せられない様に軽口を叩きながら俺は、体の中で魔力を循環させる。
「――――」
無詠唱で、最速で最大出力で、最高の雷魔術を打ち出さなければならない。
いくら相手が魔人であろうとも、この神速の雷撃は避けられまい。
岩壁にそっと背を預けながら、俺は息を吐く。攻撃が止み、暫しの余裕が出来た。
だが余裕を見せるとエアリアルが察し得ないので、こうして他愛のない話をしている。エアリアルも魔力を充電しているのか、互いに拳を交えながらの攻撃ならぬ口撃合戦となっていた。
話す内容は勿論魔術だ。悟られぬ様、皮肉を交えながら、自然体で話す。
奴の魔術に対する造詣は既に一級品で、恐らく大魔術師と引けを取らないレベルにまで達している。更に百年以上も生きているため、豪く古代魔術の事を知っている。
古代魔術は秘匿された魔術だ。一部の人のみ扱える魔術であり、多くの人は家系魔術と混合しているのが現状。
「正しくは、自然界の本質を知る者が出来る者のみが扱える特異な魔術という意味だ。人間界では家系魔術だと言われているが、それは違う。古代魔術は術式関係なく、魔力そのものを変える技だ。故に、誰にでも素質はある」
エアリアルの、その凄まじい威力を持つ掌底を躱しながら俺は奴の空いた腹に拳を差し込む。しかし、エアリアルは涼しい顔をしながら反対の手で拳を防ぐ。
「それはもう見えている」
迫る額に、エアリアルは先に頭を俺にぶつけてきた。
痛い……肌を硬質化させているのか、鉄かと思う程に、奴の頭は固かった。
額が割れ、血が出る。しかしそれも数秒の事。直ぐに治癒魔術により完治する。
俺は今、自身の体に自動的に治癒魔術を掛けているため、俺の脳が焼き切れない限り、ほぼ永久に治癒魔術を施せる。
エアリアルは俺の様を見ながら、顎に手を寄せた。
「ふむ、先ほどの接近戦と良い。お前は通常の魔術師と何か違う」
「私が知る中では魔術師は基本的に傲慢で高飛車、体を鍛えておらずとっておきの魔術は中級と……程々呆れかえる者ばかりだった」
だが……と、エアリアルは俺に指さす。
「お前は違うようだ……既に、お前の魔力は古代化されていっている。お前の魔術に対する造詣が引き起こした物なのか……普通、精霊といった自然から生まれた物や自然と長く触れ合ったものでしか会得出来ない技なのだがな」
そう……なのか? 確かにいつもの違って治癒のスピードが速いなとは思ったし、少し魔術の威力も上がっている様な気がする。だけどそれは久しぶりに撃ったからこんなもんかと思っていたが……まさか、俺の魔力が古代化していたとはな……。
だが、兆候はあった。それは二週間前の、ゴブリン達を一斉した時のことだ。
俺は【
「古代魔術は自然を味方にする力だ。自然は歴史の宝庫だ。ここは、世界的に見ても異質な場所だからな……過去と未来が、あるいは世界か。あらゆる因果がここへと繋がる」
「…………?」
エアリアルのいう事の半分以上は意味不明だ。異世界? そんなもの、ある訳無いじゃないか。確かにここは異質な場所だ。今だって、閉じ切った空間なのに魔力だけは対流している。空気の流れが変わっていき、風が吹いている。
右手に魔力を集中させる。
予備動作は必要なし、無詠唱、そして相手はこの攻撃を避けられない。
俺がそうゆらりと体を揺れ動かしたその瞬間――。
「理よ――雷上級魔術【
左手に宿した雷槍を振り回し、奴に強引に近づく。
エアリアルは乱気したようにその長い銀髪を揺らしながら、雷槍に炎で象った槍をぶつける。
利き手では無い所で、接近戦に勝てないことは承知している。
エアリアルは槍術にも心得があるようで、槍を駆使した移動法や攻撃方法に舌を丸めるばかりだ。槍を地面に突き刺し、蹴りを放たれた俺は面白いくらいに吹っ飛んだ。
「私に武器による戦闘はおススメしない――私はそれぞれの武器に対して、心得があるからな」
「あっ――そ!!」
吹っ飛ばされる間、俺は右手に溜めた魔力を解放させた。
バチバチと電気が鳴り響く。これが狙い――雷を一点に集中させる魔術。
「【
穿たれた雷撃は、真っすぐと伸び、針を突き刺すようにエアリアルの体を貫いた。
肝臓付近を抑えたエアリアルは、何も言わず、ただ苦笑いを浮かべながらごぽり、と血を吐く。
壁に激突して、骨が嫌な音を立てる。だがそれでも笑みを浮かべた。
エアリアルは直ぐに治療を開始し始めたのか、淡い光が腹部から漏れ出す。
「右手では動かせないんじゃなかったのか?」
「神経が途切れているからな。一ミリとも動かせねえよ。だが――術式は焼き切れていない。だから右手でも魔力を貯める事も、魔術を行使する事も出来る」
動かせない右手からという思考外からの攻撃。
雷撃という目に見えない速度を持った魔術。
そして攻撃を受けてから発動するカウンター形式の術式。
「お前は……、今の攻撃で死んでほしかったな」
追撃は、無かった。切り傷と打撲、内蔵は幾つも潰れていて、呼吸さえ億劫になる。
こちらも治癒魔術を行使しなければいけない。だが、エアリアルは【魔人】だ。
人間よりも体の構成が違う。故に――。
「千里の行く末を見届ける者よ、立ち尽くす者よ、立ち上がろうとする者よ。
恐れてはならない、私は貴方と共にいる。驚いてはならない、私は貴方の神である。私は貴方を強くし、貴方を助け、我が勝利の右の手をもって、貴方を支える」
治療を終えたエアリアルの、魔力の躍動が感じられる。ドクンと、脈打つ様に。
エアリアルが詠唱を始めた。来る、来てしまう――最悪が。
「神級魔術——【
最後に放った言葉は、果たして本当に人語なのか。
それを確かめる気にもなれずに、エアリアルが手を上に翳す。
虚空から表れるのは無数の光線。橙色の眩い光たちが一斉に俺の方に向かっていって。
「ま、――ものは試しだな」
俺はその光に対し、一言そう呟き、術式を逆転させる。
「斎戒は果たせず、己が身を費やし闇へと賭すその愚行に、どうか智慧の瞳を――【
エアリアルの放つ必殺の一撃に、俺は目の前に小さな魔術陣を顕現させた。
そして――圧倒的な光が、俺を呑み込んだ。
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