仲間の意義


「まさか、ゼロ君があのレイだなんてね……」


 再び戻って来たころには、辺りに敷布団が敷き詰められていた。

 リリムは布団に座りながら、一人そんな事を言う。

 自分も言えないが、どこか隠している所があるなとは思った。

 だがまさか、そんな重大な事を隠していたとは微塵も思わなかった。


「……何やってるの? ディジー」


 隣で布団に頭を突っ込んで足をバタバタさせるディジーに、リリムはついに言った。

 ディジーはバタ足を止めると、顔を出した。その顔をまだ赤く、恥ずかしさの表れだった。


「うー……死にたい」


 まさか、誰が思うだろう……目標として尊敬していた人が、まさかこんな身近な人物だったとは。思い出すのはゼロと過ごした二週間の日々。本を開いては、彼に思いを綴る日々。一体どんな人物なのだろうと――その感情は恋慕に近い物なのかもしれない。それらを思い出して、恥辱に悶える。


「それにしても、段々と話が大きくなったね……止めなくていいの? ゼロ君、あのままだったら本当に行っちゃうよ?」


「……そういう、リリムちゃんこそ……」


「私はさ、ほら……何というかそのー……」


 ギクリと、図星を突かれた。リリムもまた動揺を抑えきれずにいた。

 今更戻った所で、何て言えばいいか分からない――いや、


「自分がどうしたいのかが分からない……」


「…………」


 リリムの言葉に、ディジーはただ黙って頷いた。

 その時、こんこんと部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 ルームサービスは頼んでいない、ここを訊ねる人に心当たりがあったリリムは『どうぞ』と言った。


「こんにちは」


「失礼します」


「失礼するぜ」


 三者三様の入り方をしたのは、Bランク冒険者パーティ【虎狼の集い】。

 ランザやドーリは女性陣の室内に入る事を禁制しているが、この時ばかりはしょうがない。ランザとドーリは畳に座って、ルーラルは自分の敷布団の上に落ち着いた。


「それで……」


 ランザは言葉を続ける。


「アンタらはどこまで知っていた?」


「私たちが最初から気づいていたって線は無かったんだ」


「流石に、リーシャの顔見れば嫌でも分かるよ……そうか、アイツは誰にも言っていなかったんだな」


 ランザは頭を掻きながら、そう言った。

 彼もまたどういう対応を取ればいいか分からなくなった。

 今までは少し不思議な実力者なのが、今ではあの【雷帝の魔術師】だ。

 魔術師であれば誰もが憧れる。冒険者であっても、彼の存在を知らない者などいない。確かに追放されたと言う噂は聞いた事はあるが、まさかそれが彼とは思わなかった。


「怒ってる?」


「何が」


「Fランクの私たちが、Sランクの冒険者を味方つける事に」


 規則という訳では無いが、あまりランクがかけ離れている冒険者同士を同じパーティに入れるてはならない。そもそもランクが離れている……しかも最底辺最高峰だ。パーティに入るメリットが無い。それに他の冒険者にイジメられるかもしれない。曰く、Sランクの御荷物だとか、そういう陰湿な陰口をたたかれる可能性が高い。


「別に。何で怒る必要がある。俺ぁアイツに助けられたんだぜ?」


 ランザはそう言いながら、何故だと首を傾げる。

 ドーリもルーラルもうんと頷きながら、ランザに同意する。


「そう……それじゃあ、何を訊ねに来たの? こんなより遅くに――」


「そりゃあ……なんつぅか、お前らが心配だってルーラルが言ってたからよ」


 ランザは座布団で正座しているルーラルに視線を向けながら、そこであれ? と怪訝な表情を浮かべた。


「アイツぁ……リーシャはどうした?」


「リーシャちゃんはゼロ君の所に。積もる話もあるそうだし、帰るのは朝方になりそうだって言ってたよ」


 その言い方だとまるで別の意味にも捉えられるのだが、まあゼロに限ってそんな事は無いよなと何故か納得するランザ。それならばちょうどいい。ランザは立ち上がって帰るぞと仲間たちに言った。


「それと、お前ら……まさかゼロを助けるだなんて言わないよな?」


「うぐ……」


 ランザは去り際にそうリリム達に訊く。ぶっちゃけた事を言うと、大当たりだった。

 リリムはともかく、リーシャは絶対に助けに入るだろう。

 それほどまでに現在のゼロは弱っている。先の戦闘では遂に唯一の攻撃手段である剣術も使えなくなった。幾ら斥候の人がいるからと言えどどうやって【四天王】に挑むつもりなのか。


「それを悪いとは言わねぇよ。俺も助けられたし、今では……何つうか、友達ダチとも思っている。俺はな」


『サウナ入った奴は全員友達ダチになんだよ』とランザはそうぼやきながら、しかしダメだとそれでも尚、否定した。


「友達が大事じゃないの?」


「逆だ。だから行かねぇんだよ」


 ランザの意見にリリム達は頭に疑問符を浮かべている。


「ゼロはお前らの事を気に入ってるようだ。だから行かせたく無いんだよ」


「それって……背中を預けられない――仲間じゃ無いって事?」


「そうじゃねぇ。だが、どうしても埋まらない差ってモンがあんだろ。俺達が行ったって足手纏いだ。肉壁とかの役割もアイツが嫌うしな」


 その言葉に、リリムとディジーは同時に苦い顔を浮かべる。

 確かに、その通りだ。自分たちが押しかけたら防衛線へとなってしまう。

 満身創痍に近いゼロが自分たちを守りながら【四天王】と戦えるはずがない。


「なら、私たちがいる意味って……」


「そんなの簡単だろ。――お前らが、アイツの拠り所になればいい。優しく迎えてくれる止まり木になればいい。それも『仲間』だ」


「「――!!」」


 二人が固まっている間、ランザはそれによ、と言葉を続けた。


「ゼロが一番強い時は、逆に一人の時なのかもしれねぇな」



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