追放の裏側
――レイは記憶を失くしていた。
恐らく、度重なるショックに耐えきれずに、脳が壊れる前に消し去ったのだ。
レイはまるまるこの二カ月の事を忘れていた。俺はなるべく日付の事に気づかない様にした。
俺は考えた。この後どうするかを。
レイに正直に話すか――いや、それはダメだ。
それだと逆戻りになると思ったからだ。
ならばどうする? このまま隠し通す事は出来ない。
いずれはバレてしまう。ならば、その前に――。
「俺たちが、エアリアルをぶっ倒す」
とても無茶だと思うが、もうそれしかないのだ。
そう思いながら、俺は日々を過ごしていった。
レイの一番弟子であるシノにも事情を伝えた。彼女は泣きながらこくりと頷いたのを今でも覚えている。
――そうこうしている間に、遂に恐るべきことが起こった。
「グラム……何だか、魔術が扱えないんだ」
その言葉に、俺は平然を装う事が精いっぱいだった。
癪善としない状態で外に出て行ったレイを見て、俺は悪態を吐いた。
もう、やるしかないのだと。二カ月前とは違って、レイはまだ心を保てている。
だが時間が経過するごとに疲弊していくだろう。ならば、今、ここで――。
俺はレイのスキルボードの欄を見る。
【魔王の呪い】——そこに、経験値をつぎ込んで会得した【偽装】を使う。
どうせなら、謎の状態異常の方がまだショックが薄いだろう。もしこの呪いに気づけば、アイツは何としてでもエアリアルを殺すつもりだ。だけど今のレイは無理だ。 今度こそ――死んでしまう。
俺はその日の内に仲間に告げた。そうして、一芝居打ってもらう事にした。
その日は空気を読んだかの様に雨だった。
レイが雫を垂らしながら、俺たちの方を見る。
俺はその目を見て――様々な思い出が溢れてきた。共に苦楽を分かち合った親友。
すまない。恨むなら、俺だけを恨んでくれ。
俺は覚悟を決めて、奴に言った。
「お前は――本当の【仲間】じゃない」
==
「――っぁ!!」
瞬間、俺は失っていたはずの意識を取り戻した。
今のは――走馬灯というやつなのか。
何秒気絶していた!? 俺は慌てて顔を上げて奴を見た。
奴――【四天王】エアリアルの姿を。
「そのまま寝ていればいいものの……一体いつまでやるつもりだ、この茶番を」
エアリアルはその緋色の双眸を俺に向けながらつまらなさそうに言った。
「もう分かっているだろう。お前たちに私は殺せない。もう退け、さすれば命までは取らん」
エアリアルの周囲には電流が走っており、俺はそれに直撃して吹き飛ばされたのだとようやく分かった。ギリッと歯を食いしばる。それは、アイツの魔術だ。
それを我が物顔で使うんじゃねぇ!! ――俺はそう言うべきなのに。
「ク、ソ……ッ!!」
足が……もう動かない。ここまで一カ月近く掛かっている。
連戦につぐ連戦。そしてエアリアルという規格外の化け物に、既に俺の体は壊れていた。
強い――再戦してみて改めて分かった。エアリアルは異常だ。異常な程強い。
一度見た魔術を直ぐに真似し、剣術スキルを多く保有している。
一応、剣の腕では師匠にも敵うと自負してたんだが……現に、奴が剣を取って俺と戦ったまでは良かった。だが魔術を使い始めた途端、崩壊した。
特に集中的に狙われたのはシノだった。回復を潰そうとしたのか、俺たちも全力で守ったが、それでも元より体力の少なさがネックだったシノは、攻撃に当たって壁際まで吹っ飛んで気絶している。
生き残っているのは俺だけだ。
いや、生かされていると言うべきなのか。
奴は死に際の俺を生かして、その剣技を真似しようとしているという事は分かっている。この戦闘では魔術を用いているが、少なくとも、【剣王】クラスにレベルアップしている。
――一度見せた技をほぼ完ぺきに模倣してみせる、その天才的な戦闘センス!!
それに加えエアリアルは、レイとほぼ同等の魔力量を保有している。
魔術に関しては妙な魔術を繰り出していた。奴を倒すには短期決戦しか無いのは分かっていたが、奴は治癒魔術も持ち合わせている。早々に回復を潰されていた俺たちはその時点で敗北を予感していた。
逃げることは出来る。実はと言うと、その程度の余力は残らせている。
いや、それすらも見破られていた。それ故の発言だった。
「逃げる……か」
その方が良い。俺も馬鹿では無い。ここで退散して、ダンジョンの内装は全て把握している。このダンジョンの近くには都心部があるから、そこでSランク級の冒険者と合同で再突入した方が勝てる可能性が高い。国も【四天王】と言えば金など工面してくれるだろう。
もしかすると師匠も来てくれるかもしれない。
人類最強の剣豪と謳われた師匠だ。
「だがな! それだとアイツは、魔術が扱えないままだ!」
黒髪のアイツの後ろ姿を思い返す。
壊れる一歩手前の状態で出て行ったレイは、現在は行方不明の状態となっている。
心配だった。俺はアイツの事がよくわかる。十年も一緒にいたんだ。
魔術が使えなくなって壊れたアイツの姿を、もう見たくはない。
「ここでお前を倒せば、アイツはまた魔術を扱えるようになる! そうすれば、きっと――」
レイは俺なんかよりも凄い奴だ。
才能に秀でていて、周りの事をちゃんと理解している。
だからエアリアルは脅威と認識して魔術を封じた。
「――そうか、実を言うとお前たちが来た時、私は一瞬期待してしまったんだ。――再び、あの小さな魔術師と会えるのかとな。お前もあの時と比べて強くなったが、しかし私を満足してくれるのは彼しかいない」
だが――とエアリアルは続けて言った。
「彼の【雷魔術】は、いずれ【魔王】オルトリウム様の脅威となり得る。心惜しいが、封じらせてもらった」
右手を翳される。手の甲からはバチバチと青い電撃が放たれ、それらは丸い球状へと変化する。
「もう一度言う――去れ、若き剣豪よ」
「……俺は、お前を倒す!」
逃げる事も、敵に背中を向ける事も、助言を聞く事もしなかった。
立ち上がって剣を握りしめて。
ただ前を向いて、せめて一矢報いようと剣を振り上げると――。
「だからお前はいつまでたってもバカなんだよ」
その瞬間、ガコンという音がして冷たい空気がなだれ込んできた。
新たなる挑戦者。A級かS級の冒険者。いやそれは分かっている。
その声に、聞き覚えがあった。その口ぶりに、過去の記憶が蘇った。
あぁそうだった。鳴りを潜めてたけど、本来のコイツはこんな感じだったなと、久しく思った。
傲慢で、大胆不敵で、オレ様気質で、だけどそれ以上に仲間想いな――。
「レイ……」
そこに立っていたのは、黒髪の冒険者。
数カ月ぶりに見た親友の姿は、前に見た時よりも弱くなっていて、覇気は感じられなかった。だがそれ以上にやる気に満ち溢れており、現に今も、その視線はエアリアルの方を向いている。
「来たか……! 待ちわびたぞ【雷帝の魔術師】」
「そう焦るなよエアリアル。それに、今の俺は雷帝でも魔術師でも無いんでね……」
そう言いながらレイは左手にナイフを掲げると、エアリアルと俺に向かってこう言った。
「今はゼロだ。【黄金の夜明け】の――ゼロだ」
==
――エアリアルは強い。
剣術体術魔術、全てに置いて最高峰の位置にいる。
人を超えた【魔人】。例え手練れの冒険者九名が総出で戦っても、奴はそれでも冷汗一つ流さない。冷静に剣を振るって全てをいなしている。
奴の剣術は凄く、見たことも無い技やスキルを放っている。恐らく、古代の失われし剣術か、魔人が編み出した剣術なのだろう。何故そう言い切れるかというと、グラムは全ての剣術を知っているからだ。グラムが知らない剣術など無い。ならば残されているのはこの二つだけだ。
魔術においてもそうで、膨大な魔力量に、見たこともない術式。
適正属性は恐らく全属性適合で、尚且つ固有魔術か家系魔術を有している可能性がある。体術も、僕たちとでは比較にもならない程卓越としていて、練度の差で言えばこの場にいる全員を足しても奴の半分には届かないだろう。
何度も言うがエアリアルは強い。
――だが、弱点はある。
「さて――これでお前と会うのは二回目な訳だが」
エアリアルの銀髪が揺れる。白く伸びた指が、振るわれたナイフを抑えた。
硬質化では無い。ただ単に生物的に違うだけだ。
俺はギリッと、だが想定内だ。【鑑定】を使いながらエアリアルに攻撃を続ける。
「魔術が使えない事は知っている。だがその右腕はなんだ? 所作からしてお前は右利きだと思うのだが」
「仲間を助ける為に捨てて来たんだよ」
「ほぅ……仲間とな」
エアリアルは遠くの方にいるグラムの方に視線を向けながら、思惑気に嗤う。
「勘違いすんなよ。グラムも仲間だ。何なら、お前の仲間をここに呼びつけてもいいんだぜ? いるかどうか分らんけどな」
「仲間なぞ。私には不要だ。力さえあればいい」
俺が反抗的に嗤うと、エアリアルはすまし顔でそう応える。
まあ、寧ろコイツならその方が良いよな。
「それで? このまま俺の下手な剣戟で終わらすか、それとも見っともなくぐちゃぐちゃに内蔵を潰されて俺が死ぬか――そんなつまらない幕引きは、シラケるよな?」
「……何が言いたい?」
俺は知っている。エアリアルは強い者に敬意を払う相手だという事を。
だがそれと同じくらいに魔王に対する忠誠心も高い。
ここら辺は慎重にいかないとな――。
俺はいつもの様な笑みを浮かべながら、大胆不敵そうに言ってみた。
「俺の魔術を返せ。そうすれば【雷魔術】の真価――それを見せてやろう」
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