アルカ大迷宮 速攻攻略
そうして、朝がやって来た。
僕はあれから一睡もせずに、ずっとリーシャの傍に居続けた。
冒険者ギルドには、アスラがいた。もうすぐ年が越す前と言うのに、それなのに彼女はいつも見たいに肌の露出度が高い、動きやすい服を着ていた。
「ていうか、そうか。もうすぐ……年が越すんだな」
「はい」
当たり前の事だった。アスラには何を言っているか分からないと思うが、僕にとっては重大な事だった。僕にとって昨日と言う昨日まで、十月の気分でいたのだ。
記憶が飛んでいたから、僕にとって全ての出来事が二カ月後の出来事。
どうりで、何だか最近寒いと思ってたんだよな……。
「結局僕は、いつもアイツに助けられっぱなしだった」
馬が嘶き、二人しかいない馬車は緩やかに道なりに沿って進んでいく。
僕は馬車の後部座席に乗りながら、懐からスキルボードを取り出した。
グラムは【強奪の魔剣】を僕に使わなかった。
あの時見せた電流は、近くにいたシノが【
スキルボードには未だ【■■■■■】と言う謎の状態異常が書かれてある。
「【
全てを見破るスキル【
【魔王の呪い】——と。
「【魔王の呪い】……?」
僕は更に【鑑定】を使って、その名称の意味を調べる。
【魔王の呪い】
魔王とそれに近しい者のみが扱える呪術。
対象の行為を永久的に封印することが出来る。
魔術では無く、スキルでも無い全く新しい技。
解除するには、その呪いを掛けた呪術者本人を殺すしか無い。
「そんなものが……」
【呪術】とは一体なんなのか。未知なる力だということは分かるが、対処法が分からない。解除方法は一旦置いておいて、僕はアスラに訊いてみた。
「【呪術】……ですか」
アスラは馬を巧みに操縦し、荒地でも難なく進んでいる。
彼女は少し考えたのちに、あぁと思い出したかのように言った。
「そういえば、グラムさんが言っていました……エアリアルに、呪術なるものを解除しろと」
「アイツが……」
「エアリアルはそれを拒否して、それでグラムさんが突撃してそのまま戦闘になって……」
その言葉に、僕はただため息をつくしか無かった。
アイツ……一人で突っ走りやがって。本当に――。
「本当に、ありがとう……」
僕は守られてばっかりだ。何が一人だ、最初からいたじゃないか僕の傍には。
大切な仲間たちが、友人らが。一人じゃなかった。彼らが僕を避けたのではなく、寧ろ避けようとしていたのは僕の方だった。
悲劇から惨劇から僕を守ろうとしてくれた仲間の顔を思い出しながら、僕はただ、明日の方、朝日が登る様を見つめていた。
==
「レイ様、お待ちしておりました」
「こちらこそ、いつもすみません」
アルカ大迷宮があるのは、廃国となってしまった小国家にある。
ここに来るのは、これで二度目だ。一度目の記憶を呼び起こしながら、僕は目の前で恭しく頭を下げる初老の男性に声を掛ける。
彼との出会いは二カ月前。彼の娘とその孫を僕たちが救ったのがきっかけだ。
それ以降、何かと僕たちを支援してくれるいい人だ。
「いえいえ、レイ様は私の大切な家族を救って頂いた恩人です。これぐらいさせてください」
彼は僕の前に大量のポーションを置いた。彼は少し離れた所にある小国の薬屋を営んでいて、昨夜僕の連絡で用意してくれたのだ。
緑色の液体が入ったポーション。この人の事だから、粗悪品は絶対に無いだろう。
このポーションは回復用だ。。僕とアスラは治癒魔術が使えない。なるべく堅実な立ち回りをするが、やはりごり押しで突っ切らないといけない場面を増えてくるだろう。
僕は懐から一枚の金貨を渡すと、彼はとんでもないと首を横に振る。
「おやめください。私はこんなものを貰いに来たわけではありません」
「だがしかし……お礼がしたい」
「であれば、是非今度孫娘たちに会ってください。きっと喜びます」
「それであれば。お安い御用ですよ」
彼の提案に僕は素直に頷くと、そのポーションらを全て【亜空間収納】によってしまい込んで、アスラと共に大迷宮の入り口までやってくる。大迷宮の入り口は魔術によって封じられており、僕たちの存在に気づいた管理人がやってくる。
本人確認が終わり、最後に管理人の『それではご武運を』との言葉と共に、岩壁にあった大穴の封を解いた。
「行こう」
「はい」
僕たち二人はその穴に迷いなく飛び込んだ。
==
アルカ
深層一階。
大迷宮の内装はとても簡素なものとなっていた。
自然を利用した洞窟では無く、誰かが意図的に作成した道などがある。
壁や部屋など、古代的な雰囲気が満載だ。だけどそれらに関心を寄せる事は無く、僕は走りながら向かってくる敵を捌いて行く。
道はアスラが覚えている。襲ってくる魔獣も低ランクばかりだ。
アスラを背中に、僕は単身で駆け抜ける。これでも体術は少しばかりかじっているので、襲ってくる魔獣を剣の持てない両手で薙ぎ払っていく。
「凄いです……三日かけて進んだ階層を、僅か十分で……」
「アスラのお陰だ。このまま最短攻略行くぞ!」
次の階層へと繋がる階段を駆け下りる。
少しだけ疲れてきたが、まだまだやれる。
二層も魔獣のランクが一つアップしただけなので、基本的には一層と同じ。
だが少し生傷が増えた。治癒のポーションを持っておいて良かった。
アスラの方には傷は言っていないようだ。彼女がやられてしまったらお終いだから、傷つくのは僕だけで良い。アスラによれば、深層は全部で五層ある。これで三層目。無駄な消耗はあってはならない。
「はぁ……はぁ……っ」
「レイさん……! 大丈夫ですか? 治癒のポーションを……」
「大丈夫……だ。行こう」
三層。ここからがキツかった。徘徊する魔獣のランクは落ち着いたけれど、問題は
グラムたちもここは相当苦戦していたらしく、攻略するのに六日を有したそうだ。
アスラは疲弊している僕に治癒のポーションを渡すが、ただ疲れているだけで、傷はあるにはあるが、掠り傷にも等しい。個数にも大量に買ってはいるが無限という訳でもない。グラムたちに使用する分もあるのだ。無駄な消費は避けたい。
四層は地獄だった。
三層の方がまだ優しいレベルだと思い知らされるほどだった。
罠の個数が増え、魔獣のランクがBからAになった。ここまで来ると敵も狡猾で、罠を駆使した戦い方をしてくる。魔獣は罠の在りかが分かっているのか?
ここまで来るとアスラも流石に戦闘に参加してきた。僕は付け焼刃で覚えていた体術スキルで敵を気絶させ、アスラは中、遠距離を担当。彼女の持つナイフが魔獣の腹を掻っ捌いて、紫色の血が迷宮の床に付着する。
「うっ――!」
「アスラ!」
しかし魔獣は死ぬ間際に彼女にその凶刃な爪で引っ掻いた。
その爪はいとも容易く人体を切り裂くものだ。倒れるアスラを抱える。
アスラの腹部からはどくどくと血が流れている。僕は急いで【亜空間収納】からポーションを取り出すと、彼女に飲ませる。
その瞬間スーっと出血が止まり、筋肉の繊維が結びつき、皮膚がその上から再生される。アスラの顔からも青白い肌がみるみる血が通っていくのが目で見て分かった。
良かった……と、僕は安堵するがその時アスラはぷるぷると震えて自身の胸の辺りに手を当てていた。
もしかすると、今のショックで動けなくなったのか……?
彼女は斥候だ。基本的に魔獣との戦闘は専門外で、そもそもアスラは猫耳族だ。
敏捷性と柔軟さと、後は夜目とか。だがそれぐらいだ。力は人間よりも非力だと言う。
「アスラ……」
彼女はもう戦う事が出来ないのか。
それは困る。彼女の事は勿論大事だが、今だけは戦って欲しいのだ。
僕は彼女の背に優しく手を置きながら、口を開く。
「すまなかった。こんな危険なところに、君を連れて行くべきでは無かったんだ」
「レイ……さん」
彼女の夜空の様に美しい瞳が僕を映す。
僕は彼女に続けて言う。
「だけど、お願いだ。助けてくれ――君がいないと、僕は生きていけないんだ」
僕は頭を下げながら、彼女に懇願する。
みっともないとは、不思議と思わなかった。ただ悔しさだけが心を埋め尽くす。
もし僕が魔術を扱える体だったら……彼女は傷つく事は無かったし、こんな目には合わなかったはずだ。ただただ、アイツ――僕から魔術を取り上げた、エアリアルに対しての怒りが募る。
「あの、その……分かりましたから、頭を上げてください。私は大丈夫ですから」
「これからも一緒に付き合ってくれるのか!?」
「ひゃっ――」
僕は安堵しながら顔を上げる。そこで彼女がどうして胸に手を当てているか、その理由が分かった。そうしなければ、彼女の着ている……主に胸部を隠している布が落ちてしまうからだ。あの時の攻撃の余波は壮絶なものだった。衣服が無事なはずが無い。いくら万能な治癒のポーションでも、流石に衣服までは再生できない。
顔を上げた僕が見たのは、そんな風貌の彼女であり。
次の瞬間、大迷宮内に乾いた音が響いた。
==
そんなこんなあって、ようやく――ようやく、五層に到着した僕ら。
ここまで本当に長かった。隣にいるアスラも、少しだけ表情が綻んでいた。
結局アスラは僕が持っていた包帯で胸元を隠している。だがそれでも恥ずかしいのは恥ずかしいのだろう、僕もなるべく彼女の方を見ない様にしながら、ちらりと壁から内装を見た。
この五層には魔獣がいない。あるのは罠だけだそうだ。意図は分からないが、考えるだけ無駄だ。ゆっくりと、罠を踏みぬかない様に慎重に移動する。
この五層だけ、他のとは違って広大だ。
なので、否が応でも壁面に描かれた謎の絵画を目にしてしまう。
羽の生えた黒い人影に、翼の無いただの人影。絵画は続いており、まるで一つの物語の様に描かれていた。
最初は、その二人の人物が互いに寄り添うように描かれており、だが進むごとに距離が離れて行く。中心に書かれた一つの大陸の絵の続きには、仲間なのか、真っ黒な人影の大群と、それと対をなすように翼が無い白い人影の大群が争っている様子が描かれていた。中心には大蛇の様な物があり、益々意味が分からない。
最後には寝そべっているのか、二人が地面に倒れている様で終わりだ。
「何なんでしょうね……?」
「分からない……が、恐らくこれは古代の歴史を表しているのでは無いのか? 真っ黒な人影は【魔人】と置くと、この白い人影は僕たち【人間】で。この長い争いの発端を描いた物……じゃないか?」
「それではおかしいです。この人は何でこの様な結末を描いたのでしょうか?」
「それは……恐らく皮肉だろうな。勝者はおらず、互いに朽ち果てる事を暗示しているのかも」
魔族と人族との争いはそれこそ数百年前から続くものだ。
最初の発端は、当時の魔王が更なる土地を求めて侵略していったと言う物だ。
これを描いた奴は一体、どんな事を思いながらこの壁画を描いたのだろうか……そう、考えながら進んでいると――。
「ここが――」
「はい。ここが――【四天王】エアリアルがいる部屋です」
目の前には大きな扉があった。金属製で出来ているのか、その横には柱があり、上には炎が燃え盛っている。扉付近には血がこびりついており、間違いなくここで数人が犠牲になったことが伺えた。
奥の方では微かな剣戟の音と、エアリアルが放つ覇気があった。
「……っ、」
その気にあてられて一瞬、足がすくんでしまった。
体は恐怖を覚えている。潜在的なものが、理性が、今すぐにでもここから逃げろと警鐘を鳴らしているのが分かる。
「……行ってきます」
僕はただ首に掛けられた小さなネックレスを額に当てた。
これはアルカ大迷宮に行く際、リーシャから貰ったものだ。
――どうしてだろう、負ける気がしないんだ。
僕は確かに弱くなった。
だけどその分、勇気をあいつらから貰ったんだ。
だからという訳では無いが、何とかなる様な気がしてきた。
「さぁ――行くぞ!」
僕は意を決して、扉に手を掛けた。
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