君の為に
それから僕は、ギルドの方に魔石採掘の件を伝えて、そして今、僕はアスラと共に酒場のカウンター席にて話をしていた。
「レイ……さん」
「久しぶりだな、アスラ……元気にしてたか?」
「は、はい。皆様のおかげで何とかやらせて頂いてます」
彼女の緋色の瞳が、今の僕を映す。
僕は【偽装】を解除する。久しく現れた僕の素顔に、アスラはホッと胸を撫で下ろした。
「どうして、ここに……?」
「今は別のパーティにいて、その依頼の帰りだ」
あまりこの事については多く語らない方が良いだろう。少なくともこの場では。規約違反に抵触しているかいないかの瀬戸際で、だが今はそれどころではない。
「教えてくれ、アスラ……アイツらは、今何をやろうとしている?」
ウエイトレスさんが持ってきた水を一杯飲みながら、僕は彼女に訊いた。
「グラムさんは、二週間ほど前に、突然出没した迷宮に潜りました。念のためと私を連れて」
「迷宮……」
確かにそんな噂を耳にしたことがある。
だがまさかそこにアイツらがいるとは思わなかった。彼女は続けて言う。
「迷宮の探索には時間と人手がいります。勿論その時は【夜明けの星】以外にも複数のパーティがいましたが……その殆どが全滅。生きて帰った人たちは全員病院送りです」
彼女が言うには、その中にはSランク冒険者パーティもいるという事らしい。ならばどうして彼女はここにいるのか。助けてとは、どういう意味なのか。
僕の疑問に彼女は気づいたのか、包み隠さず教えてくれた。
「私はパーティメンバーではありません。なのでグラムさんは私に【転移石】を持たせてくれました」
【転移石】とは、特殊な魔石であり、破壊すると対となる魔石の元まで転移するという優れものだ。こちらはかなり希少な石なのだが……なるほど、実にアイツらしい。
彼女の首元に掛けられたネックレスみたいな物には。割れた水色の水晶の破片らしきものがあった。
「私たちは順調に探索を続けていました。襲ってくる魔獣はDかCばかりで、これと言った傷は私も負わ無かったです」
彼女の口ぶりから察するに相当上手くいったのだろう。シーラは僕以上の【感知】スキル有している。魔獣との接敵は殆ど無かったのだろう。
ここまで切り取れば何をどう助ければ良いのかが分からなくなる。だがアスラはそこで言葉を切って、ゴクリとコップの中に入っていた水を飲み干した。
「たった……三時間前の事でした。迷宮の最奥地、そこで感じた事も無いような威圧感を放つ存在がいました」
彼女のコップを持つ手が僅かに震えている。
確かにあの存在感は僕も驚くぐらいのものだった。息が荒くなり、僕はそれ以上は言わなくて良いと言ったが、だが彼女は僕に言った。
「そこにいたのは【四天王】……名前を、確か――」
「エアリアル」
「――っどうしてその名を……まさか」
僕の脳裏に、銀髪のアイツを思い出す。
「一つ、いいか?」
全てを見透かしたような顔をして、あの時僕たちの前に現れた、底なしの絶望。今でも右手の震えが止まらない。僕はその手を握りしめながら、彼女に訊いた。
「グラムは、あの魔剣を使っていたか?」
グラムの持つ二本の魔剣。
【強奪の魔剣】――その能力は【略奪】と【解放】。敵の攻撃を奪い一回だけだが使用できると言う魔剣。
「はい使っていました……敵の炎による攻撃を封じたり、今度は逆にこっちが利用したり……それがどうかしました?」
この件を彼女がどれだけ知っているかは分からない。
だけどアイツはむやみやたらに吹聴しない奴だという事は分かっている。
僕は立ち上がると、彼女に手渡しで金貨一枚を渡した。
「こ、これは……?」
「今からお前を買いたい。超絶難易度の依頼だ、それくらい無ければ後先困るだろう」
彼女には悪いが、今から潜ってもらうからな……。
彼女は少し戸惑いながら、しかしはいと静かに頷いた。
「それにしても……その何と言いますか、意外でした。グラムさんはかなり酷い対応でレイさんを追放したと言うのに……」
「確かに僕は一カ月前、あいつらから追放された」
あの日の事を今でも覚えている。忘れられる訳が無い。
全てを失って、積み上げた物が虚構のものだと思ってしまって、全てが幻影に見えたあの日。
「だけど、僕は彼女らに出会った。救われたんだ。そして――僕は恩知らずではない」
雨が止んで、光が差し込む。土に覆いかぶされた芽は蕾をつける。
花咲くまであともう少し……。
マイナスからゼロになるまでもう少しなんだ。もう少しで、僕は自分を取り戻せるんだ。
「僕は彼らを助けて――そして、アイツから絶対に取り戻す」
今も頭の中はごちゃごちゃしていて、何一つ良い解決策は見つからない。
だけどこれだけは分かる――このままだったら、僕は一生後悔する。
僕は恩知らずではない。グラムたちから受け取った思いを無視できるほど、出来た人間じゃない。
「何を取り戻すのですか……?」
アスラの緋色の瞳が、僕の黒髪を映す。
久しく見る自分の姿に、少しだけ新鮮さを覚えながら、僕はぎゅっと手を握って。
「僕の――【雷魔術】をだ」
そう、胸の内を明かした。
==
ダンジョンの救出依頼とは、基本的にギルド本部が提出するのではなく、個人が提出するものである。アスラは銀貨三十枚程で出していたが、結局現れる奴は誰もいなかった。当たり前……と言えば当たり前だ。誰だって死にたくはないし、何よりも報奨金に華が無い。僕ならば、これに希少なアイテムを付け加える。
しかし無理もない。彼女はまだ十二と幼く、依頼の出し方も分からなかったのだろう。自分が支払える金額じゃ無いから、その価値の付け方も分からない。
下手な田舎町で依頼を出すわけにもいかないから、少し無理してまでここを選んだアスラを褒めるべきだ。斥候とパーティの関係なんて、所詮金で成り立つ付き合いなのに。
そう考えると、行動しようとしただけまだマシな方なのかもしれない。
「それじゃあ。お前はこれで少しでも多く休んでくれ」
ここからその迷宮まで時間はそう掛からない。
そして僕はその日の内に最奥部——あいつらがいる所まで行くつもりだ。
その事を伝えると、彼女はコクリと頷いた。到底無謀だと思う作戦を、しかし彼女は僕の――レイの実力を知っている。行けると踏んだのだろう。僕も同感だ。
アスラは他の斥候と違って実力が高い。当然通った道を把握している。それならば、後は速攻で迷宮を踏破するのみだ。
僕はアスラに少しのお金を渡すと、彼女はぺこりと頭を下げながらギルドを出て行く。明日の明朝に、ここに集合という事で彼女には早々に休ませてもらった。
入れ替わるかのように、僕の前に来たのはリーシャであった。
リーシャは悲しそうな顔をしながら、彼女は自分のスキルカードを見せると、僕に訊いた。
「本当にゼロさんは……あの【雷帝の魔術師】……何ですね」
「……そうだ」
いずれ、こうなる事は分かっていた。
彼女は怒っているのか、悲しんでいるのか分からない顔で、ただただじっと僕の方を見つめている。彼女のスキルボードの一覧には、【レイ】と書かれてあった。
「騙していたことについては、謝る。本当にすまなかった」
話そうと何度も思っていた。だけどその度にまた見捨てられるのではないかと言う恐怖が心を縛って、結局ズルズルとここまで引き摺った。これはその末路だ。
リリムとディジーはこの場にはいない。恐らく旅館の方に戻ったのだろう。
ランザ達は、アスラと話す前に一度見かけた。――少しだけ、納得いかないような、そんな微妙な顔をしていたのを今でも思い出す。
「これから、どうするつもりなんですか?」
「僕は……アイツらを助けに行く。僕の大切な人達なんだ」
「アークゾネスの時、ゼロ……レイさんは言っていましたよね? ――魔術が扱えないと」
確かに僕は以前そう言った。以前……と言うか、今日の出来事だ。
魔術が扱えない、そして【
……ギルドを出た僕たちは、ただ黙って旅館へと向かっていた。
星空が瞬き、赤や青の点滅が暗闇の夜空に輝く。
リーシャはずっと視線を下に向けたまま、僕の前を歩いていた。
対する僕は、まるでその逆をやっているかの様に、星空を眺めていた。
「魔術が扱えない魔術師なんて、そんなのただの役立たずです」
「そうだな」
彼女の発言に、その幾度と無く言われ続けられた言葉に、僕は眉を潜めるまでも無く、そうだと肯定する。だけど行かなくてはならない。僕が再び魔術を扱えるようになるためには。
「スキルも、剣術スキルはもう使用不可能になってしまって――」
「あぁ、その通りだ」
今も右手はやや震えていて、握る事は出来るが剣もろく棒切れすら真面に握る事が出来ない。これに関してはきっと、もう治療の手立ては無いのだろう。
「それでも――貴方は、行くのですね」
そうだ。例え魔術が扱えなくとも、剣が握れなくとも、それでも、それでも僕は行く。仲間を助けに――行くんだ。
僕の覚悟が伝わったのか、それとも最初から知っていて、だからこそ言ったのだろう。
「私も連れて行ってください」
「ダメだ」
「私は貴方に出来ない事が出来ます。私も戦えます」
「ダメだ……ッ! これは僕の戦いだ。君たちには関係ない」
リーシャの言葉に真っ向から反対する。
今度ばかりは無茶だ。彼女のその心意気はありがたく、正直に言うと少し揺らぎそうになったけれど、それでもやっぱりダメだ。
「それでも――私はっ!」
真ん丸なお月様が、リーシャの背後から見える。
煌めく涙の一筋が、ぽたりと地面に落ちる。
彼女は僕の方に駆け寄って、胸に顔を寄せた。
温かな感触が、伝わってくるのが分かる。
彼女の優しさに、何度救われただろう。彼女の在り方に、何度心を絆されただろう。
多くは言わなかった。ただ一言、伝えたい事を伝えた。
「君が好きだ……だから、連れて行けない。僕は――俺はもう、大切な人を失いたくない」
「そんなの……卑怯ですよ」
胸の中で抱く彼女はただ小さな声で、言った。
「――待ってますから。絶対、必ず、帰ってきてくださいね」
正直に言って、今でも足がすくんでいる自分がいる。
本当だったらリーシャ達も連れて行きたいぐらいだった。
だけどそれ以上に、僕は彼女たちが好きだった。
好きだから、守りたいから、だから――。
僕はリーシャの顔を見ながら言った。
「約束だ――必ず帰って来る」
これは、過去への決着だ。
これは、義理を通す戦いだ。
だがそれは行きの方だ。帰りは違う。
――仲間の為に行って、君の為に帰って来よう。
僕はそう、決意した。
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