【神之斬撃】
ここまで来るのに、本当に時間が掛かった。
幾度と無く繰り返される魔獣との交戦に服はズタボロで、血だらけで、格好悪い。
だけど、本当に間に合ってよかった――僕は危うく、大切な人を失いかけた。
【
だが、僕たちは一歩後ろへと下がってそれを躱すと、リーシャが距離を詰め、的確に防具の縫い目を突いて行く。恐らく先ほどの戦闘で何かしらコツみたいなものを掴んだのだろう。
「【
「了解です!」
リーシャはその言葉を聞き終えた瞬間、大きく飛び退く。
ワンテンポ遅れて、アークゾネスの大剣が振り払われたからだ。
やはり……彼女の戦闘センスは抜群だ。ここにアークゾネスがいるのは酷く面食らったが、これならば、何とかなるかもしれない……。
「相手の動きをよく見て! 知能があろうが所詮は魔獣だ! 攻撃は全てパターン化されている!」
「はい!」
一応、僕も口だけでは無く数々のスキルを駆使してアークゾネスを足止めしているが……やはり的確にダメージを与えているのはリーシャの方だ。だが彼女の剣で奴を倒すとなると時間が掛かり過ぎる。大ダメージを与えられる技が必要だ。
一撃必殺——僕はそれを持っている。恐らくこれならば、奴を倒しうるかもしれない。だが今回は異常事態だ。全てが異常で、だからもしかするとコイツが僕たちの知っているアークゾネスだと言う保証が無い。だから限界まで彼女には頑張って欲しい。だから、つい声が出てしまう。リーシャは予想外に良い返事を出してはいるが、もしかしたら不満を押し殺しているのでは無いのか……?
「も、もし疲れたのなら遠慮なく言ってくれ! 僕が前線に出るから」
これは【
それが本当に歯がゆく思うのだ。だから僕は少しでもアイツらに近づこうと、鍛錬を行って来た。だから疲れた時や傷を負った時は遠慮なく言って欲しい。
前線に立って、君を守る事ぐらい、させてほしいんだ。
「ゼ、ゼロさんが優しい……!? 失礼ですが貴方本当にゼロさん何ですか!?」
訂正。もう二度と優しくなんかしてやるもんか。
そんなこんなで、僕は【
戦況は変わりつつある。その時、リーシャの鋭い突きを喰らったアークゾネスの肩部から、僅かに紫色の血が滴り落ちた。
「――よしっ」
ようやくだ。ようやく奴に目に見える傷を負わせられた。
更に奴は疲れて動きも鈍っている。これなら――アレでいけるかもしれない。
そう、思った時。突如リーシャが崩れ落ちた。
「……っ!」
リーシャの身体は崩れ落ち、足首が痛いのか、その箇所を擦っている。
まさか……。
「切れたのか!」
「ごめんなさい!」
彼女はそう言いながら、何とか立ち上がろうとする。
だがアキレス腱が切れているためか、思うように立ち上がる事が出来ない。
無理も無かった。彼女はあそこからここまで全力疾走で来て、しかも魔獣との戦いからの傷も癒さずにここに来た。そこから計十分も……命の取り合いをしている。
彼女自身はまだやる気だけれど、体が付いていけなかった。
「――【
僕は必死にスキルを発動するが、怒りに染まったアークゾネスには通用しない。
僕は彼女の身体を抱えて何とか退こうとするが、思うように上手く進まない。
アークゾネスも、度重なる戦闘で疲れているためか、だが確実にこちらよりも僅かに速かった。やがて追い付かれる事は明白だった。
「だ、ダメです……私を置いて行ってください」
「バカな事を言うなっ!」
リーシャがあまりにも馬鹿げた事を抜かすので、僕は声を大にして怒った。
彼女に安心させるために、僕は続けて言う。
「僕はお前よりも強いんだぞ。大丈夫だ、安心しろ【
嘘だ。どういう訳か、それとも耐性が付いたのか【
「――【水弾】」
その時、一発の水弾が、僕たちの間を通ってアークゾネスに当たった。
当たったと言っても、分厚い鎧に弾けて、何らダメージも通してはいない。
僕はその弾道の先を見て、目を見開いた。
「……私たちも、いる。ししょー、諦めないで」
杖を構えた、白銀髪の少女。
ディジーだ。彼女は続けてアークゾネスに中級魔術を放つ。
どれも鎧に弾かれているが……それでも、視線は逸れた。
「ほんっと、何恰好つけてんの! ゼロ君ったらそんなキャラじゃ無かったでしょ!」
いつの間にか僕の背後に立っていたリリムが、そう言いながらリーシャを背負う。
僕はリリムの方を見て、ごめんと一言謝る。
「許さないよ? 私ってば結構根に持つタイプだからね。だから……ちゃんと、温泉行くって約束守るまで、許さないから」
「……あぁ、恩に着る」
僕がそう言うと、彼女は舌をべっと出して出口の方まで駆け足で彼女を運ぶ。
前方を見てみると、活力を取り戻したランザが大剣を振り回してアークゾネスと真っ向から戦い合っている。ディジーも適度に攻撃を繰り返して、アークゾネスのヘイトを上手く管理している。
「――【
部屋の門の後ろで、紫色のローブを被ったリードが、僕たちに【
そうだ、何も僕たちだけじゃない。皆、協力してくれているんだ。
「ランザ! もう恐らく【麻痺】は効かない! 僕の合図と同時に後ろに跳んでくれ!」
「りょうっかい!」
オレンジ色の髪を逆立て、鋼色の大剣を振るうその姿は正に【戦闘狂】と言うべき姿だ。前線は今、ランザと後から入ってきたルーラルが交互に入れ替わりながらアークゾネスと対峙している。今更だが、ここに普通の片手剣を扱う剣士がいなくて本当に良かった。
ランザの様な大剣使いと、ルーラルの様な卓越とした細剣使いじゃ無ければ、真面にアークゾネスと討ち合えないからだ。僕はアークゾネスの振るうあの黒色の二つの大剣を【鑑定】する。
《滅魔の大剣》
アークゾネスが所有する魔剣。
とても人間には持てない重量を秘め、その効果は【触れた魔力を刈り取る】。
魔術攻撃はこの剣の前では無力と化す。だが魔力だけを刈り取るので、威力は普通の大剣と何ら変わらない。
【鑑定】の結果に、僕は舌打ちをしながら、続いて鎧の方を視る。
《黒魔の鎧》
アークゾネスが所有する大型の
魔術攻撃を半減し、状態異常耐性も付与されている。
尚、鎧自体の性能も高いため、生半可な攻撃は一切効かないだろう。
「クソ、バケモノが!」
何なんだこれは! 通常のアークゾネスが可愛く見えるぞ!?
未知の異常事態によって超絶強化されたアークゾネス……さしずめ【アークゾネス・オルタナティブ】と名称すべきか。
どうする……一向に作戦が思い浮かばない。
いや、本当はある。だがそれは、この場で見せる訳にはいかないものだ。
一撃必殺にして、今の僕が扱える最強の切り札——だがそれを見せてしまったら。
戦況は刻々と変化し続ける。僕が悩んでいる間にも血は流れ、骨を削る。
アークゾネス・オルタナティブの二連撃、一撃目でランザの大剣が振り払われ、ガラ空きになったランザの身体に、もう一撃加えようと、剣が薙ぎ払われる。
「っぐ――!」
だがそこは流石Bランクと言うべきか、ランザは歯を食いしばりながら、無理やり後ろに大きく跳ぶ。だが大剣の切っ先が掠ったのか、それは防具を通り越して肉を切り裂いた。大きな切口に、だくだくと生々しく赤い血液が流れ落ちる。
もはや、一刻の猶予も無かった。
僕は覚悟を決めて【亜空間収納】から一本の、何も変哲もない片手剣を手に持つと、目の前にいるアークゾネス・オルタナティブの方に近づこうとする。
だがこれには少しの時間溜めがいる。至近距離で発動しなければ効果が薄い。だから誰かが――誰かが、その間足止めをしなければならない。
だがそれが問題なのだ。もはや激昂したアークゾネス・オルタナティブの猛攻を止められる人なんて、もういない……。
「――そこは、私がやりましょう」
「ル、ルーラル! バカ止めろ! 危険すぎる!」
月光の様に美しい淡い黄色の髪を靡かせ、雷を纏った細剣を持つルーラルが、僕の前に来る。
「ですが、ランザさんが倒れた今、戦えるのは私しかいません……その様子だと、まだ何か秘策をお持ちの様ですし」
「…………すまない。だがくれぐれも無茶はしないでくれ」
ルーラルは僕の言葉にコクリと頷くと、重い体を引きずって、再度アークゾネス・オルタナティブと対峙する。今回は時間を稼げばいいから、とにかく防衛戦になってしまう。だが、あの細剣でどこまで耐えきれるか……。
いや、ルーラルは凄腕の細剣使いだ。
今僕がやらなくちゃいけないのは――。
「ふっ――――」
息を吐く。右手に持つ鋼色の刀身を見ながら、僕は左足を前に出して構えのポーズを取る。さて、ここからが問題だ。この構えは明らかに【剣術スキル】に由来するものだが、あのアークゾネス・オルタナティブの鎧を貫通して、しかもそれで殺すとなるとそれ相当の威力を持つスキルで無ければならない。
【
今から放つのは、全ての剣術スキルの頂点に君臨する、大技——。
空気に満ちている魔力が、スキルを通して刀身に収められていく。
何も変哲もないただの片手剣が、圧倒言う間に切れ味抜群の逸品に出来上がる。
だがそれはただの前準備だ。魔剣専門の剣術スキル——。
『だがなレイ……これ撃っちまうと、暫くはその他の剣術スキルが扱えないんだ』
心のどこかで、アイツの声が聞こえた気がした。
あの【剣帝】でさえこのスキルは最後まで使わなかった。
これを使えば、どんな剣士も剣を持てなくなると言われている。
それを、剣を真面に扱った事が無い魔術師がやるのだ――それ相応の犠牲は、支払われる事になるのだろう。
このスキルを知っているのか、一部始終を見ていたランザが声を張り上げる。
「お前――死ぬ気か!? 無茶だ、剣士でもないお前が出せる訳がない!」
「承知の上だ」
どこか吹っ切れたかもしれない。元より、魔術が扱えないと自覚していた頃から僕はやけに自暴自棄になっていた。覚悟は今した。後悔はするだろうが、間違ってはいない。
「グ、グオオオオオオオ——ッ!!」
重い……果てしなく、重い。
ここら一帯に残留する魔力を全て吸い尽くしたのだ。
一振りが限界だ。そしてこの一振りで全てが終わる。
アークゾネスはまだこちらに気づかない。
今の内に、これで終わらせるんだ……っ!
――だがその時、決して鳴ってはいけない音が、剣から響いた。
「えっ…………」
パキリ……と、刀身にヒビが入ったのだ。
その音を聞いた時点で、僕は自分で気づきたくない解答に気づいてしまった。
不発だ――このスキルは剣の状態で全てが決まる。決してこの剣は良い代物とは言えないが、だが既に破損しているとなれば、話は別だ。
刀身に収集していた青白い光が発散し、全身の力が抜ける。
膝をついて、カランと刀身が折れた剣が無情にも、地面に落ちる。
もうダメだ……打つ手がない。あれが最後なのだ、あの剣以外に持ち合わせている剣は、もう無いのだ。
「ここで、僕は……」
お終いなのか。まだ何も成せていないのに。
ここで終わるのか、まだ何も分かっていないのに。
ここで死ぬのか――自分の本当の気持ちに、ようやく気付けたのに。
あいつらを必ず助けると決めたはずなのに、それなのに、それなのに僕は……っ!
激情が涙腺を刺激して、それらは涙となって眦から零れ落ちようとする。
圧倒的な絶望感が、体中を駆け巡って、平衡感覚が狂い始めて――。
「まだです! まだ諦めちゃダメです!」
その言葉だけで、全てが元通りになってしまった。
背後にいたその少女は、僕は立たせると、僕の右手に何かを持たせる。
それは――細剣だった。魔剣では無いが、それでもかなり高価なものだったと聞いている。そして――
「リーシャ……だが、これは」
僕は背後まで来ていたリーシャに、震える唇で言葉を紡ぐ。
以前言っていた――これは、母親から譲り受けた剣なのだと。
そんな大切な物を、どうして……。
「まだ、剣はあります。私の細剣ならば、壊れる事はありません」
「だけど……」
「勝つって言ったじゃないですか。ゼロさんは約束を守る人です」
リーシャは僕の右腕にそっと自身の手を重ねる。
そのまま細剣を上に上げて――でも、ダメなんだ。
「無理だ……もう、魔力が無い。周囲にある魔力は全部吸い取ってしまった。だから――」
「――私も、いる」
いつの間にか、傍まで来ていたディジーが、つま先立ちをしながら、僕の手に触れた。温かな波動が手から通じて、その時リーシャの細剣の刀身が淡く輝く。
だがこれには、ただの剣を魔剣へと変え得る程の魔力が必要だ。だけど彼女はいつもの如く僕の方を見て。
「やって、ししょー」
彼女はいつも見たく、やってくれるだろうと、僕にそう言った。
そこまで信じられては、やるしか無いじゃないか……!
「よっと、私もいるよー」
リリムが、重くなりつつある剣に振り回されそうな僕たちの元へやってきて、彼女もまた、片手を僕の手に置いた。彼女が来てから、剣が安定しだした。
もう一回——撃てる。
「――オラァ! アイツらだけ任しちゃ【虎狼の集い】の名折れだぜ!」
「うん! 僕も援助します!」
魔力をチャージしている間、ランザが前線にやってきて、ルーラルをカバーするように戦う。あの弱気なドーリも、怖いのを我慢して前線にやってきた。
剣に魔力が集中して、そして遂に、発動条件が満たされた。
「ゼロさん」
「ししょー」
「ゼロ君!」
みんなの顔を見て、僕はあぁと、頷く。
「みんな――ありがとう」
後で一杯言いたいけれど、きっと忘れてしまうだろうから。
だから今は、これだけ。
輝きを放つ剣を持った僕は、ゆっくりとアークゾネス・オルタナティブの前までやってくる。
それに合わせて、ランザ達が退いてくれた。
彼らたちも、最初は利用してやろうとか思っていて、ごめん。
今では大切な友人だと、本当にそう思っている。
「GAAAAAAAAAA」
アークゾネス・オルタナティブは、僕の手に持つ剣に怯えたのか、その殺意の篭った赤い双眸で、こちらを睨みつける。大剣が振るわれ、それらは容赦なく僕の胴体を真っ二つに両断するもので――。
「本当に――」
――本当に、良かった。今更だけど、そう思った。
僕があの時彼女らと出会って、そうしてここまで来れて。
喧嘩もしたし、仲たがいもした。だけどそれでも尚——彼女たちの元にいたいと思うこの気持ちは、変わらない。
もっと彼女たちと過ごしたい。
思い出を作りたい。
彼女たちの夢を――その果てを見たい。
そのためには――。
「お前は……邪魔だ」
その剣を握りしめて、僕はありったけの力を込めて、奴に放った。
究極にして必殺の――最後の技を。
「【
瞬間、極光が洞窟内を埋め尽くし、黒の魔獣の前に来る。
黒の魔獣は魔剣を振り下ろそうとして、だが全てはもう遅い。
全てが白に埋め尽くされ、それでも尚貫かんとする。
光だ。闇を打ち払う光。その光は正に 世界を貫く光の太刀。それは大洞窟を揺らす一撃でもあり――。
目の前にいたはずの魔獣は、跡形も無く、塵一つ残さずに消え去った。
断末魔も、抵抗もあったもんじゃない。僕の前にあったのは、二刀の大剣のみだった。
僕はその光景を見た瞬間に、バタンと糸が切れた人形の様に崩れ落ちた。
どこか遠くから声が聞こえる。どこか妙な心地よさに包まれながら、僕は――やがて眠るように意識を手放した。
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