離別
翌日。シンと静まり返った空間内で目を覚ました僕は、彼女たちを起こして早速本懐である魔石採掘へと勤しんだ。ダンジョン内の気温は熱くも無く寒くも無く、丁度いい塩梅。僕は岩壁にそっと手を当てながら、【
【探知機】は、所有者の視覚を媒介に探知してくれる。
僕の視覚に幾つのも【色】が浮かび上がった。赤や青と、色が違うのはその魔石が持つ属性が違う事を表しているからだ。因みに赤は火属性で、青は水属性。
小さな魔石なども反応してしまうため、慣れていないと視界がぐちゃぐちゃに染まってトラウマになってしまう冒険者も多数いる。僕は慎重に探知機の微調整を行った。
小さな魔石は無視して、なるべく大きな魔石を取りたい。
なので、魔力感知を調整して、なるべく大きな反応だけを映す様にした。
その結果、少し遠くだが反応があった。
「僕はとりあえず大きな魔石を取って来るから、そっちは露出している小さな魔石でも取ってくれ。魔獣避けは発動したままだから、何かあった際は拠点に戻って、合図を送ってくれ」
「合図はどうしましょう?」
やる気満々といった感じでリーシャがそう聞いてくる。
彼女だけでは無く、リリムもディジーも珍しくやる気に満ちている。
これが終われば温泉に入る約束をしていたからな……現金な奴らめ。
「そうだな、俺もあまり遠くは行かない様にするから、大きな声を上げれば流石に気づくよ」
「それじゃあ何かあったら『ゼロ君のエッチ―』て言うね!」
グッとサムズアップするリリム。僕は片目を閉じて、
「その時は無視させて頂きます」
「ひどい!」
そんな会話を最後に、僕は彼女たちと離れて、魔石を探しに道に入って行くのだった。
==
それから数時間が経過した。魔石は思ったよりも順調に集まってきている。
これを売れば恐らく金貨二枚は行くだろう。この調子ならば、もう少し集めて、彼女たちの武器等を新調するのも良いかもしれない。
「……って、俺も甘くなったな。こんな事、考えるなんて」
二週間前の僕なら、こんな事一度たりとも思わなかっただろう。
いい意味で毒されて来た。このパーティに馴染み過ぎてしまったかもしれない。
それは果たして良い事なのか……少なくとも、僕はこのパーティに居心地の良さを感じてしまっている。
それが良い事か悪い事か――僕には分からない。
「それよりも……だ」
僕は地面に倒れている魔獣を見下ろしたながら、軽く息を吐く。
額から垂れる血を拭ってから、改めてこのダンジョンに起こった異常に気付く。
「敵が異様に強くなっている……」
最深部に行くにつれて、敵は強くなっていく。今相手にした蜘蛛形の魔獣——【
「【氷属性】だなんて、聞いてないぞ」
基本的に氷属性の魔獣は、氷のダンジョンに出現する。
ここは火山が近い事から、基本的に火属性の魔獣が出現するのだ。
確かにダンジョンでは新たな魔獣が発見される事はある。だが氷属性を持つ魔獣は珍しいを通り越して異常だ。
今回は、何とか手持ちの剣で討伐出来たからいいが、少し傷を負ってしまった。
今の僕に魔術は使えない……包帯で傷口をきつく巻いて無理やり止血しながら、辺りを見渡して魔獣がいないかを確認する。かなり乱暴に殺してしまったから、辺りには血で一杯だ。早くここを離れないと、新たな魔獣が来てしまう。
「寒い……」
そう言えば、あれから合図は一度たりとも無かったが、果たして大丈夫なのだろうか……。その時、【探知機】越しから、何かの反応を僕は受け取った。
「えっ…………」
その反応に、僕が完全に停止していると、どこか遠くで『ゼロさーんっ!』と言う声が聞こえてきた。僕はその声にハッとなり、魔獣の素材を回収するのも忘れて、彼女たちの元へと戻る事にした。
「大丈夫か!?」
拠点付近には魔獣の痕跡があった。まさか……と思って急いで来たが、彼女たちは無事なようで、ほっとする。だがしかし、何故かリーシャ達は荷物を整理しだしていて、リーシャに至っては既に出発する準備をし終わっているでは無いか。
リーシャは僕に気づくと、深刻そうな顔をしながら、僕に言って来た。
「さっき、悲鳴の様な物が聞こえてきて……あれは、リードさんのものでした」
「リードが?」
あの弱気な紫色のローブを羽織った姿が思い出される。
あれから一日と経過したが、ボスともう相対したのか。
確かに、少し周囲の魔力が濃くなってきている。背中をぞわぞわと擦る様な、無差別に向けられる圧倒的な殺意。
「助けに行きましょう!」
リーシャが笑顔でそう言う。
リリムとディジーの方を見ると、彼女たちも彼女の口車に乗せられたか、変な使命感に満ち溢れていながら黙々と整理しだす。
「……いや、少し待て」
リーシャの発言に、僕は怪訝な表情を浮かべる。
どうして、僕たちが助けに行かないといけない。
そもそも、ここからどうやって行くと言うのだ。明確な位置も分からないのに。
もしかしたらまだボスと戦っていないのかもしれない。それで勝手に僕らが行ってしまったら、最悪横取り扱いされるかもしれないのだ。せっかくランザが訴えないと確約してくれたのだ、今更無用なリスクは抑えたい。
時間の無駄だ。正直に言うならば、そんな事をするくらいならば今すぐ、より多くの魔石を回収した方が良い。
僕がその旨を口々に言うと、リーシャは『それでも!』と言葉を続けた。
「もし、本当にピンチでしたら、やっぱり助けに行くべきです!」
彼女の言葉に、僕はムッとして言い返す。
「却下だ! 危険すぎる!」
脳裏に、【
僕は大声を出しながら、彼女たちを引き留めた。
危険だ、あまりにも危険すぎる。もし道中でアイツらと遭遇してしまったら……。
「人が……人が死ぬかも知れないんですよ!」
「そんなの、あいつらの勝手だろう! 僕たちの責任じゃないし、それを覚悟の上で、ここに来ているんだ!」
「ちょ、ちょっと! 仲間割れは止めようよ!」
「二人とも……落ち着いて……」
リーシャとの口論は白熱する。
彼女の言い分は、所詮は未熟な冒険者の戯言だ。
一応言っておこう、僕は別に冒険者同士の助け合いを否定している訳ではない。
僕だって散々他の冒険者にお世話になった頃がある。今回も、彼らがいてくれたおかげで予定よりも早くここに着けた。だが、それとこれとはまた別問題だ。
「いいから、お前らは魔石でも集めてろ!」
「それでも――」
「――いい加減にしろっ! お前はまた同じミスをするのか!?」
白熱する口論に、思考が追い付けなくて、僕はつい、その台詞を口にしてしまった。
その言葉は決して、言ってはならない言葉だった。
言ってしまった直後に、あっと、後悔の念が押し寄せる。ドッドッドと、心臓の音がやけに煩い。
――リーシャは、悲しそうな表情を浮かべて、くるりと僕に背を向けて言った。
「……確かに、私は間違っているのかもしれません。それでも! ……それでも、そんなに人を助けるのが悪い事なんですか?」
「それは……っただ、時と場合を……それに、自分の立場を分かって――」
「そんな事を言って、もし助けられなかったら――きっと、私は『本当に助けたい人』も助けられません」
彼女の意志は固く、僕が何を言っても変える気は無さそうに思えた。
言っていくうちに、段々と腹が立ってくる。そもそも、なぜ僕はコイツを引き留めようとしていたんだ――?
『僕がお前を正してやる』——その言葉すらも、忘れてしまった。
あぁ、何だかもう、失せてしまった。
今までの思い出が、色褪せていく様な気がする。
こんな体験を、僕は一度してある。
「そんなの………………。あぁ、もういい。勝手にしろ。元より僕はただの非正規のメンバーだ。僕はお前らの――」
僕は壊れてしまいそうな程に煩い心臓を耐えながら、その言葉を言った。
それは奇しくも、あの時グラムが僕に向かって言った言葉と同じだった。
「僕はお前らの本当の――――【仲間】じゃない」
その言葉を言った瞬間、何かが割れる音がした。
その言葉を聞いたリーシャは、黙りこくって歩き始めた。
その後に、リリムとディジーが後を続く。本来であれば、そこにはもう一人いたはずだ。もう一人の、人物が――。
一瞬、立ち眩みの様なものが襲って来た。
景色が揺れ動く、心臓が破らんばかりに痛みを訴える。
吐き気がこみ上げてきて、頭が痛い。激しい頭痛が、ぼく、を、襲、って――。
「―――――――」
ただ茫然と立ちすくんでいる僕の背に飛んできたのは、少女の一言だった。
「さようなら――ゼロさん」
「もう、二度と会う事は無いかもしれませんので、これだけは言っておきます」
その言葉は、どんな言葉よりも、痛烈に僕の心を破壊していった。
あぁ、ただただ寒い――身も凍える様な寒さが、痛みとなって襲い掛かって来る。
その時、ハッキリと聞こえたのが分かった。
「それでも私は、貴方の事を――仲間だと、思っていました」
バキリと、今まで積み上げてきた絆が壊れる音。
その音を聞くのは、実に二度目の事だった。
僕はバタンと地面に倒れる、無性に腹立たしくなって、ガンガンと、何度も地面を強く叩く。
「クソ、クソ、クソ……っ!」
皮膚が裂け、赤い血が拳から出る。それらを見て、僕は蹲って歯を食いしばった。
とめどなく溢れる思いが、自分の純粋な思いを踏みにじって、出てしまった。
もう少し冷静になれば良かったかもしれない。彼女たちの言い分に、もう少し耳を傾ければ良かったかもしれない。だが、どれだけ後悔しても過ぎてしまった時間は取り戻せない。
どうしようもない今が、ただただ冷たく無情な現実だけが、過ぎていく。
僕はまた、自分のせいで、大切な人達を傷つけてしまった――――。
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