EGO


 そうして夜が明けて、僕は馬車の前で待つリーシャ達の元へと向かう。

 装備はあらかた整えた。いざという時に備えて、魔石も用意した。

 体調は万全とは言わないが、出来るだけ万全に近いコンディションをキープしている。


「おっそ~い! 遅いよゼロ君!」


「悪い! 遅くなった」


 結局、僕が一番遅くに来てしまった。

 リリムがぷりぷりと怒る。僕は手を合わせながら平謝り。

 前まではお前がこの位置にいたんだぞ……。


 やがて、荷台に乗った三人を後ろに、僕は借りた馬を走らせる。

 嘶き、パカラッパカラッと軽快なリズムを奏でながら、過ぎていく景色を横目に、僕は後ろにいる三人に向かって声を張る。


「後二時間程度で着くから、眠れる内に眠っておけ」


「私は大丈夫だよ~……それより、は何で眠らないのかな?」


「遅刻した僕は今、お前らが出来ない馬の運転をやっていますー。Aランク舐めんな」


 本当はSランクだけれど。僕はリリム悪態を吐きながら、そんなこんなで旅路は進んでいく。結局彼女たちが休む事は無く、朝日が昇りきった頃には、僕たちは目的地の洞窟周辺に着いた。本来ならば早く着くはずだったが、このダンジョンがあるのは『ヴァルティア王国』ではない。その隣にある都市国家『カルディア』にあり、そこの国境を越えなければならない。僕たちは無事国境を越えられたが、何故かリーシャはしばらくの間、国境を守る門番の上司……まあ、偉い人と話していた。

 時間にすれば十分ぐらいか……凄くドキドキした気持ちで待っていた。何かあって『やっぱりダメです』と言われたら、幾らギルドの依頼書を見せても無理だからだ。


 因みに、国に入国出来ない冒険者と言うのは極わずかだがいる。

 何かその国での犯罪行為に抵触したり、まあそれも殺人ぐらいの重罪を犯さなければ入国禁止令は出ないけど。再び戻って来たリーシャは、少し重い顔をしていた。


 僕はそんなリーシャに聞く事が出来なかった。

 唯一、リリムだけが分かったのか、彼女もまた、重苦しい顔つきをしていた。

 馬車をゆっくり動かしながら、整備された道に入る。すると鼻をツンと刺すような臭いが辺りを漂って来た。


「くさーい! ちょっとゼロ君こんなところでやめてよねー」


 リリムは少し鼻をつまみながら、リーシャはハンカチを口元に当てていた。

 僕の隣に座っていたディジーがその距離を空ける。


「僕じゃ無いぞ……! お前ら『カルディア』に来たことが無いのか?」


「は、はい……。そもそも、ヴァルディアから離れる依頼が無かったので……」


 リーシアが僕の問いにそう答えた。

 彼女はかなり辛そうだ。確かに初めて来る人にはキツイかもな……。

 この『カルディア』には、とある名称が付けられている。


 それは――温泉都市『カルディア』。


「周りに山があるだろう? そこから豊富な魔力を含んだ温泉が流れているんだ。だからこれは温泉の匂いだ。別名、腐卵臭とも言うんだが……」


 大地に含まれる豊富な自然魔力が水に溶けだして、それが地下の熱に触れて熱くなって……確か、そうだった気がする。勉強不足だな。


「うええ……それじゃこれ、風魔術とかで掻き消すことが出来ないの?」


「出来たとしても一時的な物だ。都市部に入ればその匂いは無くなる」


 だが、あまり長く吸い込むと体に異常を来すかもしれない。

 馬も少し苦しそうだ……馬の進行速度を上げて、するとリーシャがきょとんとした顔で僕に訊いた。


「温泉は良い匂いですよ? これも温泉何ですか?」


「あぁ……それはきちんと浄化されたものを使っているんだろうな。腐卵臭を取り除いた良質な水だ。まあ今は主流となっているが、昔はそのまま入浴していた奴がいてな……」


 キチンと浄化されていない温泉は、長く入り過ぎると骨を溶かしてしまう。

 飲むと舌がピリピリするしで……酷い目にあった覚えがある。


「それにしても、リーシャは余程の大金持ちなんだな……」


「えっ? 何か言いましたか?」


「いや、何でもない」


 僕は早々に会話を切り上げて、馬を走らせた。

 そうして何とか都市国家『カルディア』に到着したのだ。

 冬近くだからか、カルディアの街には多くの観光客で賑わっていた。

 整備された石畳、煌びやかな街並みと……中々に栄えている様だ。


「何だか……地面が温かい?」


「恐らく、この地面の下に温泉が通っているんだろうな。冬近くになるとこうして水の配置を変えて、魔石に頼らなくても街を温める事が出来る」


 しかし、通例ならば十二の月だったような……まだ十の月だろうに……まあ、結構寒いから良いか。


 そんなこんなで馬を預けて、僕たちは一応持ち物を再度確認して、足りない物を現地調達して、そうして午後になる頃には、僕たちはそのダンジョンの前に着いていた。


「ん? ねえ、あれって……」

 

 リリムが洞窟の入り口を指さす。

 洞窟の前、だが、そこにはもう一つのパーティが、いた。


「んあ?」


 僕たちの存在に気づいたオレンジ色の男が、僕に向かって声を掛けてくる。

 後ろには二人の仲間を引き連れて。


「おい待てって。ここは俺らが引き受けた依頼だぞ」


「え……あの、私たちもここで魔石採掘の依頼を受けているんですけど……」


 リーシャの発言に、男ははーっ? と頭を掻きむしりながら、荒々しげにそう言う。


「お前ら、パーティ名はなんだ?」


「えぇと、私たちは【金色の夜明け】です。ランクは……Cです」


「俺らは【虎狼の集い】……ランクはBだ」


 リーシャの言葉に、男は瞬間眉を潜めながら、依頼書を僕たちの方に出す。

 僕は後ろからこそこそと見てみる。確かに、これはギルド本部から発注されたものだ。待て……ギルド本部だと?


「……二重予約ダブルブッキングか」


「ゼロ君、二重予約ダブルブッキングって何?」


 僕のつぶやきに、リリムが反応する。

 僕はこそこそと小声で教えた。


「要するに、同じ依頼を同時期に出してしまって、ギルドが管理できずに一緒に出してしまったと言う事だ。ほら、僕らはギルド支部の方から発注しただろう? だけど彼ら……【虎狼の集い】だっけか。彼らはエルディアにあるギルドからの発注だった。だから今頃、ギルド本部にようやくその依頼発注の伝が届いているだろうな」


「え、それじゃあ私たちの依頼はどうなるの?」


「……恐らく、本部の方が優先される。一応謝礼金は貰えるかもだが……」


「——そう言うこった。すまないがこれも運だな」


 僕の話が聞こえていたのか、その男はリーシャに向かってそう言った。

 リーシャは何か言いたげそうで、ちらりと僕の方を見た。

 ……正直言って、僕はこれを良いと思っている。

 何故だろうか、心が軽くなっていく気分だ。


「リーシャちゃん、ここは退こうよ……」


「……悲しい、けど、しょうがない……」


 リリムとディジーが、リーシャに向かって言う。

 リーシャはそれでも……と、諦めずにいるが、今回ばかりは――。








『魔術が使えない魔術師は、ウチにはいらねぇんだよ』








 ……………。


 ――これを逃せば、もう二度と僕は魔術を扱えないかもしれない。


「……お前ら、ここには何の依頼で来たんだ?」


「は? なんだお前……あんまし言いたかねぇけどよ、もう少し目上の人にはそれなりの言葉の使い方ってもんがあるんじゃねぇのか?」


 僕の言い方にムッとしたのだろう。

 オレンジ色の男の言う事は間違いない。

 だが――。


「ハッ……! 生憎、今まで生きていた中で目上の奴らに出会った事が無いから、分からないな……」


「なら、俺が教えてやるよ!」


 目の前の男が、瞬間短剣を抜き出した。

 ……速いな、流石はBランクだけはある。

 だけどな、僕はそれよりも速い剣の持ち主を知っている。


「――んなっ!」


 僕は即座に、腰に携えた一本のナイフを振りかざし、短剣と相殺。

 一瞬たじろぐ男、恐らくこの攻撃を真っ向から受け取れるとは考えもしなかったのだろう。その一瞬の差が、今の僕とお前の明確な立ち位置を露わにした。


 腕を組み通し、背後を取る。

 そのまま後ろに僅かに捻り上げたところで、男は『降参降参!』と叫んだ。


「イタタタ……っ、お前強いな。剣士か?」


「生憎僕は魔術師だ。ランクは……まあ、お前らよりかは高いだろうな」


 先の発言からしてみて、この男はパーティ内でも相当の実力者だ。

 武器を見た限り、男がメインアタッカーで、残る男と女は補助か。

 パーティ的に、異常事態の出来事に弱そうではあるが、今更戦術を変える事を加味すると、そのままランクが上がってしまった感じだと思う。ならば、この男を倒せば、この中で一番強いのは僕という事になる。


「ただ、狙いが分かりやすかっただけだ……ありがとう、手加減をしてくれて」


 僕は彼に手を伸ばすと、彼は照れくさそうに頬を掻きながらその手を受け取った。


 ――よし、イケる。


「それで、さっきの質問何だが……」


 人間、強い者にはどうしても逆らえない。一番わかりやすいのは力を見せる事だ。

 ただ力を見せるだけじゃ、彼らは納得しないだろう。前に言ったのは、あくまでも『冒険者同士でのいざこざがあった場合』、最優先がギルド本部からの依頼という事であり――。


 ――要するに、何もいざこざが無ければいいのだ。


 余計な禍根を残さない様にしなければならない。

 だから、そうした後で優しさを見せる事によって、自然に相手を懐柔させる事が出来る。本能的に、逆らえないと言う縛りを課す事が出来る。


 僕の質問を、男は答えてくれた。


「あ、あぁ……俺たちは元々このダンジョンの魔獣討伐に来ていたんだ。深層三階……最後の階層にいるダンジョンボスの討伐」


「そうか。僕たちはここに『魔石採掘』の依頼でここに来た……そこで、どうだろう」


 僕はダンジョンの洞窟の入り口を指しながら、彼らに言った。


「僕たちは魔石を掘りたい。魔石が多く採掘できるのは最深部だ。そして、お前らは最深部のボスを倒したい……利害は一致しているだろう?」


「まさか――そう言う事か」


「理解が早くて助かるよ。それで、どうする?」


 男はしばらく考えたのち、少し話し合いがしたいという事で、後ろにいた二人の仲間の方に戻っていった。リリムが僕に訊ねる。


「どういう事?」


「俺らの目的はあくまでも魔石採掘だろ? だけどあっちは魔獣討伐。そして俺らの共通点は『最深部に行きたい』と言う事……要するに、ボスモンスターの討伐と、その道中を一緒に行かないかと言う提案をしたんだ」


「それってどうなの……? 私たち、まだ初心者だよ?」


 確かに、そうだろうな。

 僕であれば即却下だ。だけど――。


「大丈夫だ。必ず……彼らは提案を受け入れるよ」


 僕がそう言うと共に、男が戻って来た。


「……その提案を受け入れる。だけど、ボスモンスターだけは俺たちに任せておいてくれ」


「分かった。ありがとう」


 ……ッチ、ボスモンスターの経験値目当てか。

 まあ良い。これで僕たちもダンジョンに入られる。

 早速行こうという事で、先頭を【虎狼の集い】が、後衛を【黄金の夜明け僕たち】が。


 びゅうびゅうと入口から流れる空気が前髪を撫でる。

 それぞれが息を呑む。ここからは僕も気を引き締めないといけない。


 ……嫌な予感がするのは気のせいだろうか。


 僕は彼女たちの後を追って、ダンジョンに突入した。




















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