EGOとOLTの狭間で


「ありましたよ、ゼロさん!」


「本当か!?」


 リーシャの興奮した声を聞いて、僕も立ち上がって声を出した。

 あれから――魔獣討伐が終わってから、早二週間が経過しようとしていた。

 大体の実力を知った僕は熟考して――やがて『いける』という結論に至った。

 いける。彼女たちの実力ならば、油断は出来ないけど、それでも無謀ではない。

 だが、その為には準備が必要であった。それは――偏にパーティランクである。


 二週間前、彼女たちのランクはFだった。

 その為、二週間の内の一週間はパーティランクを上げる為、各自依頼などをこなしていくように頼んだ。元々組んだばかりのパーティだったから自動的にFになったため、直ぐに僕たち【金色の夜明け】はFからCへとなった。それに伴い、ディジーとリリムのランクが上がり、ディジーはCに。リリムはリーシャと並んでBとなった。


 そうして、今日。僕はようやく最後の難問に打ち勝った。

 リーシャが持ち帰ってきたのは、一枚の紙切れ――それは依頼の紙であり、そこには受理の判子が押されてあった。


 そこには――魔石採掘と書かれてある紙が。


「本っ当に大変でした……。朝早くから依頼の更新をチェックして、誰よりも早くに取れました」


 額に浮いた汗を拭きながら、リーシャはそう言う。

 依頼は基本的に早い者勝ちで、こういう美味しい依頼は早めの内に確保しておかなければならない。こういう依頼はいつも貼りだされている訳でもないので、こればかりは本当に運が必要不可欠であった。


「あぁ、本当にありがとう、そしてお疲れ様!」


 僕はリーシャに最大限の感謝の意を伝える。

 すると、椅子に座って、僕の袖を引っ張ったディジーが、これと、机の上にある紙を指さす。


「出来たから、見て」


 いけない。つい興奮してしまったが、この時間はディジーに魔術を教える時間だ。


 この二週間で、ディジーは目覚ましい成長を遂げた。

 初級から中級へとなったのだ。あの難関である中級試験に合格したのだ。

 あの時ばかりは、僕も柄に無く叫んでしまった。その日は僕が住んでいる宿やの、一階の大きなスペースを借りて、主人が作ってくれたお祝いのケーキなどを食べたり、とにかく祝っていた。当のディジーは相変わらずの無口で無表情だったけれど、最後には『ありがとう……師匠の、おかげ』と言ってくれた。


 中級になっても彼女の探求心は凄まじく、凄い勢いで知識を蓄えていく。

 今、彼女に出したのは術式に関する問題で、術式を図化したものを見せて、その属性を当てる問題なのだが……どれどれ。


「これは、かなり難しい応用問題だ。別にやらなくても良かったんだが……」


「面白かったから……」


 ディジーはペンを回しながら、ふんすと言った。

 中級になってから、更に意欲が向上したディジー。もう既に、上級の基礎問題は難なく解けている。僕は彼女が呈した紙を見ながら、頭の中で術式を組み立てる。

 一応解答があるのだが、僕も勉強も兼ねてだ。まぁ勿論解答も見るんだけどね。


「お、合ってるぞ。凄いなディジー」


 寸分狂わずのその出来に、僕はつい彼女の頭を撫でてしまう。

 白銀の髪が少し乱れ、ディジーは瞼を瞑る。……と危ない危ない、ついシノにやっていた事をやってしまった。僕が手を離すと、ディジーは再び素っ気ない態度を取って、また問題文に向き直った。


「むぅ……私には何か無いんですか?」


「何が?」


 僕はまだ部屋の中にいたリーシャに顔を向ける。

 彼女は何故か頬を膨らまして怒っているのか、分からない様な顔をしていた。

 だが、確かに彼女の言う通りだ。流石に礼の一つでは割に合わなかったな。

 僕は【亜空間収納】からじゃらじゃらと三十枚近くの銅貨と、二枚近くの銀貨を取り出すと、それらを彼女に手渡す。


「へ?」


「それだけじゃ不満か? なら仕方ない。こうなればとっておきの金貨を――」


 僕の右手から出現される一枚の金貨。流石に慌てて止めるリーシャに、僕は少しだけホッとする。リーシャはお金を僕に返してから、そんなものはいりません! と言った。


 金じゃ無ければ、何を出せと言うんだ……。

 するとリーシャは、少しだけごもりながら口を開く。


「……は? なんだって?」


「いえ、あの……ですから……」


 リーシャは僕の耳にごにょごにょと話した。


「何? 頭を撫でて欲しい?」


「わーっ! もう何で言っちゃうんですか!」


 リーシャは赤い顔をしながら僕にそう突っかかる。

 ディジーはうるさいと感じたのか耳栓をし始めた。少しショックである。

 僕はリーシャの方へ手を出して、頭の上に乗せる。彼女は若干僕より背が低い。

 彼女の柔らかな金髪に触れる。絹の様に美しい髪は、さらさらと指を動かす事によって滑らかに流動する。


 ……というか、凄く恥ずかしい。

 彼女は僕より幼く見えても、僕より年上なのだ。

 というか、年下に頭を撫でられてそんなに嬉しいのか?

 だが、そんな考えも、彼女の幸せそうな顔を見れば、何もかもどうでも良いと思ってしまう。僕はしばらくの間、彼女の頭に手を乗せていた。


 ==


 この二週間で変わったものがあるとするならば、やはり彼女たちとの距離だろう。

 特に、リーシャとはあの夜明けの時から一気に近づいていると思う。

 ディジーも、師弟関係を組んでから、彼女と共にいる時間が増えた。

 中級に昇格した時なんかは、二人でハイタッチしてしまったほど、関係は良くなってきている。


 リリムも、実は買い物の際や戦闘面など、実は付き合いが一番多い。

 元々はリーシャの昔からの友人らしく、彼女の悩みを知っていた上で、彼女に付き合っていたらしい。本当に仲間想いな奴だなと思った。


 今では軽口を言い合う仲になっている。気の良い友達だ。

 街の面々や、冒険者ギルドにいる冒険者たちの名前も覚えてきた。

 主人とも仲良くやっている。あれで意外と料理好きなのだ。


 僕以外に、他の客がいる事は無い。やはり街から離れている事と、後は主人の厳つい顔が原因なのだろう。僕も最初は驚いたが、慣れると意外と兵器だなと感じる。


 そんなこんなで、彼女たちと別れた僕は、宿に向かうための細道を通る。

 その時、見てしまった。正面にいる四人組のパーティ。

 依頼を終えた、その帰りなのか、だがしかし重装備の大男は、背中に男を担いでいた。


「あ、あの……」


 その人物は、知り合いの冒険者パーティだった。

 僕の存在に気が付くと、大男は黙って僕を通り過ぎていく。

 背中に担がれているのは、いつも僕をからかっていた剣士の男だ。

 その顔は生気を感じられない。心なしか、少し潮の匂いがした。


「すまないが、少しそっとしておいてくれ……て、あぁゼロ君か」


 後ろに着いていた盗賊の男が、優しく僕にそう言った。

 彼は、先を行く大男の背中にいる、その男を指さすと――。


「いきなり、襲われたんだ……Cランクのダンジョンなのに、いきなりBランクの魔獣がやってきて……アイツは、俺たちを庇って、それで…………」


 盗賊の男はそれだけを言うと、目頭を押さえながら走って行ってしまった。

 そうか――死んでしまったのか。それほど思い出は無いものの、やはり知り合いが死んでしまうのは心が痛むな……。


「……あれ」


 振り向けば、夕日が落ちて茜色に染まった街の景色が見える。

 少し前にいるのは、先ほどの冒険者たち。その背中に、僕は――。


「――――っ」


 寂寥感を覚えた僕は、急いで部屋へと戻る。

 心がざわつく。何だろうか、この気持ちは…………。


 ==


 夜。明日は早く出発するため、早くに眠らなければいけない。

 幾ら優秀な冒険者でも、いや優秀だからこそ、体調は常に万全にしなければいけない。僕はいつもの様に魔術を扱おうとして失敗して、僕は自身のスキルボードを眺めては、ため息を吐いた。


「グラムの【略奪】の魔剣のせいか……それとも」


 僕に降りかかる、【■■■■■謎の状態異常】——。

 今までは【■■■■■】とグラムの持つ魔剣をイコールで結び付けていたが、最近になってはその因果関係すらも怪しい。


 味覚の異常は、ストレスのせいだと思う。裏切られて、自暴自棄になっていたあの頃を思い返して、ため息を吐く。今思えば、随分と弱っていたものだ。

 情けない……だが、あれが無ければ僕はあの街を離れる決心もつけずに、いつまでもハウルに頼り続けていただろう。そう考えると、あの時の遠回りに至る選択は間違えでは無かったと言う事だ。


 ――ダメだ、どうしてもあの衝撃が忘れられない。


「………………」


 近頃、ダンジョン内のランクが上がりつつある。

 Cランクと評されたダンジョンに、Bランクの魔獣が出現した。

 魔獣との防衛の最前線にあるダンジョンは、たまにこういう時がある。

 だが、それが世界各地で起こったのならばどうだろう。最近になって、魔王直属の部下である【四天王】の一人が、人間界の中央で目撃されたという。


 それに伴ってか、ダンジョンのランク制度が不安定な状態になっている。


 ――危険なのかもしれない。


 Bランクと断定されてはいるが、もしかすると予想だにしなかった事が起きるかもしれない。もしその『予想だにしていなかった最悪の事態』に、僕は対処できるのだろうか。


 ――魔術の扱えない、この僕に。


 脳裏に、三人の顔が過った。

 リーシャは自分の母さんの為に、命を懸ける所に来た。

 リリムはそんな彼女を手助けする為に、リーシャの後を着いて来た。

 ディジーは尊敬する人の為に、覚悟を持ってこの場所に来た。


 そんな彼女たちを、僕は自分の私利私欲の為に動かしている。

 二週間前、僕はリーシャに自分の夢を卑下するなと言った。

雷帝の魔術師あの頃】に戻る――と言う目的は変わらない。

 それは今も変わらない――だから、僕が今抱いている『』は偽物だ。


「……僕は」


 怖くなった。もし彼女たちの身に何かあったらと思うと――僕は。


 結局、その日の朝になるまで、僕はずっと考えていた。
















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