それぞれの理由


 結局、僕がリーシャ達の元へと戻るころには、太陽が隠れた夜になった頃だった。

 リーシャ達は、小川付近の所で火を焚いていた。僕の存在に気づくと、リーシャは声を掛けようとして……直後、血相を変えて飛んできた。


「だ、大丈夫ですか!?」


「大丈夫だ傷一つ負っていない」


「で、でも……っ、こんなに血塗れで、それに時間も経っていましたので……」


 リーシャは僕の服装を見てそう言った。

 確かに、僕の服は全身ゴブリンの血でどっぷり浸かった様に汚れている。

 一応ある程度拭いたはずなんだけどな……。僕は服を捲りながら、リーシャに傷が無い事をアピール。やけにリーシャは赤面をしていたが、まさかあまり男慣れしていないのか……? 確かに、メンバーは僕以外全員女性だし……。


 何とも言えない空気のまま、僕はリリム達の方へと戻る。

 彼女らは最初こそは、リーシャと同じような反応をしていたが、事情を知るとふーんと、素っ気ない態度で、各々の事に集中していた。


 な、なんて酷い奴らなんだ……。仮にも体を張って守ったと言うのに。


「リリムちゃんもディジーちゃんも、さっきまで本当に心配してたんですよ? 何度も探しに行こうか~って言っていたぐらいですし。それでゼロさんが無傷で戻ってきたので、バツが悪くなっちゃったんですよ」


 汚れた服を川で洗いながら、火で乾かしている僕に、リーシャがそう小声で話してきた。へぇ、それはまあ、あいつらも可愛い所があるじゃないか(一応同年代だが)。


 因みに、今の僕は素っ裸ではない。一流の冒険者たるもの予備の着替えぐらい持ってきているのだ。火の番をしていると、リーシャがおずおずと訊ねてきた。


「この後どうしますか?」


「流石に今動くのは危険だ……今日はここで夜を明かそう」


 魔獣は基本的には昼行性だが、それはランクが低い魔獣だけだ。

 リーファウル平野には様々な魔獣が跋扈する。リーシャ達の元へと行く途中も、何度かBランク帯の魔獣が攻めて来たりもした。まあ一応軽くあしらって来たので、ここに来るまでに大した時間は掛からなかった。


「あ、そうだ思い出した……これに時間が掛かってしまって、それで遅れた」


 僕は【亜空間収納】からゴブリンの牙や武器などといった物を取り出した。

 これだけあれば、銀貨の一枚や二枚程度にはなるだろう。リーシャはそれらをマジマジと見ながら、すると妙な事を言ってきた。


「あの……ゼロさんって、沢山のスキルを持っていますよね」


「あ、あぁ……」


「剣術スキルも持っているんですか?」


「リーシャちゃん、だからそれは無いって……」


 リーシャの問いに、リリムがそう言った。

 何だ……? 理由が分からずに、だが問いにはしっかりと答えた。


「それなりに……だ。さっきも見せたと思うが【斬撃波動ライン・スラッシュ】ぐらいなら、練習すれば誰でも会得出来る」


「ね? いや【斬撃波動ライン・スラッシュ】を自力で会得出来てるゼロ君が異常なんだけど、流石にアレは出来ないんじゃないかな?」


「アレ……?」


 だから一体何なんだ……?

 僕が訝しんでいると、リーシャが説明した。


「先ほど、私たちのいた山から、凄く大きな斬撃が飛んできて……あそこにある崖の断片を切り落としていったんですよ」


 リーシャは自身の持つ細剣を眺めながらそう言う。

 リリムが言った。


「魔術師であるゼロ君が、まさか上級剣術スキル【星屑の斬撃スターダスト・スラッシュ】を持っているはずが無いよね」


「そうですよねっ! ……剣士の中でも限られた者でしか会得出来ないとされているスキルを、まさか魔術師であるゼロさんが持っている訳無いですよね!」


 …………。


 マジか。確かに僕以外の魔術師でアレを、いやそもそも魔術師で剣術スキルを有している奴があんまりいなかったな。いや、剣術スキルは、魔術師には会得出来ない。

 そもそも解放が出来ないのだから……だけど、何もスキルは経験値を代償に会得するだけでは無いのだ。


 技術からスキルへと昇華出来る。

 僕は、十年間グラムの……【剣帝】グラムバーン・アストレアの剣技を見てきた。

 だからなのかもしれない。気づけば簡単な剣術スキル程度は、僕もいつの間にか身に着けてしまった。


「……俺は魔術師だぞ。その森に、たまたまAランク程度の冒険者がいたんだろう」


「わざわざAランクの冒険者がこんな駆け出しの所に来るのかなー?」


「ともかく! 俺はそんな上位スキルを持ってはいない。それよりも、お前ら早く寝ろ。明日は早く動くぞ」


 僕がそう促すと、リリムははいはいと言ってから、毛布に地べたに轢いたマットの上で、毛布に包まって瞳を閉じた。ディジーはまだ書物を読んでいるようだ。

 熱心に読んでいる様は感慨深い物がある。一体どの魔術関連の書物なのだろう……と、純粋に気になった僕はディジーの元へと行って訊いてみた。


 ディジーはうつらうつらになりながら、寝ぼけているのか、僕の質問とは違った答えを出した。


「一昨日の、赤竜の時……魔石を媒介にして、【赤竜の息吹ファイア・ブレス】を炎の魔力に変換させた?」


 会話のキャッチボール下手か! ……でも、まあ魔術師なんてみんなそうだし、丁度いい、遅くなったが、あの時の答え合わせをしようか。


「あぁ、そうだ。元々魔石なんてのは全て【無白石】から出来ていて、それが大地を流れる自然魔力に長年当てられる事によって、火の魔石や水の魔石なんて言う物が出来上がる。僕はその魔力をため込む『器』を書き換えて、限界ギリギリまで同系統の魔力を貯め込むようにした」


赤竜の息吹ファイア・ブレス】は火属性にあたる。

 様は火魔法と同じだ。それで限界ギリギリまで貯蓄した火の魔石は、ちょっとした衝撃で爆発する。あの赤竜は爆弾を飲み込んだのと同じだった。


 人で試した事は一度も無いが、かなり強力な武器になると思う。

 超巨大な魔獣などにも通用するか、今度試してみようか……。


「というか、良くわかったな。【アンチ魔術】を知ってるし、どこで習ったんだ? 先生や師匠は?」


「……先生は、いない。師匠も……」


「ならば、どこで知った?」


「これで…………」


 ディジーは、手に持っていた書物をずいと僕に見せる。

 随分大切に使い込んでいるみたいだ。表紙は綺麗だが、中の柔らかさに読書家の僕は上機嫌になる。さてと、捲ってみると……なんじゃこりゃ、いきなり魔術の根幹に踏み出したぞ……?


 内容はバラバラで、魔術の事になったかと言えば、詠唱だけ載っていて、後はその術の成り立ちが細かく書いている。こんなの入門書では全然ない。寧ろマニアックな人向けだ。誰だこの魔術師は……思想の根底が地味に僕と似ているから、遂に気になって巻末にある作者の名前を見る。


「…………え?」


「その本、【雷帝の魔術師】が昔に書いた本なの……」


 そこには、小さな文字で『レイ』とだけ記述されてあった。


 ――これ、僕が書いた本だ。


「ぐおおおおぉぉぉ…………っ」


 恥ずかしい、恥ずかしすぎる。

 確かにこれは二年前、『偉大なる【雷帝の魔術師】様が書いた魔術書を読んでみたい』と言っていた魔術ギルドの偉い人にそそのかされて書いてみたものだ。

 そんでもって評判は下の下も良いところで、収入が銀貨一枚程度あれば良かった様な思い出があった。曰く、分かりにくいと。確かに今読んでみれば、何を伝えたいのかすら分からないし、専門用語多すぎてで、とにかく読みにくい。


 でも、ディジーはこれを大事に持っていた。

 よくよく思い返せば、暇さえあれば彼女はこの本を片手に過ごしていた様な気もする。そ、そんなに僕の本を……恥ずかしさを通り越して感動してきた。


「古本屋で……とりわけ安かったから…………」


「ぐばぁあ!」


 そんな儚い幻想を見事に打ち壊す一言に、僕は大きく仰け反る。

 顔は見せられない程に赤くなっているのだろう……恥ずかしさで死にそうだ。

 今すぐにでもその本を、ビリビリに破きたい衝動に駆られる。


「何でそんな本、持ってるんだ……こんな本、何を言ってるかも分からないし、駄作だ。」


「……確かに、この本は、私には難しくて、だから今も、理解しているかと言われたら、うんとは言えない……」


「今度、俺が良い魔術書を教える。そんな本、捨てるか古本屋にでも売っぱらってしまえ」


 この本を大事にしているディジーにとっては、今の発言は頂けない物なのだろう。

 だが、ディジーは本を大事そうに胸に押し当てると、小さい声で言った。


「でも、この本を読んでると、何だか勇気……出てくる。一番大事な事、言ってるような気がするから……凄い尊敬している。あの人ほど、魔術の事を大好きな人、いない……」


 その言葉に、僕はハッとなった。

 そうだ、確かに文章は酷いもので、支離滅裂に見えるかも知れないが、僕は、楽しく書いてたんだ。あの時が一番魔術に対して熱が入っていたかもしれない。


「私、夢がある……いつか、大魔術師になって、【雷帝の魔術師】に会ってみたい」


「…………。冒険者になるのも――」


「うん。 ――出来れば、対等な立場で会いたいから……そしたら、私の魔術を見せたい」


 その言葉に、僕は自分が情けなくなってしまった。

 自分は、こんな誰かの目標に立てる人物では無い。

 今の僕は、魔術が使えない、全てを逃げてきた奴だ。


「――俺が、魔術を教えてやろうか?」


 その言葉は、自然と出た言葉だった。

 自分にはそんな余裕なんて無いのに、自ら遠回りの道を選んでしまった。

 だけど後悔はしていない。――あいつの、夢になってあげたいと、そう思ったから。

 自分に憧憬し、過酷なこの世界に入ってきたディジーに、幻滅なんてさせたくない。


 ディジーは、その青色の瞳をぱちくりさせると、口元に僅かな笑みを浮かばせながら、


「うん……!」


 そう、言ってくれた。


 ==


 ディジーはやがて眠そうに瞼を擦りながら、お休みと、一言言うと毛布に包まって寝てしまった。リリムも熟睡している様子だ。僕は、火に新たな薪を音を立てない様にくべながら、目の前でうつらうつらになっているリーシャに、声を掛ける。


「魔獣の警戒は俺がしとくから、寝た方が良い」


「い……いえ! まだ余裕……です」


「言葉の節々に欠伸を押し殺そうとする奴が言ってもな……」


 先ほどから何度も言っているのだが、強情な奴だ。

 この程度の事、何ともない。何なら二日、三日寝なくとも活動できる。

 だから別に、気にしなくてもいいのに……。


「ゴブリンの件は、しょうがなかった。不運としか言いようが無い。だからそんなに気にしなくてもいい」


「で、ですが……! 私がもう少し周りを見ていれば……」


 するとリーシャが、凄く申し訳なさそうに視線を下に下げながら、小さな声で言った。


「本当は、分かっていたんです……大勢の魔獣の気配がすることを。ゴブリン達と鉢合わせになる事も」


 リーシャは続けて言った。


「私は本当にダメなリーダーです。パーティを危険に晒して、もしゼロさんがいなければ、今頃私たちは……」


「『死んでいたかもしれない』――か」


「…………」


 静寂が流れる。パチパチと鳴る火と、虫の鳴き声だけが、辺りを包み込んでいた。

 成程、だからこれが彼女なりの罪滅ぼしって訳か……。いや、罪滅ぼしになる訳でもない。確かにリーシャのやった事は、リーダー失格な行為だ。自惚れたのか、どちらにせよ、やってはいけない事だ。


「……それを分かっているなら、次からはやらない様にすれば良いだけだ。こんなもんで罪滅ぼしとか、なる訳無いだろ」


「……はい。その通りですね」


 シュンと項垂れるリーシャ。敢えて厳しい発言をしてしまったが、これも彼女の為だ。確かに、僕は目的が達成したらこのパーティを抜けるつもりだ。そんな立場である僕が言うのは、あまりにもおこがましい事なのだろう。だが、彼女たちにはこれからがある。僕がいないパーティで、依頼を受けるのだ。


 死なせたくない。

 些細なミスで壊滅してしまったパーティを、僕は幾度も見てきた。

 そのどれもが、リーダーのちょっとしたミスだった。

 自分の力を過信して、無茶な依頼を受理したり、今回の様に敢えて経験値目的で魔獣の群れに突っ込んだり……そんな詰まらない理由で終わるなんて、勿体なさ過ぎる。


「何も、焦らなくても良いじゃないか。……リーシャは強い。一つ上の先輩から言わせてもらうと、君は直ぐにでもAランクになれる器を持っている。何なら、Sランクも夢ではない」


 そうだ、焦らなくてもいい。ゆっくり順調に磨いて行けば、きっと素晴らしい冒険者になれるだろう。それ程のポテンシャルが、彼女にある。

 だが、彼女はハッキリとした口調で言った。


「ゆっくりじゃ……ダメなんです!」


 いつも控えめな彼女にしては、驚くぐらいの声だった。

 その声に、眠っていた二人が起きそうになる。

 リーシャは直ぐに自分の口に手を当ててから、言った。


「私には、夢があります。……私には重病の母がいます。治癒魔術でも治らない様な、病……【石化病】と言います」


【石化病】……聞いた事がある。どっかの風土病だったか、その病気に罹ると、体の末端から徐々に文字通り石化すると言う病だ。数十年前は流行っていたそうだが、今はめっきりと見なくなった奇病だ。確か、それを治すには――。


「治すには【氷寿華】という花を磨り潰して飲ませる事が、石化病に対する唯一に手段です」


「……【氷寿華】は通称『幻の花』と呼ばれている。市場に出回るのは極稀だ。だから――」


「はい。だから私は冒険者になったのです。早くAランクになって、氷寿華が出ると言われている高難易ダンジョンの【氷牙の洞窟】に行けるようになる……だから、私は早く、Aランクになりたいんです……」


 いつもの様な静かな声で、だがその決意だけは変わらないと言う声だった。

 それだけ本気なんだろう。【氷牙の洞窟】——僕ですら行った事も無いダンジョンだ。レベルが相当高くて、Sランク冒険者でも攻略までに三カ月は要すると言われている、Sランクに相当するダンジョン。


「それじゃあ、その剣は……?」


 僕は隣に立て掛けてある細剣に目を向かわせて口を開いた。

 この剣は魔剣では無いが、魔剣クラスの頑丈性を誇っている細剣だと【鑑定】を通して分かった。だが、先ほど言ったように【氷寿花】は高価だ。とてもでは無いが、Bランクの冒険者が購入できるような値段ではない。


「この剣は私のお母様から貰ったものです……昔、お母様は冒険者をやっていたらしくて、これはとあるダンジョンの時にドロップしたものだと……」


 成程、これはドロップ品だったのか。

 僕の【鑑定】は別に極めても無いスキルなので、詳細は分からないが、ドロップ品ならばちゃんとした鑑定を通した方が良いのでは……?

 いや、僕が見ても魔力は感じられなかった。魔剣では無いのだから、それに鑑定代も高いしな。


「とても、自分勝手ですよね。皆さん自分自身の為に命を懸けているのに、一人だけこんな目的で……」


 僕が一人で納得していると、リーシャは突然自嘲にも似た薄い笑みを浮かべながら、そう言った。


「——自分の夢を卑下するな」


 気づけば、僕の口は勝手に動いていた。

 リーシャの歪んだ笑みが固まる。散々自分の事をあーだこーだ言っていたが、だがこればかりは見逃せない。


「母親の為に命を張れる……恰好いいじゃないか。何故どうして恥ずかしいと言える。全然恥ずかしくなんて無い。それを言うなら俺なんて、ただの友人の付き添いでこの世界に飛び込んできたんだからな」


 友達に誘われてこの過酷な業界に飛び込んだ。

 自分で才能があることは分かっていたが、しかし才能は幾らあっても死ぬときは死ぬ。それがこの世界だ。そうなれば、彼女は相当の覚悟を持ってこの世界に入ったに違いない。その時点で、既に尊敬に値する行為だ。


「で、ですが……!」


「もしそれを誰かに言われたのなら、そいつを僕の前に連れてこい。言っておくが俺は相手が女性でも貴族でも王族であっても、Sランクの冒険者でも! ぶん殴ってやるからな」


 本気だった。僕は人の夢を笑う奴が一番許せないのだ。

 僕の本気さが伝わったのか、彼女は言葉を失ったのか暫くすると眦から涙が零れ落ちた。


「す、すみません……! 今まで、話した事が無くて……どうせ無理だろうとか、お前には出来ないとか、そんな事、言われるかと思って……!」


「そんな事言わないし思わない。リーシャなら出来る」


「でも、でも! ……今日だって、失敗してしまいました。これでは、Aランクにすらなれません……っ!」


 嗚咽を漏らしながら、しゃくりを上げながらリーシャは叫ぶ。

 恐らく、ずっと溜めてきたのだろう。誰にも打ち明けられずに、ここまで来たのだろう。黄金の瞳が揺らめく。長く美しい髪は、すっかり乱れてしまって、顔は悲痛に歪んでいた。彼女は自分自身の行動を悔いている。それは何も今回だけでは無いのだろう。


 きっと、ここに至るまで、様々な事があったのだろう。


 その度に、自分の力不足を、判断ミスを嘆いてきたのだろう。


「ゼロさんを誘ったのだって、本当は私が早くAランクになるためで……! リリムさんやディジーさんの為に誘ったわけでは無いんです」


 ちらと、近くにいた二人の姿を見ながら、彼女は声を荒げる。

 リーシャは自分自身が許せないのだろう。自分の夢を叶えるためには、時には冷酷にならなければいけない。それを悔めるのは、彼女の純粋過ぎる性格故なのだろう。


「今日私の勝手な判断で皆さんを危険な目に会わせました! 赤竜の時だって、私が早々に退却を選んでいれば、リリムちゃんが火傷を負う事も、ディジーちゃんが魔力を枯渇させる事も無かったんです! その前も、その前も、ずっとずっと――っ! こんな私が、お母さんを助けるだなんて、そんなの――――」




「なら、僕がずっと傍にいてやる!」




 リーシャの手を掴んで、僕は叫んだ。


「僕がずっとお前の傍に居てやる。お前が間違えそうになったら、僕が正してやる」


 お互いの息が掛かりそうになるくらいに、僕たちは見つめ合っていた。

 その美しい黄金の瞳を見ながら、僕は言い続ける。


「こんな凄い僕が傍にいるんだ! Aランク……いや、Sランクに直ぐになれる!」


 その瞳が、揺らぐ。

 僕は何を言っているのだろうか。

 口調も気づけばもとに戻って、だけど、どうしようもなく、燃え続いている炎が、訴えている。

 僕には家族がいない。だから彼女の夢に何一つ共感は出来ない、出来やしない。

 だけど、それでも――重なるのだ、夢に向かって進むグラムアイツの姿と、目の前にいるリーシャが。


「本当に……?」


 震える唇で、彼女は言った。

 その言葉に覆いかぶさるように、あぁと僕は頷く。



「約束する。僕が必ず――お前の夢を、叶えさせる」



 丁度、こんな頃だった。僕がグラムの夢の果てを共に行くと決めたのも。


 ――黄金の瞳が映す空は、徐々に光が差し込んできた。

 直に夜が明ける。黄金の夜明けが、僕たちを包み込む。

 人にはそれぞれ理由がある。どんな理由であれ、それを馬鹿にしてはいけない。


 僕は、彼女が泣き止むまで、ずっと傍に居続けた。




















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る