【雷帝の魔術師】の実力


 ヴァルディア王国は世界有数の大国家だ。

 国土の中心にあるのが王都『エルディア』であり、そこから南西の方に馬を四日走らせた所にある、中規模の町『シーア』。そこが僕が拠点としている場所だ。


 リーファウル平野は、シーアから馬で約二時間掛けて辿り着く所にある。

 最も、リーファウル平野の近くにある村に馬を止めて、そこから徒歩で……と言う形になるので、少しだけ時間が掛かってしまう。


 リーファウル平野の周囲は山脈に囲まれていて、小川が流れている箇所もある。平野は広大で、数百キロメートルも続いている。あまり遠くの方に行ってしまうと、戻って来るのにも時間が掛かるので、魔獣を追いかけていたら仲間とはぐれちゃいましたーって言う事にならない様に注意しよう。


 ……と、僕が言うとはいと、素直に頷くリーシャ。

 こくりと小さく頷いたディジー。はいはーいと言うリリム。

 お前が一番心配なんだよ……。


 だが、魔獣との戦闘の際はリリムも慎重になっているから、あまり下手な事は言わない方がいいだろう。


 ここら辺に出てくる魔獣は様々だ。

 土の中から表れる奴、群れで行動する奴、空から襲ってくる奴——だが、そのほとんどがDかCランクの魔獣なので、そのくらいならば僕が気づける。


「右の方にいるゴブリン……アイツ、僕たちの事をずっと見ている。恐らく仲間を呼ぶつもりだ」


 少し遠くにある丘、その一本の木の下にいる緑色の肌を持った、小さい魔獣——ゴブリン。その黄色い双眸はこちらに向かっており、首に掛けた角笛は仲間を呼ぶためのものだろう。無視しても問題ない距離を保っているので、背中を見せても襲われる事は無いだろう。


「どうしますか……?」


 リーシャは剣の柄に触れながら、するとリリムもそれに乗じて剣を引き抜こうとする。


「いや、止めておこう……狩った所で、大した金にもならんし、経験値も低いしな」


 それに仲間を呼ばれると少々面倒くさい事になる。

 あいつらは頭が悪い。直線的に攻撃を仕掛けてくる。

 それでは彼女らの実力が分からない……時間も掛けるのも嫌だしな。

 それならば、少しランクは高くなるが、少々理性的な奴を選んだ方が良いだろう。

 もしやられる事があっても、僕の【麻痺パラライズ】と【猛毒ポイズン】で倒せる。


 ……そんなこんなで、面倒くさい敵を避けつつ移動しようとしても、魔獣は突然やってくる。


岩石鳥獣ロックバードだ!」


 僕がそう叫ぶと同時に、上空から三体の鳥型の魔獣が現れた。

 岩石鳥獣ロックバード……Dランクの魔獣だ。

 その岩石みたいな頭を直接ぶつけてくる厄介な相手だ。


 こういう時、剣などでは届かない。

 僕はディジーに向かって指示を出した。


「ディジー、水弾ウォーターボールで攻撃を!」


 ディジーは、水と風の二属性適合者だ。

 水と風を初級魔術を扱える。水弾ウォーターボールはその中でも初心者向けの魔術だ。ディジーはうんと頷いて、小声で詠唱をぼそぼそと言い、先端に小さな魔石が付いた杖を向けて、拳大ほどの水弾を放った。


 その水弾は岩石鳥獣に見事当たり、一体の岩石鳥獣がバタバタと暴れながら地上に落ちる。その隙をリーシャの剣が突き刺さり、一発で岩石鳥獣は絶命した。

 よし……と言うか今のは僕が指示したわけではない。リーシャが自分で行動したのだ。


 これは良い……強い冒険者は即興で味方と連携攻撃をする。

 リーシャは、先ほどの身のこなし方と言い、Bランクというのも納得が出来る。

 ディジーも、Eランクにしては冷静に空を飛んでいる魔獣に攻撃を当てたりと、中々に素質がある。


「はいはい~っと、地に落ちればこっちの方が有利だよ!」


 リリムが自身に【身体能力上昇バフ】を掛けて、跳躍すると、二体滞空していた岩石鳥獣が羽を散らしながら地面に落ちてきた。リーシャは即座にその落下地点に移動して、細剣レイピアをブスリ。Dランクの魔物が圧倒言う間に討伐されてしまった。


 僕は急いでそこに向かって、気づいた。


(翼の付け根に……針か?)


 翼の付け根に刺さっている光る物……そう言えば、盗賊シーフは罠感知や鍵開けのスキルの外に投擲に関するスキルも解放出来たな。

 だとしても、あの距離から放ったとして、当たる物なのか……。それに正確に急所を突いているし。


 前衛がリーシャ。後衛がディジー。補助がリリム……てな感じか。


「どうよゼロ君。私たち思ったより出来てるでしょ?」


 針を回収したリリムがイエーイとピースサインを僕に向ける。


「あぁ、そうだな。正直驚いた」


 これについて僕は嘘は吐いていない。

 素直に驚いた。正直に言うと、僕が前線を張って後方支援の形に落ち着くかなと思っていた。だけど違っていた。彼女たちは僕より前から仲間だったのだ。

 最近出来たパーティだとリーシャは以前言っていたが、あの赤竜レッドドラゴンを瀕死寸前まで追い込んだその実力はあるのだ。


 これならば――いけるかもしれない。

 上級ダンジョンに。魔物が犇めくあそこへと。

 それは希望だった。今、明確に見えた未来への導き。


「案外、早々に抜けられそうかもな……この廻り道」


「はい……?」


 魔獣から売れそうな部位を剝ぎ取ってから、僕の【亜空間収納】に仕舞いながら、呟いた一言にリーシャが反応する。僕は少しだけ笑みを浮かべながら、何でもないとだけ言った。


 ==


 そんなこんなで、進んでいるとちょっとした森林地帯に入ってしまった。

 辺りから魔獣の気配がする……これでは、感知し過ぎて逆に狙いが付きにくい。

 陽光が森の葉に遮られて、陰鬱な雰囲気が辺りを立ち込める。視界頼りなのもいけなさそうだ。


「土が……」


 リーシアが耳を澄まして、とある方向を見た。

 僕も自分の靴に付いている土を見て、気づいた。

 土が湿ってる……恐らく、近くに川があるのだろう。


「お水が切れそうだったので、丁度良かったですね」


「あぁ……ただ、ここらは魔獣が多い。慎重に進もう」


 そうやって、僕たちが歩いていると――。


「前方の木の上、三体のゴブリンです!」


 カカカッと、足元に矢羽根が付いた弓矢が飛んでくる。

 僕が言う前に、リーシャが剣を抜きながら呼びかける。

 その一声で、各自戦闘態勢に入った。僕も手に小さな片手剣を持って応戦する。


 ゴブリンのランクはC~Aと広く分類されている。

 それは何故か――ゴブリンは普通の魔獣と違い、学習能力があるのだ。

 少なくとも、今のゴブリンは弓を扱っていた。つまるところ、武器を扱う程度の知性はあると言う事だ。


 となるとC……か。良かった。


 リリムは針を飛ばして木の上にいたゴブリンを落とす。

 リーシャが勢いよく駆け寄って、その剣を振り落とす。

 ゴブリンは木の弓を前に出して、それでガードするが、リーシャは直ぐに構えを変え、突きへと攻撃の仕方を変えた。


 ディジーは風魔術で後方火力をして、だが調節が難しいのか、余波でこっちまで攻撃が当たりそうになる。


 ゴブリンたちも負けじと、仲間を呼んだのか、十数体のゴブリンが茂みの中から表れた。


 僕も【斬撃波動ライン・スラッシュ】を駆使して、斬撃を飛ばして応戦する。

 ただし、剣技に関しては素人から毛が生えた程度のものだ。多対一の状態で、いつまで持つか分からない。


「ゼロさん!」


「ぐっ――」


 遠くから打たれた矢が、腕に着弾する。直ぐに引き抜き、直後に迫って来る剣を避ける。


 ダメだ、数が多すぎる……どうやら知らない間に、ゴブリンたちの狩場に来てしまったらしい。ゴブリンたちが次々と現れてくる。

 ディジーも、そろそろ魔力が尽きそうだし、リーシャも先ほどの戦闘の疲れが来ているのだろう。足が覚束なくなってきている。


「く……っ!」


 リーシャの剣が、ゴブリンの鉈に弾き返される。

 それを見た僕は、衝動的に【麻痺パラライズ】を使った。

麻痺パラライズ】は広範囲の技ではない。巻き込んでも精々二、三人が限界だろう。


 不可視の電気が走り、追撃しようとしたゴブリンたちが硬直する。

 その隙を【斬撃波動ライン・スラッシュ】で斬り殺し、僕はリーシャに叫ぶ。


「ダメだ、数が多すぎる! 一端退こう!」


「で、ですが……!」


「命が最優先だ! 僕が囮になるから、その間に逃げろ。あそこにある木の枝が見えるか?」


 僕は剣を回収し、リーシャに渡す。僕が指さした所にあるのは――不自然に木の枝が折れている木だった。よく見てみると、それらは道なりにそって不自然に折られた木は続いている……いざとなった時、迷わない様に、僕が折っておいたものだ。


 リーシャは何か言いたげそうな顔をしているが、その間にも刻一刻とリリムとディジーは疲弊していっている。リーシャはそれらを見ながら、やがてコクリと頷いた。


「【視線集中ヘイト・タウント】!」


 スキルを発動し、すると今までリリムやディジーを襲っていたゴブリンたちが、一斉にこちらを見る。次の瞬間、叫び声を上げて十数体のゴブリンたちが一斉にこっちを襲って来た。


「今の内に逃げろ!」


 その声にリリムとディジーはリーシャと共に逃げていく。

 最後に、リーシャがこちらを振り向いて――。


「ゼロさんは……!」


「大丈夫だ、必ず戻って来る!」


「絶対、絶対ですよ!」


 リーシャは最後にそう言ってから、背を向けて走って行った。

 僕はそれらを見届けてから――僕はゴブリンたちを引き連れて、直ぐ近くにある山のふもとまで向かう事にした。


 逃げる最中に、僕の魔力に引き寄せられたか、気づけば三十体は後ろにいた。

 空は茜色に染まりつつある……戻る時間も含めると、ここら辺でいいか。

 僕が止まると、一番近くにいた。ゴブリンが嗤い声を上げながら鉈を振り下ろす。


 ようやくお目当ての、しかも僕の様な大きな魔力を秘めている人間を喰えるのだ。

 魔獣は魔力を糧とする。


 そうか、そんなに嬉しいのか。


 だがな、それは僕もなんだ。


「――一応、言っておく。このまま素直に立ち去れば、命は奪わない」


 僕は右手を構えて、そう呟く。

 だが聞こえているのか、いやきっと聞こえていても、どうせ聞かないか。

 ゴブリンたちは一斉に、飛び掛かって来た。


「――【麻痺パラライズ】」


 瞬間、僕に襲い掛かって来た筈のゴブリンたちが、ぴしりと固まった。

 二、三人だけではない――この場にいる、全員をだ。


「グギギ……ッ!?」


 確かに、【麻痺パラライズ】は広範囲のスキルではない。精々巻き込ませても二、三人――それが、普通だ。


「そりゃあ、そうだもんな――僕以外の冒険者は、


 電気という自然を操る魔術師はいない。

 火や、水などと言った魔術を極めた【大魔術師】の中には、時に自然界に存在する火や水を操る事が出来る。僕も、焚火の様な小さい火や、小さな川程度なら、その火の大きさや水の流れる向きを変えたりなんかも出来る。


 魔術師というのは、己の魔力を持って自然界と繋がる者……と僕は以前言った事がある。そんな事が記載された本もあるとか……僕は読んだことも無いけど。


「俺の名前はゼロだ。だが同時にレイでもある――史上最年少の大魔術師にして、唯一無二の【雷帝の魔術師】」


 僕はピクピクと動くゴブリンたちを見ながら、小さな片手剣を構える。

 中段の構え――僕は、剣士ではない。魔術師だ。だから剣の扱い方なんて知らないし、きっと剣技だけならばリーシャにも劣るだろう。


 だが、僕はこれでも――十年間以上もの間、【剣帝】と言われていた男の傍にいたのだ。


「【星屑の斬撃スターダスト・スラッシュ】」


 次の瞬間、ゴブリンたちの首と胴は、瞬きの間に突き抜けて行った斬撃によって切り離される。血の雨が降り注ぐ中、僕はボロボロと灰になって消えていく剣の刀身を見ながら、やがて視線を上げる。


「……ヤバい、やり過ぎた」


 その斬撃はゴブリンなどでは止まる事は無く、ちょっとした山場であったここから、遠くにあった山の崖の一部を切り刻んで、ようやく消えた。

 やってしまった……やはり慣れないスキルは使わない方が良いな。これが洞窟など狭い場所でやったらどうなるのか……考えただけでもゾッとする。


 やってしまった事を考えれば、もしかすると僕の正体について知られる危険性が増えたかもしれない。だけど今の僕には、とある一つの感情だけが支配していた。

 それは――。


「今の、感覚……」


 先ほどの、あの場にいたゴブリンたちを纏めて【麻痺パラライズ】した時。

 何となく、魔術を扱う感覚に近かった。電気という同じ分類で、尚且つ精密な操作は、魔術を扱うそれに近い事をしているのかもしれない。


 現象は起こせないが、同類の違う物を魔術みたいに扱う事は出来る。

 これは、僕が再び魔術を扱えるようになる為の重要なヒントの様に思えてきた。

 今すぐに、試したい。自分の考えは合っているのか、それが知りたい。


 だけど、今はともかく。


「とりあえず戻るか――あいつらの元に」


 僕の事を待ってくれる人がいる。

 以前までは当たり前の事だったのに、それがとてもありがたかった事がようやく分かった。僕は自分でも気づかないくらいの上機嫌で、リーシャ達の元へと足を運んだ。




《一言メモ》


 職業ジョブについて:冒険者パーティにおける四つの役職の事を指す。またそのどれかに属すると、それに似合ったスキルが解放出来る。職業に似合わないスキルを会得する事は出来ないが、技術として会得する事は出来る。


 剣士:主に剣を得物とする冒険者に選ばれる職業。選択率№1。

 選択すると【斬撃波動ライン・スラッシュ】などの剣術スキルに関するスキルを解放出来る。


 魔術師:魔術を使う事に長けている冒険者が選ぶ職業。選択率№2。

 選択すると【詠唱短縮】や【詠唱破棄】、また【魔力量増加】と言った魔術スキルに関するスキルを解放出来る。


 盗賊シーフ:主に手先が器用な冒険者が選びがちな職業。

 選択すると【罠感知】や【鍵開け】といった盗賊スキルに関するスキルを解放出来る。


 狙撃手スナイパー:弓を扱う職業。命中率を上げるスキル等のスキルを解放出来る。基本的にダンジョンでは活躍出来ない欠点の為、劣等職扱いされている。

 だが本当に極めると、どの冒険者よりも遥かに強い冒険者になるだろう。


 その他にも召喚士や獣使いなど、様々な職業がある。

 基本的に職業を変更する事は出来ない。する場合は、スキルボードを冒険者に返す(Fランクからやり直し)しか方法は無い。









































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