今日は準備の日


 僕の名前はレイ。

 希少な固有魔術を保有している世界に十数人しかいない【大魔術師】。

 全属性適合者であり、常人の数十倍もの魔力量を持っている。勿論ランクは『S』。


 そんな、大ベテランの僕が所属しているパーティ名『黄金の夜明け』のランクは――『F』だ。

 個人ランクは違うが、パーティ単体ではF。これは早い話まだパーティが出来てそんなに日にちが経っていない証拠だろう。


『F』――それは最弱の証。

 冒険者として誰しもが通る道ではある。だから決して『F』ランクだからと言って馬鹿にしてはいけない。だから……まあ、文句は言わないさ。


 ただ、やる事が増えたなと思っただけだ。


 はぁ…………。


「それで、今日はどうしますか? ダンジョンに行くんですか?」


 時刻は昼過ぎ、一通りの【偽装】が終わった僕に、そうリーシャが若干嬉しそうに問いかけた。


「何でそんなにウキウキしてる……? いや、今日は止めて置こう」


 僕は彼女たちの装備を一瞥しながら、答える。

 僕の答えに不満顔をするリーシャ。こうしてみると、年下のイメージが湧きそうだが、スキルボードで確認したところ、彼女の年齢は何と僕より一つ上の十八歳だった。


 因みに、リリムは十六でディジーは十五。そんでもって僕が入った事により、見事に年齢が数列順になった。一番最年長だと分かったリーシャは、少しだけ僕に対する眼差しが柔らかくなった……と、思う。


 パーティにとって、年齢は特段離れない方が良い。

 それが十数年共にした仲間ならば、歳が離れても問題は無いと思う。

 要するに、初めの内は年齢差と言うフィルターが掛けられた目で見られると言う事があるからだ。年齢がそこまで離れていなければ、そう言うフィルターも薄れ、パーティとしての結束力が高まるだろう。


 先ほどのリーシャは、昨日の事も相まって、まるで僕を聖人の様に扱っている節もあったから、これは逆にありがたい。


 例え仮初であったとしても、パーティメンバーとは仲良くしておいて損は無いからな。


「昨日の疲労は、自分自身が気づかずとも溜まっている。今日はしっかりと休んだ方が良い。ダンジョンや魔獣討伐は明日からにしないか?」


 せっかく防具を来て、腰に剣まで携えて気合十分の状態で来ているのに悪いが、僕はそうリーシャに提案する。


 そう、提案だ。


 僕がどれだけ言おうと、リーダーであるリーシャが最終的な決定権を持っている。

 全て僕が決めてしまえば、今後僕がいなくなった時に困るのは彼女らだ。

 ここで彼女が自分の我を通しても、僕はそれに従うしかない。

 リーシャは少しの間考えると、渋々頷いた。


「そうですね……確かに、それで重要な時にそのせいで失敗してしまったら、たまったもんじゃありませんからね」


「ああ、そうだな。たまったもんじゃない」


 彼女の口ぶりから察するに、それで以前苦汁を舐めた事があるのだろう。

 かく言う僕も辛酸を嘗めた経験があるので、少しばかり彼女に同情してしまう。


「別に、何もしないって言う訳ではないさ。……まずは」


 僕は彼女らの装備を指さしながら、続いて直ぐそばにある人だかりの方に指を向ける。


「装備を変える。今日は準備の日だ」


 ==


 シーアにある商店街、そこには食品を売っている店や、装備品や宝石類、魔石なんかも売っていた。僕はその中でも、比較的安い方の装備店に行こうとする。


「お金もありますし、折角ですから、もう少し高いものを買ってはどうですか……?」


 すると、リーシャは少し離れたところにある、レンガで積まれた店を指した。

 確かに、展示されている装備品も中々に上物そうだし、冒険者と言う物は何より安全が第一だ。装備品に金を掛ける……と言う考え方は正しい。


「それは……まあ個人の勝手だと思うが、少なくとも僕は止めて置いた方がいいと思う」


「どうしてですか?」


「金が掛かり過ぎるからだ。全員分の装備品をあそこで買うって事は出来ないだろ。武器に金を掛けるならまだしも、防具辺りはどうしても消耗が激しい。無理に背伸びして買うよりも、今はここで我慢しよう」


 僕は自前の装備があるからともかく、それに今回、装備を一括変えるという訳では無くて、重要な部品だけを買い込んで、細部は僕が鍛造しよう……そう言うと、彼女たちは驚いた表情を浮かべていた。


「えぇ……ゼロさん凄いですね。一体幾つのスキルをお持ちなんですか?」


 驚き半分、若干引いている様な表情を浮かべながら、リーシャはそう言った。

 スキルの数か……Aランク辺りになってから、溜まりに溜まった経験値をゼロになるまで色んなスキルを会得したから、個数に関しては僕も分からないな。


 あまり期待されるのも嫌だから、【鍛冶スキル】のレベルは低いから、出来は期待しないでとは言っておいた。


 そんなこんなで中に入ると、カウンターの所にいた厳つそうなおっさんが、ぎらついた視線で僕を見た。


「安くて悪かったな……」


 リーシャ辺りには聞こえて無さそうだ。と言うか、今のは完全に店主の独り言だ。

 ……こういう時、本当に今一度、どんなスキルを持っているか確認した方が良いと思う。いつの間に【盗聴】なんてスキルを会得したんだ……?


 と言うか、聞かれていたのか。


 鍛造用に、ありったけの鉄を買い込んだから、これで許してくれ。


 ==


 それから、一通りの装備品を買い込んだ僕は、その足で僕が住んでいる宿に来た。

 因みにリーシャ達も着いてきたので、僕を出迎えてくれたリロイスさんは僕の方に肩をポンとおいて、店の棚の奥にしまってある小瓶の方を指だし、サムズアップ。


「ゼロ君もやるな……いきなり女子を三人も。これさえあれば底なしになれるぜ?」


「違いますから! パーティメンバーですよ! ……えとそれで、すみませんが裏にある炉を使っても宜しいですか?」


「ん? あぁ、別にいいぜ」


 ロイスさんは快く了承してくれた。


 ==


 しばらくして。

 炉から響く金属音が鳴りやんだ。

 やはりスキルレベルが低いからか、あれだけ買った鉄は残り半分まで切っていた。


 結局、僕たちはあそこで防具を買う事は無かった。

 変わりに買ったのは、リリムが使うナイフの予備スペアと、リーシャが使う剣の砥石。後は鍛造用にと買った素材集。合計で四十銅貨。まだ初心者だし、お金は溜めて置いた方が良いだろうと思った結果だ。


 リリムのナイフも、少しだけ刃こぼれしていたので直しておいた。

 そして――。


「ほほぉ……ゼロ君はそんなに女の子の身体を見るのが好きなんだねぇ」


「……変態?」


「お前ら……」


 装備を着たリリムとディジーが、僕の前に来た。

 すっかり辺りは暗闇に包まれて、炉から出る炎ぐらいが光源だ。


 と、言うか何て酷い言い草だ。と言うか、僕はそこで突っ立っていろと言ったのに、なんでポーズするんだ。リーシャはむぅと頬を膨らませているし……何だ? 自分もやってもらいたいのか?


「動いてみて、何か違和感は無いか?」


「ううん、問題はないよー」


「……大丈夫」


 リリムとディジーはそれぞれ感謝を述べると、装備を外して大切に持った。

 因みに、リリムもディジーも職業的に鉄や金属で固められた防具は似合わないと思ったから、着けているのは動きやすさを重視した、最低限の所だけをカバーした防具だ。


「そうか、それは良かった」


 僕はそう言って立ち上がり、足元に散らばる残りの素材たちを見ながら、ため息を吐いて、リーシャに向き直った。


「ん」


「……?」


「装備、一応やっておくから……」


「本当ですか! ありがとうございます!」


 するとリーシャは本当に嬉しそうに顔を綻ばせながら、バチンバチンと装備を脱ぐ。

 ……手に持った時に、微かに感じる温もり。丁度、手に持った箇所は胸元の所だった。


「ゼロさん、あの……顔が赤い様ですが、大丈夫ですか?」


「……っ、何でもない!」


 リーシャの言葉に、リリムはニヤッとした表情でこちらを覗いてくる。

 僕は慌てて、鍛造の方に移った。


 数分後――。


「どうだ……? 何か不備があれば言ってくれ」


 作り直した鎧を着たリーシャは、少しだけ体を揺らめかせて、動作の確認をする。

 リーシャは僕に少しぎこちない笑顔を浮かべながら言う。


「い、いえそんな……寧ろ前より動きやすくなっています。……その、特に胸の所が」


「あ、あれは……! その、少しきつそうに見えたから!」


 視線を逸らしながら、リーシャは赤い顔をしながらそう言った。

 僕は両手を振ってそう弁解するが、鎧を見たリリムが僕に、


「リーシャちゃん、前から胸がキツイって言っていたもんね……それにしても、ゼロ君って本当に良く見ているね~」


 リリムの言葉に、リーシャの顔が更に赤くなる。

 僕も、少しだけ顔を熱くさせながら、『うるさい!』とそう叫んだ。


 ==


 リーシャ達が帰った後、僕は自室にいた。

 明日の朝に、リーファウル平野に集合……それが最後に交わした約束だった。

 僕はベットに倒れ込む。一気に疲れが押し寄せてくるのが分かる……。


「装備品は整えた。後は、あいつら力量だな」


 明日の魔獣討伐で、彼女らの実力を見る。

 それで足りないようであれば、早急に改善させるし、もし足りていれば、直ぐにでも魔石が大量に発掘できると噂のダンジョンに向かうつもりだ。


「…………」


 だが、そこはBランク帯のダンジョンだ。

 油断は出来ない。僕もスキルのみで生きられるのか、心配だ。

 僕は上半身を起こして、壁に向かって手を翳す。


「理よ我に従え、その水で敵を撃ち抜け――【水弾ウォーターボール】」


 無詠唱だと分からないから、詠唱にして術式を起動させる。

 本来ならば、これで術式が起動して、手には水の球体が出来上がる……はずだった。

 だが僕の手には何もない。魔力が抜かれていく感じも無い。術式が起動できない。


「————クソ」


 何度もやっている。その度に、僕の心の中には黒い靄で一杯になっていく。

 もしかしたら、自分はこのまま一生魔術を使えないのか――。

 そんな不安で一杯になる。


「……大丈夫さ、きっと絶対に、治してやる」


 もうすぐ、一週間が経とうとしている。

 ここまでの成果はゼロに等しい。

 今だ先は見えないまま、もしかしたら、進んでいると見えてぐるぐると回っているのかもしれない。彼女たちと出会って、僕は間違いなく回り道をさせられている。


 ……その回り道が、最終的に近道になる事を願って、僕は明日へと向けて床に就いた。















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