一方そのころ
俺の名前はグラムバーン・アストレア。Sランク冒険者だ。
長ったらしい名前だから、グラムと自分でも呼んでいる。
いや、最初はアイツそう呼ばれたからだ。長ったらしいからと、そんな理由で。
アイツ——レイは、そう言って満面の笑みを浮かべたのを今でも憶えている。
「レイ…………」
空になった座席、その座席に手の当てて、俺は重苦しいため息を吐いた。
こんな姿、仲間には見せられない。だが今日の俺は生憎調子が悪いようで、後ろで響く扉の軋む音に、初めてその存在に気づいた。
そこにいたのは、亜麻色の髪をした少女……シノだった。
俺の友達でもあり、可愛い年下の後輩でもあり――レイの一番弟子だ。
彼女は泣きそうな顔になりながら、ぺこりと頭を下げた。
「すみません……少し寝付けなくて、夜風にでも浴びようとして……」
「あ、あぁ……別に大丈夫だよ」
時刻は月が真上に来るほどの時間だった。
寝付けなくて……とシノは言った。そうだ、俺だって寝付けなくてここに来てしまった。俺はキッチンから牛乳を取り出すと、火の魔石を少し使ってそれを温めてから、蜂蜜を少量垂らした。
そうして出来上がったものを彼女の前に差し出した。
彼女は一言礼を言ってから、それを受け取ると、ふうふうと冷ましてから飲んだ。
「これ……飲んだことがあります」
「本当か?」
「はい。以前、魔術学校の試験が近くて、夜中まで勉強していたら……お師匠がこれを持ってきて……」
シノがちびちびとホットミルクを飲みながら、するとぽろぽろと涙を溢しながら言った。
俺は息を吐いて、ミルクを飲む。
ちょっと甘い蜂蜜の匂いと共に優しい味わいが口内を満たしていく。
「ご、ごめんなさい!」
「いや……寧ろ、謝るのは俺の方だ」
シノはそう言って涙を拭きながら謝るが、真に謝るべきなのは俺の方だ。俺たちの問題に彼女を巻き込ませてしまった。彼女が誰よりも慕っているアイツを、追放してしまった。しかも最悪な形で。
俺は頭を下げながら、彼女に謝る。
「すまない……俺たちの事情に、君を巻き込ませてしまった」
これはレイの為だ。だけど、今でも思う……。
本当に、このやり方は正しかったのだろうか。もっと他に、良いやり方があるのではないか。そんな迷いがいつまでも心の奥底に溜まっている。
「でも、もう後には退けない……時間も無い、明後日にはダンジョンに潜るつもりだ……ランクはA。最低限のサポートはするつもりだが……大丈夫そうか?」
「はい、大丈夫です。師匠と比べたら至らない所が多いと思いますが、よろしくお願いします」
そう言って彼女は頭を下げる。レイには勿体ないくらいの良い子だなと、そう思った。
「待ってろよ、レイ……俺たちが、お前をまた再び魔術が使えるような体に戻してやるからな」
どこにいるのかもすら分からない、ただ一人の仲間に向けて。
俺は窓に映る月を眺めて――己に誓うように、言った。
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