SランクからFランクへ

 早朝。僕は寝ぼけ眼をこすりながら、いつもの様に顔を水の張った桶に突っ込む。

 そうして寝ぐせを直して、ギシギシと音のなる階段を降り、乾いたパン二つと薄いスープを飲み干す。


「行って来ます」


「おう、いってらっしゃい。今度は無茶しないようにな!」


「あ、あはは……」


 僕がそう言うと、店主はにこやかな笑顔を向けて、そう言葉を返してくれる。

 以前まで、こんな会話は出来なかった。人から挨拶されるたびに、視線を下に向けて逃げ続けていた。だけど今は違う。臆病者のレイではない、今の僕は――ゼロなんだから。そう自分に言い聞かせて、僕は外に出た。天気は快晴、気温は寒くもなく熱くも無くのいい塩梅。宿は少し街はずれの方にある。僕は少し遠くにあるオレンジ色の屋根が沢山ある方へと視線を向けて、細道を歩き出す。


 頭の中では、昨晩の事を思い返していた。


 僕は昨晩——パーティに誘われた。

 そしてそれを承諾した。スキルボードにはまだパーティに参加してはいないが、これから会いに行くついでにやろうと思う。


 エルディアにいた頃は断って来たパーティの勧誘。

 何故今になって……と思うだろうが、これには訳がある。

 ダンジョンに行くためにはそれ相応のランクが必要だ。だけど前述した通り、今の僕のランクはF。だけど、受付嬢が言っていた――『もしパーティであれば』と。

 つまるところ、パーティさえいれば、CやBといったダンジョンにも行けるという事だ。


 ギルドがダンジョンなどに冒険者を向かわせる場合、大抵は始末書にそれぞれの名前を書くときがあるのだが、こういう田舎では大体パーティ名で済まされる事が多い。


 つまるところ、彼女たちの申し出は絶好の隠れ蓑の到来という事だ。

 金さえ溜まればすぐにでも脱退してやるつもりだ。


 そんなこんなで、僕はシーアの中心に来ていた。

 街には噴水がある。恐らく川の方から拾って来た水なのだろう。

 しゃわしゃわと日光によって煌めく噴水の近くにはカップルだろうか、数人の男女がイチャコラしていた。全く、朝から胸焼けするような物を見せつけやがって。


 そんな噴水の近くにあるカフェ——そこが僕が指定した待ち合わせ場所だった。

『せっかくだから冒険者ギルドの方にしませんか?』とリーシャは言っていたが、あまりボロを出したくないので今回はここを選んだ。因みに代金は僕が払う事になっている。いくら僕でも、最低限の礼儀というものは知っている。


 待ち合わせ時間よりも早めに行ったのだが、どうやら先客がいたようだ。

 カフェのテラス席には、一人の少女が座っていた。

 柔らかな金髪の長い髪に、美しい澄んだ黄金色の目。――リーシャだ。


 彼女は僕の姿を見た途端、顔を綻ばせながら、真正面の席を開ける。


「おはようございます、お早いですね」


「あ、あぁ……おはよう。君の方こそ早いじゃないか。他の二人は?」


「あはは……実は、まだ換金が終わっていなくて。もう少ししたら来ると思いますが……」


 リーシャは心なしか嬉しそうな表情をしている。

 そんなに人が入るのが嬉しいのか、確かに三人というのは些か少ない様な、多すぎるのもそれは逆に統率が取れないが、しかも女子三人となるとやはりキツイ所があるのだろう。


「足の方は大丈夫か? 一応、気休めだが治癒のポーションを持ってきてある」


 本当は昨日調合したものだが。あぁ一応、昨日受けた依頼は何とか達成扱いになった。夜遅くに戻ってくると凄く心配された。早朝に見かけた冒険者たちもそこにはいて、あまりにも遅いから捜索しに行こうとしていたらしい。受付嬢には目に涙まで溜めて、抱きしめられたりもした。こんな良い人達に、斜に構えた見方をしていた自分を殴りたくなったのを覚えている。


「わざわざ……はい、昨日たっぷり休みましたので、大丈夫です」


 彼女は柔らかな笑みを浮かべながら、そう言った。


 ……何だか、目の前にいるリーシャに、凄く申し訳ない気持ちになる。

 こんな子を騙そうとするなんて……良心が痛む。

 いや……いやいや、そもそも僕はSランクだぞ? 引く手あまたの僕が期間限定でもパーティに来てやっているんだから、何を僕が卑屈にならなければならない。


 ……でも、何だか少しだけ懐かしく感じてしまう。


「……待っているのも何だし、何か頼めば?」


 僕がテーブルの上にあるメニュー表を見せると、彼女はメニューに描かれる美味しそうな軽食に釘付けになるが、だが首をぶんぶんと振り、大丈夫ですと言う。


 まあ、僕も少しだけ値段を見てそのあまりの値段に慄いたからな。

 逆に良かったとすら思う。原材料と手間をどう足せばそんな値段になるんだって言うような値段だった。それくらいのものだった。


 …………。


 彼女から聞こえる可愛らしい音。

 僕は出来るだけ顔に出さぬよう、無視を貫いたのだが、彼女は火の魔石の如く赤い顔をしてぷるぷると震えている。これでは無視をするこっちの方が辛い。


 僕はメニュー表に出ていた、比較的安いセットを指さしながら言った。


「僕もおなかが減っているから、あの子達が来る前に食べちゃおう」


「あぅぅ……すみません」


 流石にこの代金を全員分払うわけにはいかない。幸いなことに客は僕たちしかいないので、しばらくの間、僕は味のしない二度目の朝食を口にしていた。


 ==


「遅くなってごめんなさ~い! 待った?」


「遅くなった……ごめん」


 二人がやって来たのは、丁度僕たちが食べ終わり皿を運び終えた所だった。まだ微かにするであろう料理の美味しそうな匂いの残る椅子を座り、リーシャに換金したお金なのか、数枚の銀貨と銅貨を机の上に置いた。


 まあ……概ね予想通りの金額だ。

 だけど彼女たちはまるで大金を目にしたような感じで驚いている。


「……何も、そんなに驚くことは。因みにどこで買い取って貰ったんだ?」


「えぇと……『ステンノ商会』です」


 あぁ……あそこか。


「あそこはやめておいた方がいい。他の所をオススメするよ」


 僕の提案に、何故か悲しそうな表情をするリーシャ。そんなに思い入れがあるのか。


 僕はため息を吐いて説明を入れた。


「『ステンノ商会』は、今では素材の買い取りもやっている大手だが、元は魔石や宝石類を扱う所だった。魔石・宝石類だと『ステンノ商会』が一番高値で買い取ってくれる。だから『ステンノ商会』は魔石だとかを換金しに行った方が良い」


 取り扱う商会によって、その素材の価値は上がる。それは微々たるものだが、だが侮ってはいけない。


 もし僕なら、魔獣の素材ならば『ノワール商会』で買い取るな。多分銅貨の一、二枚程度オマケで付いてくるだろう。


 そう言うと、三人はへぇと関心した顔になり、何故かリーシャは誇らしげな顔をしている。そんなに『ステンノ協会』が好きなのか。まぁ、それはともかくとして、僕は本題を切り詰めようとした。


「その前に、いいかな?」


 はいはいと、手を上げながら止める桃色少女。


「……何だ? あぁ、パーティには今は入っていないが、これからやるつもりで――」


「いやいや、そうじゃなくて。パーティに入ってもらうのは本当にありがたい事なんだけど、その前に、もっと大事な事を忘れていない?」


 大事な事……? はて、何の事やら……。

 すると少女は、ビシッと僕の目の前に指を突き付ける。

 隣でリーシャが『リリム。失礼ですよ』と小声で止めようとするが、逆に少女はそれ! と指をリーシャの方に向けてから、顔だけをこちらに覗く。


「まだ私たち――貴方の名前知らないんだけど」


「「あ」」


 リーシャと僕は、同じような間抜けた声を出した。

 そうだ……すっかり忘れていた。当たり前だけど大切な事。

 流石に、今から仲間になる人の名前を知らないと言うのは、言うまでも無くヤバい事だからな。


 ==


「私はリリム。職業ジョブ盗賊シーフだよ。よろしくね白髪のお兄さん」


 そう言って腰に携えた小さなナイフを見せながら、温かな笑顔を浮かべる、桃色少女――改め、リリム。確かに、他のと比べて軽そうな装備をしている。腰に携えたナイフも、丁寧に磨かれている。


「……ディジー。職業ジョブは魔術師……ランクは初級。よろしく……白髪のお兄さん」


 白銀髪をツインテールにした、蒼い瞳を持った白銀娘——基いディジー。

 ランクは……初級か。逆によくぞ初級で赤竜とやり合っていたな。反魔術の存在も知っていたし、理解度も速かった。このままいけば上級も夢ではない。


 そして最後——。


「わ、私も言うんですか……?」


「あったりまえだよ! そもそもウチらのリーダーだし、お兄さんを誘った張本人じゃん!」


「ふええ……」


「別に言わなくてもいい。リーシャ、リリム、ディジー……よし覚えた」


 成程、剣士に盗賊に魔術師か……まあ、一般的なパーティだな。


「それと、どうして僕は白髪のお兄さんなんだ……」


「え? だって白髪だし……」


 あ、そうだった。今の僕は白髪赤眼のFランク冒険者——。


「……ゼロだ。職業ジョブは魔術師。歳は十七だ」


「「十七……!?」」


 あれ、そんなに年寄りに見られたのだろうか。

 僕はうんと頷いて、【偽装】済みのスキルボードを見せる。

 因みに、年齢に関しては嘘は吐いていない。【偽装】したのは名前とランク。そして適合魔術だけだ。だが今はランクの所だけ敢えて指で隠している。


「昨日も言っていると思うが――あまり、僕の事を探らないでくれ」


 それは、僕が彼女たちのパーティに入る時に付け加えた条件だ。

 それをリーシャが了承したから、僕は今ここにいる。


 彼女らコクリと頷いて、僕のスキルボードをまじまじと見ながら、


「なんだ、意外と歳近いじゃん」


 と、リリムは明るそうにそう言った。

 彼女は自分のスキルボードを見せて、年齢欄を指さす。


 彼女の年齢は十六。確かに、思っていたよりも近かった。


 僕の年齢が明らかになって、それが意外に幼かった為か、少しだけ場にあった緊張感が無くなってきた。


 丁度いいと思って、僕はどうせだから全員で見せあおうと言った。

 その方が今後の作戦を考えやすいからと……自分が隠している手前、どうだろうか……と不安だったが、彼女たちは素直に自分のスキルボードを見せてくれた。


「うわ……スキルめっちゃ持ってる。魔術師だけじゃなくて、盗賊用のスキルや剣士も」


「まぁ、一応役に立てればと思ってな」


 会話もほどほどに、僕は、彼女たちが僕のスキルボードに釘付けになっている間に、今の内にパーティメンバーに自分を参加させた。因みに、パーティの参加もスキルボードがあれば簡単にできる。リーダーであるリーシャに通知が届き、了承すると自動的にパーティに参加されることになるのだ。


「…………」


「? どうしたのですか?」


 長く、このパーティ欄にはとある名前が書いてあった。

 まさかその名前が失われるなんて、思いもしなかったあの夜から、一週間後。

 今度はまさか、この欄が埋まる時が来るとは……。


「いや、何でもない」


 僕は彼女たちのスキルボードに表示されている【レイ】という文字を、【偽装】し【ゼロ】に変更。ランクもこの際変えて、Aランクという事にする。


 それにしても……。


「リーシャはBランク、リリムはCランク。ディジーに至っては……Eか」


 勿論冒険者ランク=強さのランクという訳ではないが、些か経験不足が見える。

 保有スキルも、基本的には各種耐性と、少しだけ経験値が高いスキルだ。

 恐らく、序盤の内から経験値を使っていたのだろう。だから経験値が高い上位クラスのスキルに手が出せず、各種耐性のレベルアップに使ったのだろう。


(経験値は……あぁ、昨日の赤竜討伐で幾らか溜まっているのか)


 パーティメンバーになると、魔獣の討伐の際の経験値が分割されて入る。

 その配分はパーティリーダーだけが弄る事が出来る。恐らく、リーシャはそのまま弄ってはいないのだろう。だから赤竜の討伐という経験値が大量に入ってくる機会が、三人の方に分割されてしまった。比率を変えれば一度で上位スキルを手に入れられたのに……。


 まあ、ここから変えて行けばいいだけだ。

 手始めに、まずはCかBランクのダンジョンに行こうか。

 いや、それよりもまずは装備を変えた方が良さそうかな?

 最初は手頃な魔獣討伐で、ある程度の実力を知る方が良いな。


 何にせよ、やる事はいっぱいだ。だがこれも僕の計画の為だ。

 これを乗り越えさえすれば――そう思いながら都合が悪い所を【偽装】で改竄している時、ふとパーティネームの欄に視線が向かった。


 パーティ名【黄金の夜明け】……感想は、ノーコメントで。

 ただ僕の顔が相当引き攣ったのは言うまでもない。

 いや、それよりもだ。その横に書かれた文字、それはそのパーティの現在のランクが表示されている。


「お、お前ら……」


「はい?」


 僕の震え声に、リーシャが視線を上げて何でしょうかと、そう言った。

 僕は震える唇を何とか結んで、言った。叫びに近かったのかもしれない。


「お前ら――Fランクなのかよっ!」


 一週間前に追放された【雷帝の魔術師】は、Fランク冒険者に拾われる。

 これほど面白い事は無い。きっと本にすれば名作になるだろう。

 よくある話なのかもしれない。Aランク冒険者がCランクパーティに入る事など、たまに聞く話だからだ。


 ――まさか自分がそうなるとは、夢にも思わなかったけど。


 こうして僕は、SランクからFランクへとなったのだった。








































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