運命の出会い
《赤竜のダンジョン》 ランク:B~?
「はぁ……はぁ……」
マズイ、思ったよりこのダンジョン……深い。
深度が深くなるにつれて、泥の様な魔力が体を包み込む。
この不快さにはやはり慣れないな……。
岩で囲まれた道、灯りは右手にある松明と、壁際でぽつぽつと灯っている壁に刺さった松明の灯りだけ。松明の道しるべだ。いざという時の脱出の際、道に迷わずに済むために中級以上の冒険者たちがやる手法。
(なるほど……このダンジョンのランクも含めて、恐らくパーティは『B』か『A』だろう)
そう推察して見るが、そうなると途端に行きたくなくなってくるから止めよう。
Aランク帯は知り合いが大勢いるんだ。あまり……と言うか会いたくない。
高ランク帯になってくると【
そう自分でやる気を削いでいたその時だった。
凄い勢いでこちらに近づいてくるものがいた。
それは、三匹の赤いウサギだった。レッドラビット——Eランクの魔獣だ。
僕はそれらを一瞥すると、右手を向けて言い放った。
「【
右手から目に見えない程の電撃が飛び交い、飛び掛かろうとしてきた兎たちはコテンと倒れる。四肢をガクガクさせて、牙からは涎がぽたぽたと落ちる。僕はそのまま右手を下に下げる。すると、言葉に出来ないくらいの断末魔を上げながら、兎たちはごぼごぼと胃液を吐き散らしながら死んでいった。
今のは――状態異常系スキル【麻痺】と【猛毒】だ。
どれも使えるスキルの為、この二つはレベルを《MAX》にさせている。
因みにスキルと魔術は別物だ。スキルで生まれる火や、先ほどの電気は魔術によって生み出されたものでは無い。
だとしても、スキルを使う度に再使用の際時間が掛かる。
所謂、クールタイムというやつだ。一度使用して、再使用の際は三十秒のクールタイムが存在する。【
「ここからは、コイツで何とかやっていくしかないか……」
そうして、腰に携えた一本の短剣を手にして、僕はため息を吐くと――。
獣の唸り声が聞こえた。ここまで数分。ようやく――最下層に到着か。
そこには、赤い鱗に覆われた巨大なトカゲ——竜がいた。
『
全員女性――しかも、少女だった。後ろ姿だけだが、桃色頭髪、白銀ツインテ、そして金髪ロング。後ろ姿なので髪型の呼び方になってしまったが、今はどうでも良い。
重要なのは、今の彼女たちの容体だ。
金髪ロングの少女は、他二人の前に出て剣を構えていた。
「リーシャちゃん……逃げて!」
「だ、ダメです! ここで私が退いたら、皆さんが……!」
「…………」
白銀の子は、そのぶかぶかの紫色のローブの端を地面につけて項垂れていた。
見た目からして魔術師なのか……? 魔力欠乏による眩暈に苦しんでいる様子だ。
桃色頭髪の子が、リーシャと、目の前に立っている金髪の子の名前を叫んだ。
その子の脇腹には血が付着していた。その周りには燃えたのか焦げ痕が付いている。
恐らく、【
「一人は魔力欠乏、もう一人は治癒……」
僕は【亜空間収納】から取り出した三本の小瓶を持つと、それらを左手に翳す。
赤竜が咆哮を上げ、口辺りからボワッと炎の残滓が見えた。マズイ【
僕は彼女たちの元へ急いで走り出した。
瓶には青緑の光が溢れ、次の瞬間、二つの瓶には並々と緑色の液体と青色の液体が注がれた。
「だ、誰ですか……!?」
「通りすがりの冒険者だ! いいから、これを!」
僕は驚く二人にそれぞれに似合った小瓶を投げ渡す。
渡したのは治癒のポーションと魔力回復促進のポーションだ。
――丁度、手頃な薬草があったからな。人命優先だ。
さて……と。
「ガルルルル……ッ!」
「悪いが、お前とはこれで二度目だ」
僕は空いた右手から【亜空間収納】を通して三つの小さな石を握る。
赤い色の、光る石——魔石だ。その魔石を握りしめながら、濛々と滾る炎の前で、僕は言った。
「スキル——【織りなす者】」
【織りなす者】は、武具に
だがその範疇は武器だけではない。こうやって魔石を媒介にして、自分好みのものに変えられる事だって出来るのだ。
空気が震え、炎の渦が少女の前まで押し寄せてくる。
これに、少女はなす術が無かったのか、ただ最後まで仲間を守ろうとしたのか、キッと炎を見つめて、視線を逸らすことも逃げる事もしなかった。
「そう意地をはるのも良いが、少し右に避けた方が良い」
「えっ――」
後ろから聞こえる声に、少女は今気づいたのか、その突然の第三者の介入に目を大きくさせて、こちらに振り返る。黄金色の瞳が、僕の緋色の瞳を射る様に見る。
僕は
パァンと、空気が破裂する音と共に、炎は瞬く間に消え去った。
後ろで、白銀の少女の戸惑いと驚きに満ちた声が聞こえた。
「ま、まさか……魔石を利用して【
へぇ……この歳で【
だけど、惜しいながら違う。確かに魔石を利用した事は確かだが、反魔術よりももっと良い方法を思いついた。
僕はそこでぼぉっと唖然しているリーシャという少女に向かって、叫ぶ。
「奴は【
「は、はいっ!」
僕の叫び声に、少女は返事を返すと剣を振りかざして攻撃を始める。
「奴の鱗は魔術や物理攻撃を軽減する。鱗が生えていない関節や翼の付け根、頭の上にある角を狙うんだ」
「はい!」
僕の指示通り、鱗の生えていない関節部分なんかを攻撃する少女。
見たところ、動きは良い。直感によるものだとは思うが、それでも竜の動きに合わせて行動出来ている。
「君たちは、いつからここへ?」
僕はポーションを飲み終えた二人に向かってそう訊いた。
白銀の少女はもごもごとして答えているのかが分からない。
その代わり、桃色頭髪の少女が教えてくれた。
「私たちは、先日に出来た未確認のダンジョンの調査としてきました」
昨日……そう言えば、随分と夜中だったが、確かに地面を伝う魔力が増大していたのを思い出す。ダンジョン生成には大量の魔力が必要なのだ。
そして未確認のダンジョンには調査隊が派遣される。だがここは辺境の田舎だ。
冒険者が危険を承知して調査するしかなかったのか。
訊きたい事が山ほどある。だがそれよりもだ……僕は赤竜の方に視線を向ける。
明らかに疲弊している……確かに削ってはいるが、だがそれで倒せるとなると難しい。
何か決めてになるものがあれば、倒せる。僕は地面に落ちている魔石を拾った。
その魔石は、先ほど比べて光が増している。
誰もが見ても分かる様な危険信号。
下手に衝撃を加えれば、爆発しそうな感じだ。
「なにを……?」
「一応、離れた方がいい。耳も塞いだ方がいいな」
疑問符を頭に浮かべる二人を前に、僕は魔石を軽く持ちながら走った。
自らに掛けた【速度上昇】による恩恵は凄まじく、圧倒言う間に距離をゼロにする。
【跳躍力上昇】の
獣特有の、細長い瞳孔。竜は目の前まで来てくれた『餌』を丸のみしようと、大きく口を開けた。
僕は口元に笑みをやりながら、
「そんなに食いたいなら――自分の吐き出した物でも、喰ってろ」
僕はソイツの口の中に、手に持っていた魔石を落とした。
バクンと竜の顎が閉ざされる。だがそこには何も無く、ガリッと石の割れる音が響いた。
――次の瞬間、途轍もない爆音と衝撃がダンジョン内を木霊した。
==
「どうして俺も……」
「ごめんなさいごめんなさい! 本っ当にごめんなさい!」
結局、ダンジョンから地上へと戻ってきたのは夜の頃だった。
お月様が、雲一つない夜の空を我が物顔でゆっくりと闊歩していく。
僕はん、と背中にいる少女に向かって、ため息を吐いた。
赤竜は討伐された。赤竜の骸は、売れそうな部位だけを採取して、僕が骨も残らず焼き払った。その部位は今、僕の【亜空間収納】にある。まあ、そこまでは良い。
だが――流石に、これはどうなのだろうか。
僕に背負われている金髪の少女は、しきりに恥ずかしがりながら謝っていた。
彼女が頭を動かすたびに、背中に当たる胸が揺れるのが分かる。
服越しで分からなかったけど、意外とあるんだな……はっ! 一体僕は何を……!?
「い、いきなりどうしたんですか?」
「な、何でもない……!」
僕は首を横に振り邪な気持ちを捨て去りながら、後ろにある大穴の方に視線を向けた。
彼女、リーシャは赤竜の討伐で緊張が解けたのか、ぺたんと座り込んで全く動けなかった。足の筋肉が震えていて、いくら万能な治癒魔術と言えども流石にそこまでは出来ない。また後ろにいる女子二人も疲労で自分の荷物を持つだけで手一杯だったため、僕が仕方なく背負う事にしたのだ。
「ごめんなさい……この件は必ず、お返しさせていただきます。あの、パーティ名などは……」
「俺はソロだ」
僕がそう言うと、後ろにいた二人は意外だとでも思ったのか、丸い目をして顔を合わせている。リーシャは、数秒間黙り込むと小さく『そうなんですね』と、何故か嬉しそうに言った。
「それにしても……本当に良いんですか? 赤竜討伐を全部私たちの手柄にしてしまって……」
「ああ、構わない。もとより僕がいなくてもあのまま行けば、君一人で討伐出来ていた。寧ろ手柄を奪ったのはむしろこっちだ」
「それでも……」
リーシャはまだ不服そうに言う。少しだけ鬱陶しく感じた僕は、じゃあと、後ろにいた白銀の少女が持っている麻袋——そこに視線を向かわせて、口を開く。
「ならば、その魔石を貰おう。それで終わりだ。ここにいたのは君たちだけで、他は誰もいない。赤竜の討伐は君たちが行って、そこに誰も介入はしていない……いいね?」
僕は念を押すように彼女たちに言う。
ここで僕の存在がバレてはいけない。Fランク冒険者の、しかも冒険者になりたての奴が初日でAランク魔獣を倒してみては、いずれ僕の正体も突き止められる事になる。それだけは絶対に避けたい。
やがて森を抜けて、畦道に来た。遠くの方ではぼんやりと灯りが見える。
ここで、一度別れないとなと僕が思っていると、すると察したのかどうなのか、彼女は一言言ってから僕の背中を降りると、僕の目を真っすぐに見つめて言った。
「あ、あの……! 助けて頂いた上、こんな事を言うのは本当に申し訳ございませんが――」
彼女が言い切る前に、「あーっ」と桃色の少女がその口を塞ぐ。
彼女は耳元へと寄せてごにょごにょと何かを呟いていた。
ここで一つ、僕はちょっとした読唇術を使える。だから彼女が何を言っているかも、僕には分かった。
『いきなり失礼だよ! もっと手順を踏まないと』
『で、ですが! もう二度と会えないかも知れませんよ?』
『……もっと、他にやり方……ある』
会話の内容からしてみて、一つ分かった事がある。
――これ、面倒くさい事になるな。
だけど、僕が言葉を出そうとしたその時、二人の静止を振り切って、リーシャが僕の方へと顔を向けた。
その黄金色の瞳は鮮やかで、荘厳な雰囲気を持つ瞳だった。
あまりにも美しかったから、少したじろいでしまう。
彼女は息を吸って、僕の方へハッキリと言った。
「そのお強さ、名高い冒険者だとお見受けします」
「先ほど、ソロだと言っていましたよね? そこで、お願いがあります」
リーシャは僕の目の前で、その頭を下げた。
呆気に囚われる僕に、リーシャはその一言を言った。
それは、想定していた内容とは全く違う、遥かに想定外の言葉だった。
「どうかお願いします――私たちのパーティに、入っていただけませんか?」
この日、僕はとある大きな決断をする事になる。
それが果たして、僕の人生をより良い方向に変えられるのか。
それは分からない。きっと、神様にしか分からない。だけど――。
「…………別に、構わない」
僕はこの日――新たな仲間を、手に入れた。
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